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第37話:嘆きの荒野と賢者の石

嘆きの荒野への旅は、これまでのどの旅よりも長く、そして過酷なものとなった。


王都からさらに東へ。馬車を乗り継ぎ、街を抜け、やがて人の気配が全くない、荒涼とした大地がどこまでも広がる風景へと変わっていった。


「……ここが、嘆きの荒野……」


馬車を降り立ち、その地に第一歩を踏み入れた瞬間、俺は思わず顔をしかめた。


空気が、違う。


まるで、生命そのものを拒絶するかのような、乾いて、冷たく、そしてどこか重苦しい空気が、全身にまとわりついてくるようだった。


見渡す限り、赤茶けた、ひび割れた大地が広がっている。


草木一本、虫の声一つ聞こえない。風が、まるで呻き声のように、岩の間を吹き抜けていくだけだ。


これが、アリーシャ王女が言っていた呪われた土地。伝承では、古代の戦争で放たれた禁断の魔法が、この大地から未来永劫、生命力を奪い去ったのだという。


「……ひどい場所ね。ここに長くいると、精神まで蝕まれそうだわ」


隣に立つルナが、顔を曇らせながら呟く。彼女のような、自然の気配に敏感な人間にとっては、この場所は拷問に近いのかもしれない。


俺は、早速調査を開始した。


まずは、この土地がなぜ不毛なのか、その原因を科学的に突き止める必要がある。

俺は【収納】スキルを使い、地球から取り寄せた最先端の『土壌分析キット』を取り出した。


「……また、あなたの不思議な道具ね」


ルナが興味深そうに覗き込む。


「ああ。こいつを使えば、この土に何が含まれていて、何が足りないのかが、一目で分かるんだ」


俺は、荒野の土を採取し、試薬と混ぜ合わせ、分析装置にかける。


数分後、装置が弾き出した分析結果を見て、俺は唸った。


「……なるほどな。こりゃあ、植物が育つはずがないわけだ」


分析結果によると、この土地の土壌は、極端な酸性に傾いており、植物の生育に必要な窒素やリンといった栄養素が、ほぼゼロに等しい状態だった。さらに、生命活動を阻害する、未知の重金属が高濃度で検出されている。


魔法による『呪い』。その正体は、土壌汚染と、極端な栄養不足だったのだ。


原因が分かれば、対策は立てられる。


酸性の土を中和するには、アルカリ性の物質、例えば石灰を大量に撒けばいい。栄養素は、化学肥料を投入すれば補える。


だが、問題は、この広大な土地全体をどうやって改良するかだ。必要な石灰や肥料の量は、天文学的な数字になるだろう。クリムゾン商会の財力を使ったとしても、現実的な計画とは言えなかった。


「……もっと、根本的で、効率的な解決策が必要だ……」


俺は、再びスキルウィンドウを開き、検索を始めた。


キーワードは、「土壌再生」「テラフォーミング」「錬金術」。


最後の単語は、半分ヤケクソで打ち込んだものだった。


すると、検索結果のリストの中に、一つだけ、異質な輝きを放つ項目があるのに、俺は気づいた。


それは、地球のデータベースではなく、この世界の、あるいは別の世界の、古代文献か何かから引っかかってきた情報らしかった。


【賢者の石(レプリカ・試作品)】

【アイテム説明:あらゆる物質を、より高次の存在へと『変換』させる触媒。失われた錬金術の奥義の産物。本品は、古代の遺物を解析して作られたレプリカであり、効果範囲や持続時間は限定的だが、土壌の浄化や、元素変換による肥沃化を可能とする。使用には、莫大な魔力を要する】


「……賢者の石……?」


まさか、そんな伝説級のアイテムが、俺のスキルで手に入るとは。


しかも、レプリカで、試作品。いかにも、俺のスキルが引っ張り出してきそうな、絶妙な代物だった。


問題は、使用に莫大な魔力を要する、という部分だ。俺のMPは、ごく平均的なレベルしかない。とてもじゃないが、この広大な土地を再生させるほどの魔力は、持ち合わせていなかった。


「……いや、待てよ」


俺の脳裏に、一つの閃きが走った。


俺には、MPがない。だが、俺の仲間には、いるじゃないか。


人並み外れた、膨大な魔力を秘めた存在が。


俺は、ルナに顔を向けた。


「ルナ。お前に、一つ頼みたいことがある」


その後、俺たちは一度街へと戻った。


そして、店のステージで歌い終えたばかりのアリア、セレン、シエラの三人を、事情を話して連れ出したのだ。


もちろん、ミリアも心配してついてきた。


数日後、俺たちは再び、嘆きの荒野に立っていた。


俺の傍らには、ルナ、ミリア、そしてセイレーン三姉妹が、不安そうな、しかし決意を秘めた顔で立っている。


俺は、スキルを使い、ついに『賢者の石(レプリカ・試作品)』を現実世界へと取り寄せた。


それは、手のひらに収まるほどの大きさの、深紅の、美しい宝石だった。それ自体が、まるで心臓のように、微かに脈動しているように見える。


「……すごい魔力……! 見ているだけで、吸い込まれそうだわ……!」


アリアが、息を呑む。


俺は、その石を地面に置き、彼女たちに向かって言った。


「この石は、大地の呪いを解くための鍵だ。だが、こいつを起動させるには、莫大な魔力が必要になる。俺一人では、到底足りない。だから……みんなの力を、貸してほしい」


俺は、セイレーン三姉妹に向かって、深く頭を下げた。


「君たちの、その歌声に秘められた魔力を、この石に注ぎ込んでほしいんだ」


アリアたちは、一瞬顔を見合わせたが、すぐに力強く頷いた。


「分かりました、アルス様! 私たちの故郷を救ってくれた、あなたへの恩返しです! やりましょう!」


俺は、次にミリアとルナを見た。


「ミリア、君は魔力は持っていない。だが、君の、その誰かを想う優しい『心』も、きっと力になるはずだ。俺の傍で、祈っていてくれ」


「は、はい! 店長!」


「ルナ。お前は、この儀式の護衛を頼む。何が起こるか分からないからな」


「……任せて」


全ての準備は整った。


俺は、賢者の石の上に、そっと手を置いた。


そして、アリアたち三姉妹は、石を囲むように立ち、目を閉じて、静かに息を吸い込んだ。


彼女たちの唇から、祈りにも似た、荘厳なメロディが紡がれ始める。


それは、店のステージで歌う、明るい歌ではない。


大地の再生を願う、セイレーン族に古くから伝わる、神聖な『創生の歌』だった。


歌声に呼応するように、賢者の石が、眩いほどの赤い光を放ち始めた。


俺たちの、前代未聞の挑戦。


呪われた大地に、再び生命の息吹を取り戻すための、壮大な儀式が、今、始まろうとしていた。

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