表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/56

第33話:襲撃、そして因縁の再会

山道を駆け抜け、最後の尾根を越えた時、眼下に広がる光景に、俺たちは言葉を失った。


そこには、美しい滝壺を中心に、樹木と一体化した家々が立ち並ぶ、幻想的な集落があった。セイレーンの隠れ里だ。


だが、その美しい里は今、黒い煙を上げ、複数の場所で炎が燃え上がっていた。


「あ……あぁ……! 里が……!」


アリアの顔から、血の気が引いていく。


里の中では、武装した男たちが、抵抗するセイレーンたちを容赦なく打ちのめしていた。


その数は、ざっと20人ほど。おそらく、チンピラ冒険者を金で雇ったのだろう。統率は取れていないが、その分、加減というものを知らない。


そして、その中心。里の広場で、指揮を執っている人物を見て、俺は奥歯をギリリと噛み締めた。


金色の髪、かつて聖剣を握っていたはずの手には、今は錆びついたロングソード。その顔は、以前の自信に満ちた勇者のものではなく、落ちぶれた人間の持つ、卑屈さと残虐さが混じり合った、醜い表情に歪んでいた。


「アレクサンダー……!」


彼の隣には、ゴードン、リリアナ、セラの姿もあった。彼らもまた、以前の輝きを完全に失い、みすぼらしい装備に身を包んでいる。だが、その目だけは、獲物を前にした飢えた獣のように、ぎらぎらと輝いていた。


「ひひひ! 聞いたか、アレク! こいつらセイレーンは、その身柄一人だけで、奴隷市場で金貨100枚の値がつくそうだぜ!」


ゴードンが、捕らえたセイレーンの老婆を突き飛ばしながら、下品な笑い声を上げる。


リリアナもまた、以前の優雅な仮面をかなぐり捨て、狂気的な笑みを浮かべていた。


「見て、アレク様! この里には、綺麗な宝石や、魔法の力が宿った楽器がたくさんあるわ! これだけあれば、私たちはまた、王都で贅沢な暮らしができるわよ!」


彼らは、全てを失った末に、最も卑劣な犯罪者へと成り下がっていた。


もはや、一片の同情の余地もない。


「……許さない……!」


アリアが、わなわなと震えながら、怒りの声を漏らす。彼女の背中の翼が、怒りに逆立っていた。


「私の仲間を、私の故郷を……! よくも……!」


彼女は、今にも飛び出していきそうな勢いだったが、俺は、その肩を強く掴んで制止した。


「待て、アリア! 感情的になるな! 敵の数は多い。まともに正面からぶつかれば、こっちがやられる!」


「でも!」


「……アルスの言う通りよ」


静かに、しかし燃えるような怒りを瞳に宿して、ルナが言った。


「……作戦が必要ね。私が、連中のリーダー……あの金髪男の首を獲る。その隙に、アルスたちは、捕まっている人質を解放して」


「いや、その必要はない」


俺は、二人の言葉を遮った。


「奴らの相手は、俺がする。因縁に、決着をつけなきゃならない」


「アルス……? あなた、正気? あなたは商人でしょう!?」


ルナが、信じられないといった目で俺を見る。


だが、俺の目は、まっすぐにアレクサンダーたちを捉えていた。


「ああ、商人だ。だからこそ、俺のやり方で、奴らに『代償』を支払わせてやる」


俺は、ルナとアリアたちに、一つの作戦を伝えた。


それは、あまりにも無謀で、常識外れの作戦だった。だが、彼女たちは、俺の真剣な眼差しを見て、こくりと頷いた。


作戦開始。


まず、ルナが影のように動き出し、里の外れにある、見張りのチンピラ二人を、音もなく無力化する。


そして、アリア、セレン、シエラの三姉妹は、里を見下ろせる、最も高い木の枝へと移動した。


全ての準備が整ったのを合図に、俺は、一人で、堂々と、里の広場へと歩いていった。


武器は、何も持っていない。


「……ん?」


俺の姿に、最初に気づいたのはゴードンだった。


「……おい、アレク。見ろよ、ありゃあ……」


「……アルス……?」


アレクサンダーが、驚きと、そして憎悪に顔を歪めて、俺の名を呼んだ。


「なぜ、貴様がこんな場所にいる……!」


俺の突然の登場に、アレクサンダーたちは完全に虚を突かれていた。


俺は、そんな彼らに向かって、ゆっくりと歩みを進めながら、言った。


「久しぶりだな、アレクサンダー。ずいぶんと、落ちぶれたもんだ。勇者様が、今じゃただの強盗団のボスとはな」


「……黙れッ! 貴様のせいだ! 貴様さえいなければ、俺たちは……!」


「俺のせい? 違うだろ。お前たちが、自分たちの驕りと、弱さに負けただけだ」


俺の挑発に、アレクサンダーの顔が怒りで引きつる。


チンピラたちが、じりじりと俺を取り囲もうとするが、アレクサンダーは、それを手で制した。


「……面白い。ちょうど良かった。王都での屈辱、ここで晴らさせてもらうぞ。貴様を殺し、こいつらセイレーンを奴隷として売りさばけば、俺はまた返り咲ける!」


彼は、完全に正気を失っている。


俺は、そんな彼に、最後の通告をした。


「……今すぐ、この里から立ち去れ。そして、二度と俺の前に現れるな。そうすれば、命だけは助けてやる」


「……はは、ははははは! 寝言は、地獄で言え!」


アレクサンダーが、錆びついた剣を構え、俺に向かって駆け出してきた。


その瞬間が、合図だった。


俺は、天に向かって叫んだ。


「―――やれ、アリア!」


その声に応えるかのように、里中に、これまで聞いたこともないような、力強く、そして荘厳な『歌声』が響き渡った。


それは、アリア、セレン、シエラの三人が、全ての魔力と、故郷を想う怒りを込めて放った、セイレーン族に伝わる、古の『戦いの歌』だった。


その歌声は、癒しの歌ではない。


敵の精神を直接揺さぶり、その戦意を根こそぎ奪い去る、強力な呪いの歌だ。


「ぐ……っ!? な、なんだ、この歌は……!?」


「あ、頭が……! 身体に、力が入らねえ……!」


アレクサンダーの動きが、ぴたりと止まる。


周りのチンピラたちも、次々と武器を取り落とし、頭を抱えてその場にうずくまってしまった。


歌声の魔力に抵抗できたのは、Sランクパーティとしての地力がある、アレクサンダーたち四人だけだった。


だが、彼らの動きも、明らかに鈍っている。


「……貴様、これが狙いか……!」


「言っただろ。俺のやり方で、やらせてもらう、と」


俺は、不敵に笑うと、ついに【収納】スキルを発動した。


俺が取り出したのは、剣でも、盾でもない。


それは、無数のケーブルが接続された、黒くて巨大な、四角い箱。


―――大音量スピーカーだった。


そして、俺はスピーカーのスイッチを入れる。


その瞬間、セイレーンたちの戦いの歌が、何十倍にも増幅され、暴力的なまでの音の津波となって、アレクサンダーたちに襲いかかった。


「ぎゃあああああああああああああああああ!!!」


もはや、それは歌ではなかった。


ただの、超音波兵器だ。


アレクサンダーたち四人は、鼓膜が張り裂けんばかりの轟音の前に、なす術もなく地面を転げ回った。


これが、俺の戦い方。


異世界の魔法と、地球の科学技術の、融合。


商人アルスにしかできない、最強のコンボだ。


俺は、耳を塞ぎながら悶え苦しむ、かつての仲間たちの前に立ち、冷たく、言い放った。


「―――ゲームオーバーだ、勇者様」

評価、ブックマークしていただけるととても今後の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ