表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/56

第30話:歌姫たちの事情

「GYAAAAAAAAAAAAAAHHH!!!」


崖の上に設置された、俺のドローンの小さなスピーカーから、常人の鼓膜を破壊しかねないほどの、絶叫と轟音が迸った。


それは、美しい歌声が響いていた静かな谷間には、あまりにも不釣り合いな、冒涜的とすら言えるノイズだった。


「―――っ!?」


崖の上にいた三人のセイレーンは、その突然の轟音に、美しい歌声をかき消され、耳を塞いでその場にうずくまった。


彼女たちの歌声は、繊細な魔力の波長をコントロールすることで成り立っているのだろう。そこに、全く異質な音の暴力が叩きつけられ、魔法が完全に霧散したのだ。


周囲を覆っていた濃霧が、嘘のように、すうっと晴れていく。


「な、なんなのよ、今の音は!?」


「耳が……耳がキーンってする……!」


セイレーンの少女たちが、混乱しているのが見えた。


好機、逃すべからず。


「ルナ、行くぞ!」


「……ええ!」


俺とルナは、崖の麓へと一気に駆け出した。


崖は切り立っていたが、所々に足場があり、身体能力の高いルナにとっては、平坦な地面も同然だった。俺も、日頃の荷物運びで鍛えた体力で、必死に彼女に食らいついていく。


俺たちが崖の上にたどり着くと、三人のセイレーンは、俺たちの姿を認めて、怯えたように後ずさった。


「に、人間……!?」


「なぜ、私たちの歌が……!」


彼女たちは、戦闘タイプの種族ではないのだろう。その美しい顔には、戦意ではなく、純粋な恐怖と混乱の色が浮かんでいた。三人とも、まだ若く、おそらく俺と同じくらいの年齢に見える。


リーダー格らしい、一番年上に見える少女が、震えながらも、妹たちを守るように前に立った。


「……あなたたち、何者なの? 私たちに、何の用……?」


「それは、こっちのセリフだ」


俺は、ドローンを回収しながら、冷静に答えた。


「あんたたちこそ、ここで何をしている? 最近、この辺りで商隊を襲って、荷物を奪っているのは、あんたたちだな?」


俺の言葉に、三人はびくりと肩を震わせ、顔を見合わせた。


その反応が、全てを物語っている。


ルナが、音もなく彼女たちの背後に回り込み、小太刀の切っ先を突きつけた。


「……動かないで。下手に動けば、その綺麗な喉を切り裂くことになるわよ」


「ひっ……!」


完全に、包囲した。


リーダー格の少女は、観念したように、悔しそうに唇を噛んだ。


「……そうよ。やったのは、私たちだわ。殺すなら、殺しなさい。でも、この子たちには、手を出さないで……!」


彼女は、妹たちを庇いながら、俺を真っ直ぐに見据える。その瞳には、恐怖と共に、強い覚悟の光が宿っていた。


俺は、そんな彼女たちの姿を見て、ため息をついた。


どうにも、話が違う。彼女たちからは、金儲けのために盗みを働くような、悪党の匂いがしない。むしろ、何か切羽詰まった、悲壮な覚悟のようなものを感じる。


「……殺すつもりはない。ただ、話が聞きたいだけだ。なぜ、こんなことをしている?」


俺が、できるだけ穏やかな声で言うと、彼女は少しだけ警戒を解いたようだった。


「……あなたたちに話して、どうなるというの? 人間なんて、どうせ私たちのことなんて……」


「話してみなければ、分からないだろう。俺は、商業ギルドから依頼を受けて、ここに来た。だが、あんたたちがただの盗賊には見えない。何か、事情があるんじゃないのか?」


俺のその言葉に、一番年下の、まだ幼い雰囲気のセイレーンの少女が、わっと泣き出してしまった。


「う……うわあああん! アリアお姉ちゃん……! もう、やだよぉ……!」


「シエラ、泣かないで……!」


アリアと呼ばれたリーダー格の少女が、妹を必死になだめている。


その姿を見て、俺はルナに目配せをした。ルナは、こくりと頷くと、小太刀を鞘に納める。


俺は、彼女たちの前にしゃがみこみ、視線の高さを合わせた。


「……何に困っているんだ? 食料か? それとも、誰かに追われているのか? 話してくれなければ、俺も助けようがない」


俺のその態度に、彼女たちの警戒心が、少しずつ解けていくのが分かった。


やがて、アリアは、ぽつり、ぽつりと、自分たちの事情を語り始めた。


彼女たち三姉妹は、もともと、この湿地帯のさらに奥深くにある、小さな隠れ里で、仲間たちとひっそりと暮らしていたのだという。


だが、数ヶ月前、彼女たちの里に、病が流行った。


それは、セイレーン族だけがかかる、特殊な風土病で、特効薬となるのは、遠い雪山にしか自生しない、『月光花』という希少な薬草だけだった。


里の若者たちは、薬草を求めて旅立ったが、誰一人として帰ってくることはなかった。


里に残された仲間たちは、次々と病に倒れていく。


アリアたち三姉妹の両親も、その病で命を落とした。


「……私たちは、このまま里で待っていても、死を待つだけだと思った。だから、里を飛び出したの。月光花を手に入れるために。でも、私たちには、お金なんてない。だから……だから、仕方なく……!」


商隊から盗んだのは、金目のものではなく、薬や、高値で売れそうな香辛料だけ。それらを、人里離れた場所で、旅の薬師と交換し、病に効く薬草を探していたのだという。


人的な被害を出さなかったのも、彼女たちが、本質的には心優しい種族であり、人を傷つけることを、避けていたからだった。


全てを聞き終えた俺は、深い溜息をついた。


なんという、悲しいすれ違い。


彼女たちは、生きるために、必死だっただけなのだ。


「……話は、分かった」


俺は立ち上がると、アリアに向かって言った。


「あんたたちの事情は、理解した。だが、盗みは盗みだ。このまま見過ごすわけにはいかない」


「……ええ。分かっているわ。どんな罰でも、受けるつもりよ」


アリアは、覚悟を決めたように、目を閉じた。


俺は、そんな彼女に、思いもよらない提案をした。


「罰、ねえ。そうだな……。じゃあ、罰として、あんたたちには、俺の店で働いてもらうことにしようか」


「……え?」


アリアだけでなく、ルナまでもが、呆けたような顔で俺を見た。


俺は、ニヤリと笑うと、続けた。


「あんたたちのその歌声、ただの魔法じゃない。人を惹きつけ、癒す力がある。その力を、人を傷つけるためじゃなく、人を楽しませるために、使ってみる気はないか? もちろん、給金は払う。それに……」


俺は、一呼吸置くと、彼女たちに告げた。


「あんたたちが探している『月光花』って薬草、もしかしたら、俺が手に入れてやれるかもしれないぜ?」


俺の【次元連結収納】は、この世界のアイテムだけでなく、地球の、あるいはそれ以外の世界のアイテムすら、取り寄せることができるのだから。

評価、ブックマークしていただけるととても今後の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ