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第26話:残党たちの末路

闘技場に響き渡る万雷の拍手と歓声は、勝者である『疾風の槍』に向けられたものだった。


そして、それと同じくらいの大きさで響き渡る嘲笑と罵声は、リングの上に無様に這いつくばる、かつての英雄たちに浴びせられていた。


「おい、見たかよ! 最強のSランクパーティが、Aランクに手も足も出なかったぞ!」


「勇者アレクサンダーも、地に落ちたもんだな!」


「仲間割れまでしてやがったぜ。荷物持ち一人いなくなっただけで、 ガタガタとは!情けねぇ!」


観客たちの容赦ない声が、無力な敗者たちに突き刺さる。


アレクサンダーは、呆然とした表情で、自分の胸につけられた浅い傷と、弾き飛ばされた聖剣を交互に見つめている。プライドをズタズタに引き裂かれ、現実を受け入れられずにいるのだ。


ゴードンは、背中の火傷の痛みに呻きながら、リリアナを殺さんばかりの目で睨みつけている。


そしてリリアナは、自分の失態に顔を青ざめさせ、ただガタガタと震えるだけだった。


貴賓席からその光景を見下ろしながら、アリーシャ王女は、冷たく言い放った。


「……つまらない人たち。わたくし、もう飽きたわ」


その一言が、彼らの価値を決定づけていた。もはや、王都の誰もが、『暁の剣』に見切りをつけたのだ。


セシリアは、満足げに扇子を閉じると、隣に控えていた部下に指示を出した。


「頃合いね。冒険者ギルドに連絡を。バウマイスター子爵家からの不正な資金提供と、商人たちへの恐喝の件、ギルドとして正式に調査を開始するよう、クリムゾン商会の名で『勧告』なさい」


「はっ!」


これは、もはや勧告などではない。最後通牒だ。


王家とクリムゾン商会という、二つの巨大な権力を後ろ盾にしたセシリアの言葉に、冒険者ギルドが逆らえるはずもなかった。


『暁の剣』は、冒険者としての資格すら、剥奪されることになるだろう。


俺は、そんな彼らの無様な姿を、ただ静かに見つめていた。


心のどこかで、もっと歓喜が湧き上がるかと思っていた。だが、実際に彼らの凋落を目の当たりにすると、不思議と心は凪いでいた。


もはや、彼らは俺にとって、復讐の対象ですらなく、ただの哀れな過去の遺物でしかなかった。


「……行こう」


俺は小さく呟くと、席を立った。


俺の『ざまぁ』は、もう終わったのだ。


その夜。


俺は、セシリアとアリーシャ王女がそれぞれ開いてくれた祝勝会を丁重に断り、一人で宿屋への道を歩いていた。


ルナは、少し離れた屋根の上から、変わらず俺を護衛してくれている。


俺たちの宿屋は、冒険者たちが集う酒場が立ち並ぶ地区の近くにあった。


その一軒の、薄汚れた酒場の裏口から、怒声と何かが壊れる音が聞こえてきた。


聞き覚えのある声。


俺は、思わず足を止め、物陰からそっと中の様子を窺った。


そこにいたのは、やはり『暁の剣』だった。


彼らは、人目を避けるように、酒場の隅でヤケ酒を煽っていた。


「……なぜだ! なぜ、この俺が、あんな雑魚どもに!」


アレクサンダーが、テーブルを拳で殴りつけながら叫ぶ。その手には、もはや聖剣はなく、安物の剣が腰に差されているだけだった。おそらく、ギルドに装備を没収されたのだろう。


「……全部、てめえのせいだ、リリアナ! てめえが、俺の背中を焼きやがったから!」


ゴードンが、リリアナの胸ぐらを掴んで、憎々しげに罵る。


「ひっ……ご、ごめんなさい……! わ、わざとじゃ……!」


リリアナは、涙を流して謝るが、ゴードンは許さない。


「うるせえ! 大体、お前がアレク様に取り入って、アルスを追放するなんて言い出したのが、全ての始まりだったんだ!」


「そ、そんな……! あれは、みんなで決めたことじゃ……!」


醜い、責任のなすりつけ合い。


仲間だと信じていたはずの絆は、もはや見る影もない。


俺がいなくなったことで、彼らの間を取り持っていた潤滑油がなくなり、元々内在していた不和が一気に噴出したのだ。


「……もう、やめろ」


これまで黙っていた、僧侶のセラが、静かに口を開いた。


「……もう、私たちのパーティは、終わったのです」


その声は、絶望に満ちていた。


「終わった、だと……? ふざけるな! 俺は勇者だぞ! こんなところで、終われるわけが……!」


アレクサンダーが叫んだ、その時だった。


「よう、勇者様御一行じゃねえか。ずいぶんと、落ちぶれたもんだなあ」


酒場の入口から、下卑た笑い声と共に、数人の冒険者が入ってきた。彼らは、以前俺の店で食中毒騒ぎを起こそうとした、あのチンピラ冒険者たちだった。


「……貴様らか。何の用だ」


アレクサンダーが、警戒しながら睨みつける。


チンピラのリーダーは、ニヤニヤしながら彼らに近づいた。


「何の用、だぁ? 俺たちは、あんたらに言われて、あのアルスって商人に喧嘩を売ったんだぜ? なのに、あんたらは負けちまうし、俺たちは詐欺師呼ばわりされて、ギルドから追放寸前だ。どう、落とし前をつけてくれるんだ、ええ?」


「……知るか。貴様らのような下衆、俺たちが雇った覚えはない」


アレクサンダーが、冷たく突き放す。


その言葉が、チンピラたちの怒りの導火線に火をつけた。


「……ああ、そうかい。なら、力ずくで思い出させてやるしかねえなあ!」


乱闘は、一瞬で始まった。


だが、その結果は、誰の目にも明らかだった。


装備も、気力も、仲間との連携も失った『暁の剣』のメンバーは、チンピラたちの汚い集団戦法の前に、なす術もなく打ちのめされていく。


ゴードンが殴り倒され、リリアナが髪を掴まれ、セラが突き飛ばされる。


そして、リーダーのアレクサンダーは、腹に汚れたブーツを叩き込まれ、床に蹲った。


「ぐ……う……!」


かつて、人々から英雄と讃えられた勇者が、今、チンピラに一方的に蹂躙されている。


俺は、その光景を、ただ静かに見ていた。


助ける義理もなければ、興味もない。


やがて、チンピラたちは、倒れた彼らから金目のものを奪い取ると、唾を吐き捨てて去っていった。


後に残されたのは、ボロボロになった、四人の男女。


彼らは、互いを助け起こそうともせず、ただ、薄暗い酒場の床に、それぞれの絶望を抱えて倒れ伏しているだけだった。


俺は、彼らに背を向け、その場を静かに立ち去った。


これで、本当に全てが終わった。


俺の心に残っていた、最後の小さなわだかまりが、夜の冷たい空気と共に、すうっと消えていくのを感じた。


商人アルス。


俺の、本当の物語は、ここから始まるのだ。

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