第22話:王女とのゲーム
「……勝負ですって?」
俺の突拍子もない提案に、アリーシャ王女は目をぱちくりさせている。宰相や周りの衛兵たちは、「な、何を言い出すのだ、この男は!」と顔を真っ青にさせていた。王族に勝負を挑むなど、不敬罪で首が飛んでもおかしくない。
だが、当のアリーシャ王女の反応は、彼らの予想とは全く違っていた。
彼女の紫色の瞳は、退屈の色から一転、好奇心に満ちた輝きを放ち始めた。
「面白いわ! いいじゃない、その勝負! 受けて立つわ!」
「ひ、姫様! なりませぬ! このような素性の知れぬ商人の戯言に……!」
「黙りなさい、宰相。わたくし、こんなにワクワクしたのは久しぶりだもの。それで、アルス? 勝負の内容は、もちろんあなたが決めるのでしょうね?」
彼女は、俺が断れないことを見越した上で、挑発するように笑った。
この王女、ただのわがままな子供ではない。頭の回転が速く、自分の立場を最大限に利用することに長けている。
俺は、ここで怯むわけにはいかない。
懐から、一枚の奇妙なカードを取り出した。それは、【収納】スキルで取り寄せた、地球の『トランプ』のジョーカーだった。
「はい。俺と王女様には、今から簡単なゲームをしていただきます。ルールは至ってシンプル」
俺は謁見室のテーブルの上に、ジョーカーのカードを裏向きに置いた。
「この部屋のどこかに、俺はもう一枚のカードを隠します。それは、このジョーカーと対になる、『もう一人の道化師』のカードです。王女様には、これから日没までの間に、そのもう一枚のカードを見つけ出していただきます」
「カード探し……? なんだか、子供の遊びみたいね」
アリーシャ王女は、少し拍子抜けしたような顔をしている。
「ええ、子供の遊びですよ。ですが、一つだけルールがあります。王女様は、ご自身の足でカードを探してはいけません。使えるのは、ご自身の『言葉』だけ。つまり、この場にいる宰相や衛兵たちに指示を出して、カードを探させるのです」
「……ほう?」
王女の目の色が変わった。彼女は、このゲームの本当の意味を、瞬時に理解したのだ。
これは、ただの宝探しゲームではない。
限られた時間と情報の中で、いかに的確に部下を動かし、目的を達成するか。リーダーとしての資質、指揮能力が問われるゲームなのだ。
「そして、もし日没までにカードが見つからなかった場合……それは、俺の勝ちとさせていただきます。よろしいですね?」
「ええ、いいわ! やりましょう! わたくしが、あなたなんかに負けるはずがないもの!」
アリーシャ王女は、自信満々にそう言って、早速宰相に指示を飛ばし始めた。
「宰相! まずは、この謁見室の中を徹底的に調べさせなさい! カーテンの裏、肖像画の陰、鎧兜の中! 全てよ!」
宰相は、まだ状況が飲み込めていないようだったが、王女の命令に逆らうことはできず、慌てて衛兵たちに指示を出す。
ゲームは、こうして始まった。
俺は、謁見室の隅に置かれた椅子に座り、その様子を静かに眺めていた。
もちろん、もう一枚のカードなど、この部屋のどこにも隠してはいない。
それは、俺の【収納】スキルの中に、安全に保管されているのだから。
つまり、この勝負、最初から俺の勝ちが決まっている、出来レースだった。
だが、俺の目的は、王女に勝つことそのものではない。
このゲームを通じて、彼女に、そしてこの国の権力者たちに、ある重要なことを気づかせること。それこそが、俺の真の狙いだった。
衛兵たちは、王女の命令に従い、謁見室の隅々まで捜索を始めた。
だが、当然カードは見つからない。
王女は、次第に苛立ちを募らせていく。
「まだ見つからないの!? あなたたち、本当にちゃんと探しているの!?」
「は、はあ! ですが姫様、この部屋にはもう、隠せるような場所は……」
「言い訳はいいわ! もっと探しなさい! もしかしたら、天井裏かもしれないわ! 誰か、梯子を持ってきなさい!」
彼女の指示は、次第に的を外れ、感情的なものになっていく。
衛兵たちは、その場当たり的な命令に振り回され、疲労の色を濃くしていた。
宰相は、そんな王女の姿を見て、悲しそうな顔でため息をついている。
時間は、刻一刻と過ぎていく。
窓から差し込む光が、オレンジ色に変わり始めた頃、ついに王女の堪忍袋の緒が切れた。
「もういいわ! あなたたち、全員役立たずよ! こうなったら、わたくしが自分で探すわ!」
彼女はそう叫ぶと、玉座から立ち上がり、自らカードを探し始めようとした。
「――そこまでです、王女様」
俺は、静かに立ち上がり、彼女の行動を制した。
「ルールを、お忘れですか? あなたが使えるのは、『言葉』だけ。ご自身で動いた時点で、あなたの負けですよ」
「……っ!」
アリーシャ王女は、悔しそうに唇を噛み、その場に立ち尽くす。
彼女の紫色の瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。
やがて、日没を告げる鐘の音が、城下に響き渡った。
勝負は、決した。
「……わたくしの、負けね」
彼女は、絞り出すような声で、敗北を認めた。
謁見室には、重い沈黙が流れる。
俺は、そんな彼女のもとへゆっくりと歩み寄ると、スキルで【収納】から、もう一枚のジョーカーのカードを取り出した。
そして、それを彼女の目の前に、ひらひらと見せる。
「な……! あなた、カードを……!?」
王女が、驚きと怒りに目を見開く。
「そうです。カードは、最初からこの部屋にはありませんでした。俺が、持っていたのですから」
「そん……な……! ずるいわ! それじゃあ、わたくしが勝てるはずないじゃない!」
「ええ、その通りです。この勝負、王女様が勝つことは、最初から不可能だったのです」
俺は、カードを懐にしまうと、涙目の王女を真っ直ぐに見据えた。
「王女様。今のあなたのお気持ちは、いかがですか? 決して手に入らないものを、無駄だと分かっていながら、探し続けさせられたお気持ちは」
「……それは……」
「悔しくて、腹立たしくて、そして何より、あなたに命令されて無駄な努力をさせられた、そこにいる衛兵たちが、馬鹿みたいに思えませんでしたか?」
俺の言葉に、王女はハッとしたように、周りの衛兵たちを見た。
彼らは皆、汗だくで、疲れ果てた表情で、黙ってうつむいている。
俺は、続けた。
「リーダーが持つべき最も重要な力は、権力や才能ではありません。それは、『正しい情報』と、それに基づいた『的確な判断力』です。そして、部下の働きに感謝し、その労をねぎらう『心』です。今のあなたには、その全てが欠けていました」
俺の言葉は、ただの商人が王族にかけるには、あまりにも不敬で、あまりにも辛辣だった。
宰相が、血相を変えて俺を止めようとする。
だが、アリーシャ王女は、それを手で制した。
彼女は、涙をこぼしながらも、俺の言葉を、一言一句聞き漏らすまいとするかのように、真剣な眼差しで聞いていた。
「この勝負は、あなたに勝つために仕組んだものではありません。あなたに、『負け』を知っていただくためのものだったのです。王女様」
俺の説教は、終わった。
謁見室には、王女の静かな嗚咽だけが響いていた。
俺の、王家を相手取った大博打。
それが吉と出るか、凶と出るか。
その答えは、まだ誰にも分からなかった。
評価、ブックマークしていただけるととても今後の励みになります!




