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第19話:オークション開幕

クリムゾン商会との提携が決まった翌日、俺はセシリア会頭と共に、王城の一角で開かれる王家主催のオークション会場を訪れていた。


商談会とはまた違う、より閉鎖的で、濃厚な欲望の匂いが渦巻く空間。招待された者しか入れないこの場所には、王国中の権力と富が集結していた。


「緊張しているかしら、アルス君」


隣を歩くセシリアが、俺の顔を覗き込んで悪戯っぽく笑う。彼女は昨日とは違う、夜空のような深い青色のドレスを身にまとっており、その美しさは会場の誰よりも際立っていた。


「少しだけ。何せ、懐にはクリムゾン商会からお借りした大金が入っていますからね。落としてしまわないか、気が気じゃありません」


俺がそう言って懐を押さえると、彼女はくすりと笑った。


今回のオークション参加にあたり、俺はセシリアに事情を話し、軍資金として金貨500枚という破格の金額を借り受けていた。もちろん、これはクリムゾン商会からの『投資』だ。俺がオークションで注目を集めることは、商会の宣伝にも繋がる。


「心配いらないわ。あなたは、その度胸で今日の主役になるのよ」


彼女の言葉に背中を押され、俺は指定された席に着いた。ルナは、万が一の事態に備え、会場の隅で気配を消して俺たちを護衛している。


やがて、会場の照明が落ち、舞台上に司会者が現れる。


オークションの開幕だ。


次々と出品されるのは、有名な画家の絵画、古代遺跡から発掘された魔法の装飾品、希少なモンスターの剥製など、どれも一財産を築けるほどの価値がある品々ばかり。


会場のあちこちで、札を上げる音が響き、価格がみるみるうちに吊り上がっていく。


俺は、すぐ前方の席に、目的の人物がいるのを確認していた。


バウマイスター子爵だ。


彼は、隣に座る息子――『暁の剣』を顎で使っていた男――と共に、落ち着かない様子で舞台を眺めている。彼の狙いはただ一つ、伝説級の魔剣。それ以外の品には、目もくれていない。


そして、オークションが中盤に差し掛かった頃、ついにその時が来た。


「さあ皆様、お待たせいたしました! 本日の目玉商品! かつて魔王軍の四天王が一人を切り伏せたとされる、伝説の魔剣『グラム』の登場です!」


司会者の高らかな声と共に、舞台上に厳重なガラスケースに収められた一振りの剣が運び込まれる。


鞘に収められているにもかかわらず、その剣が放つ禍々しいほどの魔力は、会場の隅々にまで伝わってきた。剣の周りの空気が、わずかに揺らいで見える。


バウマイスター子爵の目が、ギラリと光った。


「最低落札価格は、金貨300枚から!」


その声が響き終わらないうちに、子爵が勢いよく札を上げた。


「300枚!」


彼の焦りが見て取れた。他の誰にも渡すものか、という強い意志の表れだ。


会場は一瞬静まり返る。伝説の魔剣とはいえ、金貨300枚は気軽に手を出せる金額ではない。


「金貨300枚! 他にはいらっしゃいませんか!? ……よろしい、ですか?」


司会者がハンマーを振り上げようとした、その瞬間。


俺は、静かに自分の札を上げた。


「310枚」


その声は、静かだったが、会場の全員の耳に届いた。


全ての視線が、俺に集中する。


バウマイスター子爵が、ギギギ、と音が鳴りそうな勢いでこちらを振り返った。その顔は、驚愕と怒りで真っ赤に染まっている。


「き、貴様は……! なぜ、お前のような田舎商人がここにいる!?」


「これはこれは、子爵様。先日は、あなたの差し金で雇われた盗賊の方々に、大変手厚い歓迎を受けまして」


俺は、わざと周囲に聞こえるように、嫌味たっぷりに言った。


その言葉に、会場の一部がざわめく。


子爵は、顔を真っ青にさせながらも、怒りに震える声で叫んだ。


「ふ、ふざけるな! 350枚だ!」


「360枚」


俺は、淡々と価格を上乗せしていく。


まるで、子供のおもちゃでも競り落とすかのような、軽い口調で。


その態度が、子爵のプライドをさらに逆撫でした。


「400枚!」


「410枚」


「450!」


「460」


泥沼の競り合い。


周囲の貴族たちは、もはやどちらが勝つのかを固唾を飲んで見守る、ただの観客と化していた。彼らにとって、これはただのオークションではない。成り上がりの若造が、由緒ある貴族に喧嘩を売るという、最高のエンターテイメントなのだ。


子爵の額には、脂汗がびっしりと浮かんでいる。彼の全財産をかき集めても、そろそろ限界が近いのだろう。


「……ご、500枚! これが、最後だ!」


彼が絞り出すように叫んだ額。それは、俺がセシリアから借りた軍資金と同額だった。


セシリアが、俺の耳元で囁く。


「どうするの、アルス君。ここが潮時かしら」


彼女の言う通りだ。これ以上は、俺も出せない。


だが、俺は不敵に笑った。


「いえ、まだです。最高の舞台には、最高の演出が必要ですから」


俺はすっと立ち上がると、会場の全員に聞こえるように、高らかに宣言した。


「……では、私はこの勝負、降りさせてもらおう」


その言葉に、会場は「ええっ」という驚きの声に包まれた。


バウマイスター子爵は、一瞬呆けたような顔をしたが、すぐに勝利を確信した下品な笑みを浮かべた。


「ふ、ふははは! そうだろう、そうだろう! 貴様のような若造が、この私に勝てるはずがないのだ! 魔剣グラムは、我がバウマイスター家のものだ!」


司会者が、ハンマーを振り上げる。


「金貨500枚! 他には、よろしいですね!? ……落札!」


カーン! と、高らかな音が響き渡った。


子爵は、歓喜の声を上げてガッツポーズをしている。


その姿は、滑稽ですらあった。


俺は、そんな彼に向かって、ゆっくりと拍手を送った。


「おめでとうございます、子爵様。素晴らしい買い物をされましたな」


「ふん、負け惜しみを言うか、小僧!」


「いえいえ、とんでもない。ただ、一つだけ、お伝えしておきたいことがありまして」


俺は、一呼吸置くと、悪魔のような笑みを浮かべて言った。


「その魔剣『グラム』……実は、私が以前、旅の途中で拾って、ガラクタだと思って道具屋に売ってしまった剣と、そっくりなんですよ」


「……は?」


子爵が、間の抜けた声を出す。


俺は、おもむろに懐から一本の剣を取り出した。それは、【収納】スキルを使い、地球の『レプリカ専門店』から取り寄せた、魔剣グラムと寸分違わぬ、精巧な偽物だった。


「ほら、これです。確か、鉄屑として銅貨5枚で売ったんでしたかなあ。いやあ、まさか金貨500枚の価値があるとは、夢にも思いませんでしたよ。いやはや、商人として、まだまだ未熟ですなあ!」


俺は、わざとらしく頭をかきながら、大声で言った。


その瞬間、会場の空気が、完全に凍りついた。


バウマイスター子爵の顔から、血の気が引いていく。


彼が全財産をはたいて手に入れた魔剣が、もしかしたら、銅貨5枚の価値しかないガラクタかもしれない。


俺が持っているものが本物か偽物か、そんなことはどうでもいい。


重要なのは、「そういう可能性がある」という『疑念』を、この場の全員に植え付けたことだ。


彼は、魔剣の権威によって一族の凋落を食い止めようとした。だが、その権威そのものに、俺が泥を塗ったのだ。


これから先、彼がその剣を振るうたびに、人々は囁くだろう。


「あれは、本当に本物なのか?」と。


これ以上にない、精神的な攻撃。


これこそが、俺の『ざまぁ』のやり方だ。


バウマイスター子爵は、わなわなと震えながら俺を指さし、そのまま白目を剥いて、椅子から崩れ落ちた。


商人アルスの名は、この日、王都の社交界に、最悪かつ最高の形で轟くことになった。

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