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第16話:共犯者

「仲間……だって?」


ルナの唐突な申し出に、俺は思わず聞き返した。


ついさっきまで、俺を殺す依頼を受けていた人間が、何を言っているんだ。


ルナは、表情を一切変えないまま、淡々と続けた。


「ええ。私は、私の価値を最も高く買ってくれる相手のために働く。それだけよ。金貨100枚という報酬は確かに魅力的だったけど、あなたの力は、それ以上の価値を生み出す可能性がある。そう判断したの」


彼女の赤い瞳が、俺の真意を探るようにじっと見つめている。その眼差しは、まるで全てを見透かしているかのようだ。


彼女は、俺の【収納】スキルから生み出されるアイテムの異常性に気づいている。そして、その力の源泉である俺自身に、投資する価値があると判断したのだ。徹頭徹尾、損得勘定で動く、実にプロフェッショナルな思考だった。


「……俺を信用できるのか? あんたは、俺を殺そうとしていたんだろう」


「信用? そんなもの、最初から誰に対してもしていないわ。ビジネスパートナーとして、互いに利用価値があるかどうか。重要なのはそれだけでしょ?」


ルナは、俺とバルトロの関係性に近いものを、俺との間に築こうとしている。


彼女の言い分は、危険なほどに合理的だった。


俺は腕を組んで考える。


彼女を仲間に引き入れることのメリットとデメリット。


メリットは、彼女の圧倒的な戦闘力だ。王都には、バウマイスター子爵のような敵が待ち受けている。彼女のような腕利きの暗殺者がいれば、これ以上ない保険になる。


デメリットは、彼女がいつ裏切るか分からないこと。そして、俺の力の秘密をどこまで探ってくるか、計り知れないことだ。


だが……。


俺は、彼女の瞳の奥に、単なる損得勘定だけではない、何か別の感情が揺らめいているのを感じていた。それは、孤独の色に似ていた。彼女もまた、俺と同じように、この世界でたった一人で戦ってきたのかもしれない。


「……いいだろう。あんたを、俺の『仲間』として迎え入れよう」


俺がそう言うと、ルナの表情が、ほんの僅かに、本当に僅かだが、和らいだように見えた。


「契約成立ね。これからよろしく、アルス」


「ああ、よろしく、ルナ。ただし、条件がある」


俺は人差し指を一本立てる。


「俺の力の秘密について、根掘り葉掘り探るのはなしだ。俺が話したくなった時に、話す。それでいいな?」


「……分かったわ。ビジネスパートナーのプライバシーには、干渉しない主義よ」


こうして、俺とルナの間に、奇妙な協力関係が結ばれた。


俺たちは、互いを完全には信用していない、共犯者のようなものだ。だが、この危険な関係性が、妙に心地よくもあった。


翌日、俺たちは再び王都を目指して旅を再開した。


盗賊の死体は、昨夜のうちにルナが森の奥深くに運び、獣の餌にしたらしい。その手際の良さには、さすがに少し引いたが、おかげで馬車の他の乗客がパニックになることはなかった。彼らは、盗賊がただ逃げていったと思っている。


馬車の中でのルナは、以前と変わらず無口だった。


だが、時折交わす視線の中に、以前のような警戒心は消えていた。彼女は窓の外を眺めているかと思えば、俺がスキルで取り寄せた文庫本を、興味深そうに横から覗き込んできたりもした。


「……その本、面白い?」


「ああ、異世界の物語だ。剣も魔法も出てこないが、人間の心理描写が巧みで、なかなか引き込まれる」


「……そう」


短い会話。だが、そのやり取りが、俺たちの距離を少しずつ縮めていくようだった。


そして、出発から五日目の朝。


馬車の窓から、ついに目的地の姿が見えてきた。


「おお……あれが王都か……!」


乗客の一人が、感嘆の声を上げる。


地平線の向こうに広がる、巨大な城壁。その中央には、天を突くかのような白亜の城がそびえ立っている。街の規模、建物の壮麗さ、何もかもが俺がいた街とは比較にならない。ここが、この国の中心。


馬車が王都の正門をくぐると、その喧騒に圧倒された。


行き交う人々の数、響き渡る活気。貴族の紋章を掲げた豪華な馬車が、石畳の道を滑るように走っていく。道行く人々の服装も、洗練されているように見えた。


俺は、バルトロから聞いていた、商業ギルドが手配してくれた宿屋へと向かった。ルナも、当然のようについてくる。


宿は、貴族街の一角にある高級なもので、部屋も広く快適だった。


「さて、商談会は明後日からだ。それまで、少し情報収集でもするか」


俺が言うと、ルナが静かに頷いた。


「例の、バウマイスター子爵について?」


「ああ。敵の正体を知らずに戦うのは、愚策だからな」


俺たちは、人通りの多い酒場を選んで入った。こういう場所は、情報の宝庫だ。


エールを注文し、周りの客たちの会話に耳を澄ませる。すると、早速おあつらえ向きの話題が聞こえてきた。


「おい、聞いたか? バウマイスター子爵様のご子息が、また問題を起こしたらしいぜ」


「ああ、冒険者ギルドでな。Sランクパーティの『暁の剣』とかいう連中をいいように使って、気に入らない商人からみかじめ料を取ってるって話だ」


俺とルナは、顔を見合わせた。


やはり、バウマイスター子爵と『暁の剣』は繋がっていた。


話はさらに続く。


「子爵自身も、最近じゃ羽振りが悪いらしい。領地の経営に失敗して、多額の借金を抱えているとか」


「だから、息子を使って汚い金儲けに走ってるのか。貴族も落ちたもんだな」


「その借金も、近々開かれる王家のオークションで、一発逆転を狙ってるって噂だぜ。なんでも、伝説級の魔剣が出品されるとかでな」


伝説級の魔剣。オークション。


断片的な情報が、俺の頭の中で繋がっていく。


バウマイスター子爵は、金に困っている。だから、『暁の剣』を使って強引な金策に走り、俺の店の利益にも目をつけた。そして、オークションで魔剣を落札し、一族の権威を取り戻そうとしている。


俺を始末しようとしたのも、俺が王都で商売を始めることを恐れてのことだろう。


「……なるほどな。敵の狙いは、オークションか」


俺は、小さく呟いた。


ルナが、俺の顔を覗き込む。


「どうするの? 商談会に集中した方がいいんじゃない?」


「いや……計画変更だ」


俺の口元に、不敵な笑みが浮かぶ。


「商談会で、俺の商品の価値を認めさせる。それは当然だ。だが、それだけじゃ面白くない」


俺はエールのジョッキをぐいと煽ると、ルナに向かって宣言した。


「そのオークション、俺も参加する。そして、バウマイスター子爵が喉から手が出るほど欲しがっているその魔剣とやらを、奴の目の前で、俺が横からかっさらってやる」


それは、ただの復讐ではない。


俺の商人としての力を、この王都で最も効果的に知らしめるための、最高のパフォーマンスだ。


バウマイスター子爵、そしてその背後にいる『暁の剣』よ。


お前たちが仕掛けた戦い、最高の形で返してやろうじゃないか。


俺の宣戦布告に、ルナは呆れたようにため息をついた後、その口元に、初めて楽しそうな笑みを浮かべた。


「……本当に、あなたは面白いわね」

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