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第15話:銀閃のアサシン

それは、戦闘というよりも、一方的な蹂躙だった。


フードを脱いだ銀髪の少女が動くたびに、盗賊たちの悲鳴が上がる。彼女の動きは目で追うことすら困難で、まるで銀色の閃光が舞っているかのようだった。


「ひ、ひぃぃぃ!」


「ば、化け物だ!」


盗賊たちは完全に戦意を喪失し、武器を捨てて逃げ出そうとする。だが、少女はそれを許さない。逃げる者の背中に、容赦なく小太刀の刃が突き立てられる。


鮮血が飛び散り、肉の断たれる生々しい音が響く。馬車の中では、他の乗客たちが恐怖のあまり声も出せずに固まっていた。


俺は、その光景から目を逸らすことができなかった。


強い。


『暁の剣』のリーダー、アレクサンダーとも違う、実戦に特化した無駄のない動き。殺すことに、一切の躊躇がない。彼女は間違いなく、人を殺すための訓練を積んだプロフェッショナル――暗殺者(アサシン)の類だろう。


わずか数十秒。


あれほどいた盗賊たちは、リーダー格の大男を残して、全員が物言わぬ骸と化していた。


リーダーの大男は、腰を抜かして地面にへたり込み、ガタガタと震えている。


「た、助けてくれ……! 金なら全部やる! だから、命だけは……!」


少女は、血振りをしながらゆっくりと男に近づく。その赤い瞳には、何の感情も浮かんでいない。まるで、虫でも潰すかのような無機質な眼差しだった。


「……黙りなさい。不快よ」


少女が小太刀を振り上げた、その時だった。


「――そこまでだ」


俺は、いつの間にか馬車を降り、二人の間に割って入っていた。


これ以上の殺戮は、見過ごせない。それに、この少女の正体も気になっていた。


俺の突然の登場に、少女の動きがぴたりと止まる。その赤い瞳が、初めて驚きに見開かれ、俺の姿を捉えた。


「……あなた、何を?」


「もう十分だろう。そいつはもう戦意を失っている。殺す必要はない」


俺が言うと、少女は鼻で笑った。


「甘いのね。ここで見逃せば、こいつはまた同じことを繰り返す。悪党の命に、価値なんてないわ」


「価値があるかどうかを決めるのは、俺たちじゃない。それに、こいつからは情報を引き出せるかもしれない」


俺は少女から視線を外し、震える大男に向き直った。


「おい、あんた。なぜ俺たちが乗るこの馬車を襲った? 金目当てか? それとも……誰かに依頼されたのか?」


俺の問いに、男はびくりと肩を震わせた。その反応で、俺は自分の推測が当たっていることを確信した。ただの物取りではない。この襲撃は、俺を狙って仕組まれたものだ。


「さあ、正直に話せ。話せば、命だけは助けてやってもいい」


「……!」


男は、俺と、俺の後ろに立つ血まみれの少女を交互に見比べ、やがて観念したように口を開いた。


「……い、依頼だ……。王都の、とある貴族様から……。この馬車に乗っている、アルスという名の若い商人を、事故に見せかけて始末しろ、と……」


やはりか。


『暁の剣』の背後にいるという貴族。俺が王都へ向かうことをどこかで知り、刺客として盗賊を差し向けたのだろう。


バルトロの懸念は、現実のものとなった。


「その貴族の名前は?」


「そ、それは……! 言ったら俺が殺される!」


「言わなければ、今ここでこいつに殺される。どっちがいい?」


俺が冷たく言い放つと、男は絶望に顔を歪め、ついに白状した。


「……バ、バウマイスター子爵様だ……! 冒険者ギルドにも、顔が利くお方だ……!」


バウマイスター子爵。


その名前、覚えておこう。


俺が情報を引き出している間、銀髪の少女は黙って俺たちのやり取りを見ていた。その赤い瞳から、先ほどの殺気は消え、代わりに好奇心のようなものが浮かんでいるように見えた。


「……もう用はないな。さっさと失せろ。二度と俺の前に現れるな」


俺が言うと、男は這うようにして森の奥へと逃げていった。


後に残されたのは、俺と少女、そして十数体の盗賊の死体。


気まずい沈黙が、場を支配する。


先に口を開いたのは、少女の方だった。


「……あなた、何者なの? ただの商人じゃないわね。あの状況で、私と盗賊の間に割って入るなんて、常人にできることじゃない」


彼女は小太刀を鞘に納めながら、探るような目で俺を見る。


「それはこっちのセリフだ。あんたこそ、何者なんだ? あの腕前、ただの旅人じゃないだろう」


俺が問い返すと、彼女はふいと顔をそむけた。


「……答える義理はないわ」


「そうか。なら、俺も答える義理はないな」


俺たちの会話は、そこで途切れた。


馬車の中からは、御者や他の乗客たちが、恐る恐るこちらを窺っている。


この惨状では、旅を続けるのは難しいだろう。俺は死体を森の茂みに隠し、血痕を土で覆い隠すのを手伝った。少女は、そんな俺の行動を、ただ黙って見ていた。


その夜、俺たちは近くの村で一泊することになった。


宿で部屋を取り、食堂で遅い夕食をとっていると、あの少女が俺の向かいの席に無言で座った。


「……昼間は、助かった。礼を言う」


俺が切り出すと、彼女は少し驚いたような顔をした後、ぼそりと呟いた。


「……別に。あなたのためじゃない。ただ、邪魔だったから殺しただけよ」


素直じゃない物言いだったが、敵意がないことは伝わってきた。


俺は自己紹介をすることにした。


「俺はアルス。見ての通り、商人だ」


「……」


彼女は名乗ろうとしない。


だが、しばらくの沈黙の後、小さな声で言った。


「……ルナ」


「ルナ、か。いい名前だな」


「……別に」


短い会話。


だが、俺たちの間には、奇妙な連帯感のようなものが芽生え始めていた。


彼女は、俺が『暁の剣』と揉めていた時から、市場で俺のことを観察していたらしい。そして、俺が王都へ向かうと知り、同じ馬車に乗り込んできたのだという。


「なぜ、俺のことを?」


「……興味があったから。あなた、面白いものを持ってるでしょ」


彼女の言う『面白いもの』が、俺のスキルや、それによって生み出されるアイテムのことを指しているのは明らかだった。彼女は、俺の秘密に気づいている。


「あなたを始末しろという依頼、私も受けていたの」


ルナは、とんでもないことをさらりと言った。


「なっ……!?」


「依頼主は、同じくバウマイスター子爵。成功報酬は金貨100枚。破格の依頼だったわ」


「……だったら、なぜ俺を助けた? 昼間、盗賊を始末したのは……」


「言ったでしょ。あいつらが邪魔だったから。それに……」


ルナは、そこで言葉を切ると、俺の目をじっと見つめた。


その赤い瞳が、真剣な光を帯びる。


「金貨100枚より、あなた自身の方が、もっと価値がありそうだと思ったから。私を、あなたの仲間にしてくれないかしら」


それは、あまりにも唐突な申し出だった。


銀閃のアサシン、ルナ。


敵か味方か分からない、謎多き少女との出会いは、俺の王都への旅路が、決して平坦なものではないことを予感させていた。

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