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第13話:ギルドマスターの深謀

中毒騒ぎの一件は、俺の店にとって結果的に最高の宣伝となった。


『アルスの店の料理は安全なだけでなく、万病に効く(?)霊薬までくれるらしい』


そんな尾ひれがついた噂が広まり、客足は以前にも増して増加した。特に、俺が使った『胃腸薬』に興味を示す客が後を絶たず、俺は急遽【収納】スキルで取り寄せた胃腸薬や風邪薬、鎮痛剤などを『異世界の秘薬』として限定販売することにした。もちろん、効果は絶大で、店の新たな看板商品となった。


すべてが順調に進んでいる。


だが、俺の心の中には、一つの疑念が燻り続けていた。


『暁の剣』の嫌がらせは、あまりにも稚拙で、後手に回りすぎていやしないか?


彼らはSランクの冒険者だ。力で俺を排除できないと悟ったのなら、もっと狡猾で、確実な手を打ってくるはずだ。例えば、ギルドの権力を使って俺の店に圧力をかけるとか、闇ギルドの暗殺者を雇うとか。


今回の食中毒騒ぎは、あまりにも見え透いた三文芝居だった。まるで、「俺たちがやりました」と宣伝しているようなものだ。


(何か、おかしい……)


その違和感の正体を探るべく、俺は数日後の夜、商業ギルドマスター、バルトロの執務室を訪れていた。


表向きは、新店舗の経営状況の報告という名目だ。


「……というわけで、売り上げは順調に伸びています。これもギルドマスターのご支援の賜物です」


「うむ、君の手腕には感心させられるばかりだよ、アルス君。もはや君は、この街の経済を動かす中心人物の一人だ」


革張りの椅子に深く腰掛けたバルトロは、満足げに頷いている。


俺は、報告書をテーブルに置くと、本題を切り出した。


「ところで、ギルドマスター。先日、俺の店で少々厄介な騒ぎがありまして」


俺は食中毒騒ぎの一部始終を、簡潔に説明した。


バルトロは、表情一つ変えずに聞いていたが、俺が話し終えると、ふっと口元に笑みを浮かべた。


「知っているとも。君が鮮やかに切り抜けたことも含めてね。実に見事な手腕だった」


「……ギルドマスター。単刀直入にお聞きします。今回の件、何か裏で糸を引いてはいませんか?」


俺の直球の質問に、バルトロの目が初めて鋭く光った。


彼は組んでいた指を解くと、テーブルに肘をつき、興味深そうな目で俺を見つめる。


「ほう……。なぜ、そう思うのかね?」


「『暁の剣』のやり口にしては、杜撰すぎます。まるで、わざと失敗して、彼らの評判をさらに落とすために仕組まれた罠のようでした」


俺の言葉に、バルトロは数秒間沈黙した。


執務室には、魔法のランプが揺れる音だけが響いている。


やがて、彼は観念したように、くつくつと喉の奥で笑い始めた。


「ははは……面白い! 実に面白いな、君は! 商才だけでなく、その洞察力……やはり、私の目に狂いはなかったようだ」


彼は、俺の推測を肯定した。


「いかにも。今回の件、私が一枚噛んでいる」


「……どういうことです?」


「君が奴らを退けたあの日から、私はずっと奴らの動向を監視させていた。奴らが君の店に嫌がらせを仕掛けようとしていることも、とうに掴んでいたよ。そして、奴らが雇ったチンピラや子供に、ほんの少しだけ『知恵』を貸してやったのさ」


バルトロは、悪びれる様子もなく言い放った。


「わざと、見え透いた芝居を打たせるように。そして、君がそれを逆手に取って、奴らの悪評を広める英雄になるように。全ては、私が描いた筋書き通りだよ」


俺は背筋に冷たいものが走るのを感じた。


この男、俺が思っていた以上に食えない人物だ。俺と『暁の剣』の対立を、まるで盤上の駒のように動かして、自分の望む状況を作り出している。


「なぜ、そんなことを……」


「言ったはずだ、アルス君。私は、『暁の剣』の横暴を快く思っていない、とね。だが、彼らはSランクパーティ。冒険者ギルドにとっても重要な稼ぎ頭だ。表立って潰すことはできない。だから、こうして少しずつ、外堀を埋めているのだよ」


彼の目的は、『暁の剣』の評判を徹底的に貶め、市民の支持を失わせ、冒険者ギルドも彼らを庇いきれない状況に追い込むこと。そのための、最も効果的な『駒』として、俺が選ばれたというわけだ。


「君は見事に私の期待に応えてくれた。君は今や、市民の味方だ。対して、奴らは子供をダシに使うような卑劣な連中。この構図は、非常に分かりやすいだろう?」


「……俺が、もし奴らの罠に負けていたら、どうするつもりだったんですか?」


「その時は、その時だ。君には見切りをつけ、私はまた別の手を探しただろう。だが、君は勝った。だからこそ、私は君との協力関係を、さらに深めたいと思っている」


バルトロは、引き出しから一枚の羊皮紙を取り出した。


それは、王都で近日開催される、大規模な商談会の招待状だった。


「これは、王国の名だたる大商会や貴族が集まる、年に一度の祭典だ。ここに、商業ギルドの推薦枠で、君を出席させてやろう」


「……俺を、ですか?」


「そうだ。君の商品と商才があれば、王都の連中の度肝を抜くことができるだろう。君にとっては、販路を王国全土に広げる絶好の機会になる。そして私にとっては……」


バルトロは、言葉を切ると、意味ありげに笑った。


「君という存在を、王国の中枢に知らしめる良い機会になる。それは、いずれ『暁の剣』……いや、彼らを裏で支援している、もっと厄介な連中への、強力な牽制となるはずだ」


『暁の剣』を裏で支援している、厄介な連中。


初めて聞く話だった。


「どういうことですか?」


「Sランクパーティが、何のコネクションもなしにのさばれるほど、この国は甘くはない。彼らの後ろには、冒険者ギルドの上層部と、癒着している貴族がいる。私が本当に潰したいのは、その腐った構造そのものなのだよ」


話のスケールが、一気に大きくなった。


俺は、ただ自分を追放したパーティを見返すために商売を始めただけだったはずだ。それがいつの間にか、この国の権力構造を揺るがす、大きな渦の中心に立たされようとしていた。


面白い。


テンプレート通りの復讐劇で終わるよりも、よっぽど面白いじゃないか。


俺は、バルトロが差し出した招待状を受け取った。


「分かりました。その話、乗ります。王都へ、行かせてもらいます」


「それでこそ、私が見込んだ男だ」


バルトロは、満足そうに頷いた。


このギルドマスターは、俺を利用しようとしている。だが、俺もまた、彼を利用して成り上がってやる。


俺たちの間にあるのは、奇妙な共犯関係。


商人アルスの次なる舞台は、王都。


そこには、アレクサンダーたちとは比較にならない、本物の怪物たちが待ち受けているだろう。


俺の【次元連結収納】は、果たしてどこまで通用するのか。


そして、俺が知らない『暁の剣』の背後関係とは一体何なのか。


物語は、ようやく本当の序章を終えようとしていた。

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