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第10話:新店舗オープンと新たな仲間

商業ギルドマスター、バルトロとの契約はとんとん拍子に進んだ。


彼が俺に用意してくれた店舗は、まさに市場の一等地。人通りが最も多い大通りに面した、二階建ての立派な石造りの建物だった。以前は宝石商が営んでいたらしいが、経営難で夜逃げし、長らく空き家になっていたという。


「ここを、本当に俺が使っていいんですか?」


バルトロに案内され、建物の前に立った俺は、その大きさと立派さに圧倒されて思わず尋ねた。露天商だった俺には、分不相応に思えるほどの場所だ。


「無論だ。君の商才なら、この場所を十二分に活かせるだろう。内装の改装費用も、ギルドから融資しよう。返済は、店の売り上げから少しずつで構わん」


破格の条件だった。バルトロが、俺という商人にどれほどの期待を寄せているかが窺える。


その期待に、応えなければならない。


俺は早速、新店舗の準備に取り掛かった。


まずは、地球の知識を活かした店舗デザインを考える。


この世界の店は、薄暗くて商品がごちゃごちゃと置かれているのが普通だ。俺はそれとは逆に、明るく、開放的で、客が商品を手に取りやすい店を目指した。


スキルを使い、地球から大きな『ガラス板』を取り寄せる。この世界では非常に高価なガラスを壁一面にはめ込み、外からでも店内の様子がよく見えるようにした。夜でも店内が明るく輝くよう、光源にはMPを消費して発光させる『魔光石』のランプを多数設置する。


商品棚は、客が自由に見て回れるように通路を広く取り、商品の種類ごとに分かりやすく陳列した。


さらに、店の奥には買った商品をその場で食べられる『イートインスペース』を設けることにした。これは、この世界にはない、全く新しい概念だった。


改装作業には人手が必要だったため、俺は商業ギルドを通じて日雇いの職人を数名雇った。彼らは、俺が持ち込むガラス板や、地球の洗練されたデザインの家具(これもスキルで取り寄せた)を見ては、驚きの声を上げていた。


そんな中、一人の少女が、俺の目に留まった。


年の頃は俺と同じくらいだろうか。栗色の髪を無造作に束ね、顔や手は煤で汚れているが、その瞳には強い意志の光が宿っていた。彼女は他の職人たちが物珍しそうに作業を中断する中でも、黙々と、しかし誰よりも丁寧に床のタイルを磨いていた。


作業が終わった後、俺は彼女に声をかけた。


「君、名前は?」


「……ミリア、です」


少女は、少し怯えたように、しかし真っ直ぐに俺を見て答えた。


「仕事が丁寧だな。感心したよ」


「……お代をいただいているので、当然のことをしているだけです」


素っ気ない返事だったが、その声には実直さが滲んでいた。


俺は、なぜか彼女のことが気になった。


「もし、この店で働く気はないか? まだ開店準備中だが、人手が足りなくて困っているんだ。もちろん、日雇いなんかじゃない。正式な従業員として、給金も払う」


俺の突然の申し出に、ミリアは驚いたように目を見開いた。


「……わ、私を、ですか? ですが、私には商売の経験なんて……」


「経験は、これから積めばいい。俺が欲しいのは、真面目に仕事に取り組んでくれる人間だ。君には、その素質があるように見えた」


ミリアはしばらく俯いて何かを考えていたが、やがて顔を上げ、決意を秘めた目で俺を見た。


「……やります。私でよければ、ここで働かせてください!」


こうして、俺にとって初めての従業員ができた。


ミリアは口数が少なく、最初は少しとっつきにくい印象だったが、一度仕事のやり方を教えると、驚くほどの速さで吸収していった。商品の陳列、在庫管理、接客の基本。俺が教えたことを、彼女は完璧にこなしてみせた。何より、彼女には嘘や誤魔化しが一切ない。その誠実な仕事ぶりは、俺にとって何より頼もしかった。


そして、一週間の準備期間を経て、『異世界商店アルス』はついに新装開店の日を迎えた。


店の前には、開店を待ちわびる客で、オープン前から黒山の人だかりができていた。ガラス張りの斬新な外観と、煌々と輝く店内に、誰もが興味津々といった様子だ。


俺は店の前に立ち、集まった人々に向かって高らかに宣言した。


「皆、待たせたな! ただいまより、『異世界商店アルス』、新装開店だ! 今日は開店記念として、先着100名様に新商品の『からあげ』を一つサービスするぞ!」


その言葉を合図に、店の扉を開ける。


客たちは、なだれを打つように店の中へと入ってきた。


そして、誰もが店内に足を踏み入れた瞬間、息を呑んだ。


「な……なんだこの店は! 明るい!」


「床がピカピカだ……! 外の光景が映ってる!」


「商品が、まるで宝石みたいに並べられてる……!」


客たちは、見たこともない店舗の内装に目を輝かせ、あちこちを見て回っている。


俺の狙いは的中した。ただ商品を売るだけではない。店にいるだけでワクワクするような、エンターテイメントとしての空間。それが、俺の目指す店の形だった。


新商品のからあげ――醤油とニンニクで下味をつけた鶏肉を油で揚げた、地球では定番の惣菜――も、大好評だった。ジューシーな肉の旨味と香ばしい衣は、この世界の人々の舌を瞬く間に虜にした。


「うめえええ! この肉料理、最高だ!」


「外はカリッとしてて、中は肉汁がじゅわっと……!」


俺はレジを担当し、ミリアには商品の補充と客の案内を任せた。彼女は初めての接客に戸惑いながらも、一生懸命に笑顔を作り、客一人一人に丁寧に対応している。その姿が、とても頼もしく見えた。


店は大混乱と言っていいほどの大盛況だった。


カップラーメン、レトルトカレー、ペットボトル飲料、缶詰、そして新しいからあげ。商品は、面白いように売れていく。


そんな喧騒の片隅で、俺たちの店を憎々しげに見つめる視線があった。


店の向かいにある、古びた大衆食堂の店主だ。俺の店のせいで、すっかり客足を奪われてしまったのだろう。


そしてもう一つ。


人混みに紛れ、フードを目深にかぶった、小柄な人影。その人物は、商品を買うでもなく、ただじっと、俺の動きを観察しているようだった。


俺は一瞬だけその人影に気を取られたが、すぐに押し寄せる客への対応に追われ、意識の外へと追いやられてしまった。


とにかく、新店舗のオープンは大成功だった。


閉店後、ミリアと二人で売り上げを数え、その金額の大きさに互いに顔を見合わせて笑い合った。


「やったな、ミリア」


「は、はい、店長……! こんなの、夢みたいです……!」


初めて「店長」と呼ばれ、少し照れくさい気持ちになる。


だが、この成功が、新たな火種を生むことにもなる。


俺の店が放つ光が強ければ強いほど、その光が作り出す影もまた、濃くなっていくのだ。


そのことに、この時の俺はまだ、気づいていなかった。

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