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第八話 来客は突然に

 あの頃は若気の至りだった思い出にスケキヨはふぅとため息をついたが、その瞬間三葉が部屋の中をせわしなく片付け始めていることに気がついた。

 普通の掃除とは違う様子に、スケキヨは体を起こしてスタスタと歩き出した。この四足で歩く感覚にも、少しずつ慣れてきてはいた。


 というより、慣れざるを得なかったのだ。人間のように二足歩行で立つのは、この猫の身体の構造では無理だと諦めた。

 食事に次いで諦めたことの一つであるが、意外なことにトイレに関してはすぐに順応できた。それはわからない。


 そのとき、インターフォンが鳴った。

「はーい」


 どうやら誰か来たらしい。スケキヨがここに来てから、訪れる部外者は少ない。そのため、誰が来たのか気になり、じっと待ち構えた。川本夫妻だろうか、それとも……。


「お邪魔します」

 聞き覚えのある声に、スケキヨは思わず体を震わせた。


「意外とここに来るのは初めてなのよね」

「そうだったわねー、会う時はいつも外だったし」

 耳を澄ませると三葉ともう一人、小さな足音が聞こえてきた。猫に転生してからというもの、人間と比べて聴覚や嗅覚が驚くほど鋭くなったことに気づいていた。


「あら、可愛い……猫ちゃん」

 


 そこにいたのは、菅原美帆子。そして彼女の隣には、小学生くらいの男の子が寄り添っていた。

 美帆子はかつて大島と関係が疎遠になる間に、実習中に出会った生徒と恋仲になり、駆け落ちして結婚したという。


 彼女はその後教師となったが、枠にはまることを嫌い、離婚してシングルマザーになった時期に教師も辞めた。


 その後、某通信予備校に勤務し、人気講師として名を上げた。そして今では自ら起業し別の事業を営んでいる。これらの話は三葉から聞いたものだ。


 自分が彼女と付き合っていた時期に、他の男と二股をかけられていたと知ると、なんとも辛い気持ちである。


 それゆえ、彼女とは再会したくない相手ではあった。


 三葉と美帆子が旧友であることを考えれば、いつか彼女がこの部屋に来ることは予想できた。それでも、過去の思い出に浸った直後に彼女が訪れるとは、スケキヨには動揺を隠しきれなかった。


「美守、猫可愛いね」

「……」

 美守と呼ばれたその子は、美帆子の息子に違いない。彼はじっとスケキヨを見つめている。何も言わずに。


『なんで見るんだ、この子は……』

とスケキヨは心の中でつぶやいた。そのクリっとした目は、大島の教え子でもあり、美守の父親でもある男にそっくりだった。

 

 スケキヨは生前、美守に会ったことはなかったが、彼が剣道をしていると耳にしていた。「いつかは相手してやりたかったが、それは叶わなかった……」

 と過去の思いを反芻する。


 少し目を逸らしても、美守はスケキヨの顔をじっと見つめている。


「さて、その前に手を合わせないとね」

「なんで?」

「三葉さんの亡くなった旦那さんの仏壇にね」


 美守はスケキヨと遺影を交互に見た。

『なぜだ、なんだこっちをまじまじと』

 不安に思いつつも、美帆子と美守が仏壇に手を合わせてくれる様子を見守る。

 そして彼の好物である和菓子店のバタドラを持参してくれたことに気づき、大島は心の中で歓喜するが、ペットの猫としてみっともなく騒ぐことは避けて我慢する。それに食べることは不可能である。

『バタドラァ……』


「美守くん、美守くん。はい、お菓子をどうぞ」

「いいのよ、わざわざ……」


 三葉が差し出したのは、子供たちに人気のパンパンまんのお菓子だった。しかし、美守はあまり嬉しそうな顔をしない。


「……」

「ごめんね、うちの子、もうパンパンまんは卒業しちゃってるの。今はシゼンジャーが好きなのよ」

「シゼンジャー?」


「パンパンまん卒業」「シゼンジャー」といった言葉に、三葉もスケキヨも理解が追いつかず、目を丸くしている。


「ジャーがつくから戦隊ものか?」

 とスケキヨが予想した通り、美守はポケットから出したハンカチにはカラフルな戦隊キャラクターがプリントされていた。


「中にはパンパンまんを通らない子もいるけど、うちの子は典型的にパンパンまんから戦隊ものに移行したのよ」

「へぇ、最近売れてる俳優さんも戦隊もの出身が多いよね」

「そうそう、今回の主人公の子もイケメンで……次なるニュースターって言われてるわ」

「えっ、どの子どの子? わー、本当にイケメン!」


 三葉と美帆子は盛り上がっている。スケキヨは三葉が芸能人に夢中になる姿を初めて見たうえ、その相手がどんなイケメンなのか気になるが、スマホの画面を猫の姿では見ることができない。

『俺以外のイケメンにキャーキャー言うんか……』

 ふと美守を見ると、相変わらずスケキヨをじっと見つめている。不思議なほどだ。


「三葉って、こういうスッとしたタイプが好みなの? 大島さんとは正反対よ」

「でも最近の若い子ってこういうスッとした感じが多いじゃない。きっと和樹さん、こういう子たち見たら筋トレさせたくなるわね」

「わかる、最後には『剣道やれ、お前ら!』とかね」


 欠席裁判のような会話が続き、スケキヨは思わずその場から逃げ出したくなる気持ちだった。


 だが――


「……色々とおせっかいかけちゃったけど、前紹介した方はやっぱりあれかしら?」


 スケキヨがビクッとした。美帆子が三葉に何を紹介したというのか、それは聞いておかなくてはいけない。

 どうやらこの家に来る前にも二人は会っていたようだ。

「……本当ありがとう、心配してくれて。確かに前のあの人は優しくて紳士な方だけど今はちょっとまだ」

「そうよね……わかった、伝えておくわ」


 スケキヨはなんとかとかわからないが三葉が断ったことにホッとした。が複雑である。自分が猫に転生してしまった以上、三葉の支えである人が必要だとは思いつつも。


「でもまだお断りの連絡はしないで……」

 と三葉が止めた。


「……あら。まーそうそう、キープしておきましょう。だってこの辺りの寺院や霊園を取り扱う会社の社長さんですものー」

「そう、そこなの……恥ずかしながら」


 やはりこの部屋から早めに出ればよかったとおもうスケキヨであった。


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