第八話 転ばぬ先の
「……一緒に行くとは、言った。言ったさ。」
宿を出ると、目の前に、ニコニコ顔で待っている見覚えのある少女がそこにいた。
「言った、けどよ……いくらなんでも、早すぎやしないか」
昨日の涙の別れは、いったいなんだったのか。
そもそも、どうやって俺の宿がわかったのか。怖いんだけど。
と思っていると、冒険者ギルドで見かけたようなガラの悪い男たち二人が、フローリアに声をかけた。なんだ結局、仲間でもいたのかと思いきや、フローリアは困った表情をしてチラリとこっちを、正確には宿を、助けを求めるように見た。……はあ。
ため息をつきながら、俺は宿から出て、三人の前に立った。
「俺のツレになんか用か?」
「お? "食人"のソロじゃねえか。ぼっちのトカゲ擬きが、喋りかけるんじゃねーよ」
「つーか、いっつもネイの奴を独占しやがって、ムカついてたんだよ。やっちまおうぜ」
威勢よく啖呵を切ると、二人の冒険者のうち大柄な方がこちらに殴りかかってきた。
それを右手で受け止めると、中背の方はフローリアを押し退けるようにして、ナイフを突然取り出しこちらに向かって突きを放ってくる。
いつも冒険者ギルドで酒場を陣取り、若い冒険者にちょっかいを出してはいるが、それでもそれなりに熟練の冒険者というだけあり、その攻勢は鋭い。
左手でナイフを突き出した右手を払い落とし、右手で押さえていた大柄の男を力任せに中背の男の方に転がした。
中背の男は自分に向かってくる巨体を「おっとっ」なんて言いながらそれを簡単にかわし、後ろ回し蹴りを俺に向ける。
「刃傷沙汰はマズいんじゃねえの?」
「へっ。ギルドの外ならアイツらの管轄外だろ」
皮肉を言いながら、ナイフをさっき払い落とした左手でそのまま蹴りを受け止める。
「それに、お前の味方をしてくれるやつがいるのかねえ?」
大柄の男はそう言いながら、さっき転がされて背中が地面についた体勢のまま、背中で回転して力強く俺の左足裏に蹴りをかけた。
結構な衝撃だが、俺の体勢が崩れるほどじゃない。左手で受け止めていた足を掴み、体ごと持ち上げて、俺はそれを大柄の男の上に落とした。
「うぐおっ」
「て、テメェ……」
「それくらいでお願いしますっ」
中背の男が反抗しようとした途端に、光輪が地面から現れ、大柄の男と二人まとめて拘束した。
拘束したフローリアは、少し頬を膨らませている。
「さすがだな」
「えへへ……じゃないですよっ!」
褒められてちょっと嬉しそうなフローリアは、いやいや、と顔を振って、光輪を操作して、拘束したまま二人を立たせた。
「もー、これに懲りたらやめてくださいねっ!」
「ケッ」
フローリアは中背の方に怒り顔を近づけてそう言うが、あんまり効果はなさそうだ。
「じゃ、いいです。このままでいてくださいっ!」
「え、いやおい! 待ってくれ!」
大柄な方はフローリアを引き留めて助けを求めるが、フローリアは知らん顔だ。……まあ、バカにはいい薬になるだろう。
俺とフローリアは、拘束されたバカ二人を放っておいて、武器屋へと向かった。
武器屋への道中、フローリアは不意に口を開いた。
「ソロさん、鉈以外も使えるんですね?」
「ん、ああ。まあな。…‥人相手だと、あんなもん気軽に振り回せやしないからな」
「うふふ、確かに。……え、そんなに絡まれるんですか?」
「まあな」
笑った後、気づいたように聞くフローリアに、俺は短く返した。
町中では、徒手空拳が便利なことも少なくない。冒険者ギルドの依頼は、必ずしも町の外でやるわけでもないのだ。
ダラダラと話していると、武器屋にたどり着いた。見慣れた暖簾をくぐると、筋肉質な禿頭がいつも通り出迎えてくれる。
「おー、来たな。今日も一緒たぁ、仲いいじゃねえか」
「そうなんですよ! なのにパーティ組んでくれないんです、ぐすん」
「なに、そいつは可哀想だ。アンちゃん他にパーティ組んでないんだろ? さっさと腹括れよ」
「うるせえ」
親父とのじゃれ合いでやいのやいのと騒ぐフローリアを押しのけ、カウンターに立った。
「……で、出来てるか?」
「おうよ。軽い調整と、コーティングだけだからな」
そう言って親父は、俺が昨日預けた二振りの鉈を、カウンターの上に取り出した。
一振りは研いでから上から金属をコーティングしたのか、フローリアのものよりもさらに溟く、冷たい金属光沢がある。研いだためだろうか、刀身は元々より薄く鋭くなっている。刀身と柄は魔力を帯びた素材でさらに固定されているのがわかる。
もう一振りは、柄を少し広げてそこに刃の継ぎ足しをしたのか、刀身が預ける前よりも随分と分厚くなっていた。
右手の破砕用、左手の切断用ということだろう。
親父の細かな気遣いに感謝しながら、鉈を腰ベルトの左右のホルダーにそれぞれ納めた。
「薄い方は他トドメを刺すのに使うといい。切断力は保証する。右手の方は堅いモンスターの甲殻なんかに役立つだろうよ。魔石すら打ち砕けるぜ」
自信満々な様子の親父の言葉に頷く。どうやら相当な自信作らしい。
「金額は? 高かっただろう」
特に、先の一振り。切断用のそれは、魔物の素材が明らかに利用されていた。素材費とその加工費がかかるはずだ。
「いや、……ま、いいか。お代と素材なら、ギルドの姉ちゃんに貰ってるよ」
「……ネイか?」
「おう」
俺の質問に、親父は頷いた。
クエストから帰った時に、彼女がどうやら気を回してくれたらしい。感謝しなくては。
「だから、お前から貰うとしたらいつもの調整用の金額だよ」
「……そうか」
親父の言葉に俺は頷いて、いつも通りの銀貨五枚を手渡した。
「よし、まいど。他に何かいるか?」
一瞬、ふと頭をよぎったのは過去のこと。怖い場面はなかったが、後衛を守ることを考えるなら、盾があってもいいかもしれない、……が。
「いや、いいよ」
「そうか? ま、そのうちまた買ってくれ」
防具を買うよりは、俺の鱗の方が硬いことの方が多い。
俺は親父の言葉に頷いて、フローリアを連れて店を後にした。
武器屋からギルドに向かう途中で、親父との俺の応対が引っ掛かっていた。何か、間違っていたのではないかと。
「……あいや待て、お前の分はよかったのか?」
「え、私の分ですか?」
「おう。剣は攻撃手段にもなるし、あれだけの威力があれば防御にも使える。──けど、不意打ちが来たら防げねえだろ」
兜や鎧は、攻撃を受けなければいいというものでもない。それに、矢の雨を降らせてくる敵に対抗する術がないというのも考えものだ。
「大丈夫ですよ。ソロさんが守ってくれます。……でしょう?」
フローリアはそう言って、ウインクをして見せた。
「ノーコメント」
「え、守ってくれるんですよね!? そういうことですよね!?」
「うるせえなノーコメントだっつってんだろ」
実際問題、必ずしも俺がその場に居合わせるとは限らない。それはさっき、図らずも証明されたことだ。例えばアイツらが、同じくらい強いモンスターだったら。俺が到着するよりも前に、フローリアは殺されていたのではないか。
「それに……えいっ」
フローリアはふと光剣を取り出して、魔力を込めた。ついにトチ狂ったか……いや元々か、なんて思った瞬間、光剣は真っ直ぐに直線に伸びるのではなく、短剣の剣先から放射状に伸びた。
「これで立派な盾の完成です」
「……なるほど」
確かにこれなら、敵の攻撃も防げるだろう。矢の雨だって防げるかもしれない。──が。
「次のクエストから帰ったら、やっぱりお前用に防具を用意しような」
「──はいっ」
俺の言葉に、フローリアは一瞬だけ驚いた様子だった。だが、すぐに顔を綻ばせて、元気よく笑顔で頷いた。
結局、俺が察知できない不意打ちには敵わないからな。そんなモンがあるのかは知らないが。