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第七話 また

「なぁーんで! わかんないかなあ!」


 ギルドの酒場、その一区画。

 そこで仕事を終えて交代した受付嬢──ネイが、叫びながら樽のジョッキを机にガンと強く打ち付けた。受付嬢の仕事が終わりオフになると、彼女はいつも口調が変わる。酒が入れば、その傾向はより顕著だった。黒髪にメガネの、真面目な委員長はどこに行くんだか。


 フローリアは明らかに荒れている受付嬢のその様子に明らかにオドオドとしている。自分がそういう席にいること自体には、そこまで慣れていないらしい。いやもしかしたら、こんなふうに荒れているところに遭遇するのが初めてなだけかもしれないが。


「ソロくん! 私ほんっとうに心配してるんだから!」

「ああ、すまないな」

「すまないのはこっちよ! いっつも助けてもらってるのに、私たちは何にもできてない!」


 ネイの、いつものように俺を相手にした愚痴大会が始まった。フローリアはそれを、オロオロと可愛らしく慌てふためきながら見ている。


「ソロくん来てから、初心者冒険者の生還率がどれだけ上がったことか! ちゃんと納品もされるようになったって、評価も上がってるのよ!」

「そうなんですか?」


 ネイの言葉に、フローリアはきょとんとした顔でこっちを見て、そして、納得したのかクスクス笑い出した。


「ソロさん、そうなんですね」

「ちげえよ……ただ、目につくだけだ」


 そう、目についてしまうのだ。

 人よりも目や耳、鼻がいい。俺は本当に、それだけのこと。

 目鼻耳の良さは、森で起こる喧騒を察知するのに役立つ。何かが起こっていることが、わかってしまうのだ。


「分かるのに助けに行かないのは、寝覚めがわりいだろ」


 フローリアは俺の言葉に、うんうんと頷いた。


「やっぱり、ソロさんはいい人です」

「そうなのよお。フローリアちゃん、わかってくれるぅ?」


 フローリアはそう言って俺に、何も知らない無垢な笑顔を見せた。天使のような笑顔だ。


「いい人じゃねえよ」


 どれだけ否定しても、わかってもらえないのだろう。けれど本当に、寝覚めが悪くなるからやるだけなのだ。寝覚めが悪くなるから、ついつい面倒を見てしまう。寝覚が悪くなるから、人命が犯される危機であれば助けに行ってしまう。

 それは、相手のためでもなんでもなく、


「俺のために、俺がやりたくて、やってんだ」


 そう、これは言い換えれば──ただのわがままで、贖罪なのだ。

 寝覚が悪くなると言うことを知っている。

 知ってしまった罪に対する贖いだ。


 しかし、そんなことを言うべくもない。だったら勘違いしてもらったままでいる方がいいだろう。

 …‥そう思うが、ネイのニヤニヤ面で見られるのは、正直言ってあまり気持ちのいいものではない。

 「うんうん」と、フローリアが訳知り顔で頷きながらこっちを見てくるのにもちょっとムカつく。


 ため息をついて、俺は樽のエールを煽った。

 フローリアもカシスのジュースをちびちびと飲みながら、ネイと俺の方をじっと見た。


「どうしたんだ?」

「いえ、ネイさんとソロさん、仲良さそうだなって」

「仲良いっていうか……飲み仲間、かなあ。私も他の冒険者とは飲む気になれないし、ソロくんも一人だし。……ああ、一人"だった"?」

「いや、今も一人だよ」


 俺はネイの言葉を否定した。その言葉に、きょとんとした顔でフローリアに尋ねた。


「パーティまだ組んでないの?」

「私はいつでも身を捧げる覚悟なんですけどぉ……」

「おいやめろ変な言い方すんな」

「……ふーん」


 ネイはフローリアの言葉に、神妙な表情でまた樽のジョッキをグイと飲み干した。

 そして、悪戯な表情を浮かべて、ポツリとつぶやく。


「いくじなし」

「へえ?」


 ネイの言葉になんとか対抗して見ようとはするものの、言い返せる言葉は浮かんでこなかった。


「甲斐性なしの方がいいかにゃー?」


 と、本格的に酔いはじめたのか、隣に座るフローリアに絡み始めた。腕にベタベタとくっつき、肩に頭を置く。自分より身長も年も下のガキに、この大人は何を甘えているんだ。


「んもう……酔いすぎですよ」


 フローリアはそう言いながら、ネイのことを起こそうとするも、ネイは遂に寝落ちした。


「おいおい……」


 流石にそろそろマズいか、と起こそうとすると、ネイはぶつぶつと何かを言い始めた。


「フローリアちゃんがソロくんのことわかってくれて、私本当に安心したのに……」

「酔っ払いの戯言なんて、無視だ無視」


 俺はネイを抱き上げて、ギルドのカウンターまで連れて行った。



 ネイが寝落ちたことで、会は自然とお開きになった。俺とフローリアが飲んでいたところに仕事を終えたネイが絡んできただけなのに、どうしてこうなったのやら。


 ギルドから少し離れた、ギルド斡旋の冒険者向けの宿に向けて、俺とフローリアは歩いていた。


「すまなかったな」

「え? パーティのことですか?」

「違えよ。…‥いやそれもちょっとは思ってるけど、そうじゃなくて」


 そこまで言って、一呼吸おいた。


「ネイのことだよ。俺とお前の帰還祝いだったのにな」

「あ、そんなことですか。いいんです、私は楽しかったですよ」


 フローリアはそう言って、健気に笑った。

 可愛らしい表情が、美しい金髪が、星あかりに照らされて、花のように風に揺れた。


「こっちこそ、ありがとうございます。……後から無理やり追いかけてきた私を、迎え入れてくれて」


 フローリアはまた、そう言って笑った。

 それは昨日のことか、今日のことか。

 ……昨日、あの森からまだ一日しか経ってないなんて、信じられなかった。


「こちらこそ、今日は助かったよ」


 フローリアの規格外の力を様々に見た。あの浮遊魔法に、光の剣、強化魔法に純粋魔法まで。どれを取っても凄まじいと表現できるものだった。

 パーティから追放されたと言っていたが、彼女なら、またいい出会いがあるに違いない。


 そんな風に話しているうちに、町の中のY字路にたどり着いた。


「私こっちです」

「俺はこっちだ」

「じゃあ、ここでお別れですね」

「そうだな」


 二人で、別々の宿に向かう。また今日が終わると思った刹那、


「────あの!」


 別々の道に一歩目を踏み出そうしたところで、フローリアは俺に対して声を出した。

 酒のせいではないだろう、顔を真っ赤にして、木々と小麦畑、そして満点の星空を背景に、彼女はこっちを見ていた。

 心なしか、大粒の涙を目に浮かべて、泣きそうな様子で俺を見ている。

 真っ直ぐに、ただ真っ直ぐに俺を見る姿に、俺は彼女に向き直った。


 Y字路。真ん中の小麦畑を挟んで、互いに顔を見合わせる。


「……また!」


 大きく張り上げる彼女の声を、俺はただ黙って。

静かに聞いていた。


「また、冒険に連れて行ってくれますか」


 その言葉に、俺は微笑ましい気持ちで、込み上げてくるものを抑えて見つめ返した。


「俺は"食人のソロ"だぜ。一人で行くのが合ってる」


 そう返して、少女は涙をボロボロこぼし始めた。

 ──その姿に、ああしくじったと思いながら、俺はさらに言葉を続けた。


「……だが。」


 俺の続く言葉に、フローリアは肩を震わせる。


「また、機会があれば行ってやるよ」


 その言葉に、フローリアはキョトンとした顔を少しだけした。そしてすぐに、パァッと、花のように嬉しそうな顔を見せた。



「はい! 必ず!」

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