第五話 襲撃と換金
ゴブリンと違って、オークはその体の強さと体組織から、素材としての価値は高い。
骨は武器に、皮は防具に、肉は食料に。脂身の部分も、油としてさまざまな使い方ができる。
ヴァルトの町を有する、レーヴァニア王国では銀等級と区分されるような魔物で、そう評されるだけあってかなり強い魔物だ。
今回は奇襲ということもあって上手くいったが、次がどうなるかなんてわからない。──正直、正面から攻撃を受け止めたくはない。まあ、戦闘となれば負ける気はしないが。
「うへえ……本当に全部持って帰るんですか?」
「おう。先に帰っててもいいぞ」
「いやいや! さすがに手伝いますっ!」
本当なら、後で狩人や運び屋にでも回収してもらうのが手っ取り早い。
だが、それでも下処理は済ませておかなければならないし、盗難のリスクは尽きない。
自分で持って帰れるなら、それに越したことはないのだ。──本当なら、荷馬車でも持ってくるべきだったとは思う。
まあとはいえ、三体くらいならそのまま担いで運べる。残り二匹も血抜きだけはするが、討伐の証拠となる部位だけ持っていくことになるだろう。
こういう時に、運搬役を雇っているパーティや回収役が取りに来てくれる冒険者、あとは収納の魔道具なんかを持っている冒険者が羨ましくなる。けど、そんなことを言ってもしょうがない。回収役には、俺がかける金をケチっているだけだし。
オークの運び方をあれこれ考えていると、少し緊張した様子のフローリアが横目に映った。
「オークの血抜きは?」
「は、初めてです」
「そうか。割とキツいから、無理しなくていいぞ」
俺が話しかけると、急に声をかけられて驚いたのか、ピギャっと変な声を出した後に答えてくれた。
この先は若い女の子には結構堪える光景だろう。警告したが、フローリアはどうやらちゃんと見続けるつもりらしい。
冒険者としての心構えはよくできているらしい。
そう思いながら、首の血管が切れていない個体は首の血管を切り、足を上にして木に吊し上げ、血抜きを始めた。
血抜きを済ませ、三体を選んで担ぎ上げようとすると、フローリアが魔術を唱え始めた。瞬間、ふわりとオーク五体の死体が宙空に浮かび上がる。
「おお……便利だな」
「こっちの方が安全ですよねっ」
「まあ……だが、魔力は平気か?」
「このまま冒険者ギルドに戻るくらいなら行けますよっ! ソロさんもついてくださってますし」
「……そうだな」
つくづく、魔力量といい魔術の威力といい、結構な規格外だ。魔術師の代わりにもなるだろうに、なんでコイツが追放されたんだろうか。幼馴染でパーティを組んだともなれば、人間性の問題もなかっただろうに。
…‥考えないようにしておこう。パーティにはパーティの問題が、個人には個人の問題があったに違いない。
それを横から勝手に推測して、あれこれと考えるのは余計なことだし、失礼だ。
二人で並んで、ダラダラと喋りながら冒険者ギルドに向けて歩き出した。
分かっていたことだが、血の臭いはモンスターを誘き寄せる。幸い、種族柄俺は鼻や耳が効く。そのおかげで、血で魔物の臭いが多少紛れたとしても、隠れて迫り来る敵は察知できた。
真正面から向かってくるジャガーの口内に鉈を突っ込んで、そのまま投げつけるようにしてジャガーの全身を叩き折った。
フローリアがそれを浮かせ、首の動脈を切って血抜きしつつ移動を再開する。
血抜きし切れば多少は臭いもマシになるだろうが、もうさっさと移動してしまった方がいいだろう。
「こ、こんなに襲われるものですかねっ……?」
「いつもより多いような気はするが…‥こんなもんだろう。……強いていうなら、モンスターから見れば魔術を使ってるお前は、格好の獲物に見えるのかもな」
魔術を使っている間、魔術師は基本的に無防備になることが多い。魔術の発動や維持というのは普通であれば集中力を求められる行動で、魔術を使っている間は周囲のことは疎かになりやすいからだ。そんな魔術を二、三も同時に使用するのは、並大抵のことではない。
無防備な上に魔術も即時発動はされないとなれば、モンスターから見れば、いかにも殺しやすい相手だ。
「血の臭いでモンスターは寄ってくるだろうしな。けど、もはや森はあと少しだ。森を抜けて少し草原を行けばギルドだぞ」
「は、はいっ」
「魔力は?」
「へーきですっ」
森からギルドまでは歩いて行ける距離だ。
大量にモンスターを浮かせているフローリアには申し訳ないが、もう少し頑張ってもらおう。
「お帰りなさい、ソロくん。フローリアさんも、合流できたみたいでよかった」
結局、草原でもスライムをはじめとして、何体かのモンスターに襲撃された。全部返り討ちにはしたが、それで結構な荷物になってしまった。
ヴァルトの町に帰ると、受付嬢が出迎えてくれていた。俺が若い冒険者を助けた日なんかは、この人はいつも耳聡く迎えに来てくれる。
俺と、疲れた様子のフローリアに対して微笑みかけると、フローリアが浮かせる大量の一塊を見上げた。
「それにしても……」
フローリアは「えへへ……」と笑うと、流石に疲れたのか、ふにゃりとへたり込んだ。
「あっ」
その瞬間、声が漏れるよりも早く、魔物の死体は地面に落ちてきた。
降り注ぐ死体と血の雨。阿鼻叫喚の光景に、町の住民たちの軽い悲鳴が聞こえる。
「……馬車を手配しておくわ。二人は先に体を綺麗にして、後でギルドで合流にしましょう」
リスの魔物の死体を頭に乗っけたまま、降り注いだ血と油でドロドロになった受付嬢が、心なしかちょっとイラつきながらそう言った。
「これがモンスターの死体と、回収部位の支払い報酬。それで、こっちはギルドの取り分と死体の解体費。そっから、二人の宿代、食事代等、諸々の雑費を引いて…‥」
「おお……」
銭湯で体を洗った俺たちが冒険者ギルドに戻ると、そこには、急遽現れた大量のモンスター(の死体)を整理するための特別カウンターが、普段は冒険者たちが酒を飲んでいる一区画に設置された。
受付嬢が出した銀貨の山に、フローリアは目を輝かせている。俺もこんな銀貨の山は、ずいぶん久しぶりに見た。
「で、そこから町の清掃代をもらって……」
「あっ」
受付嬢の言葉に、フローリアは気づいたのか、言葉を漏らした。
まあ。やってしまったものはしょうがない。
普段冒険者たちが酒を飲んで吐瀉物やら何やらを撒き散らした後に取られるのは幾らでも見たことがあるが……こんな形で清掃代を取られることになるとは思わなかった。
「……ふう。それでも、こんなものね」
受付嬢は銀貨の山から必要経費や雑費を抜き、最後に俺たちの取り分として提示した。
結構な数のモンスターを倒して、しかもその死体を下処理した状態でそのまま持ち帰った。
武器や防具、道具に薬になるものも少なくない。
結果として、報酬はかなり凄いことになっていた。
「銀貨八十枚。二人で分けても四十枚だ」
普通に生きる分には、銀貨一枚で一日分、それなりにいい暮らしができる。宿代と、三食に酒もつけられるのだ。銀貨二枚であれば、三食と寝る場所をちょっと豪華にして、毎日銭湯だって行けてしまう。
「そんなっ。折半なんて畏れ多いです! 私は運んだだけですし」
「いや、フローリアがいなければこれだけの分は稼げなかった。これは正当な報酬だよ。」
オーク一体、討伐だけでは銀貨一枚には満たない。討伐証明部位を持ち帰って、おおよそ銅貨五枚程度だ。全身持ち帰って、ようやく銀貨一枚相当の値がつく。
今回倒したモンスターの多くは、全身で銅貨五枚から八枚くらいが相場だろうが、フローリアがいなければ半分も貰えたか怪しい。……そもそもこんなに襲われることもなかったろうが。
「そ、それなら、まあ……」
フローリアは少しニヤけながら、オズオズと受け取った。ホクホク顔だ。
「さて、銀貨四十枚か。……二十日分だな」
「えっ、そんなもんですかっ」
俺の言葉に、フローリアは驚いた様子だ。二日かけて、死ぬ思いまでして、今後のことを考えたら二十日分。
鉈の整備は研師に頼まないと行けないし、防具の新調も必要だ。
「なんだか、世知辛いですね……」
しょんぼりと、フローリアが口から漏らした言葉に、俺は頷くしかできなかった。
※解説
銀貨一枚は1000円程度。銅貨一枚は100円程度で、五枚で500円相当。
ソロは20日分と言ったが、かなりいい暮らしと経費の問題。宿代+三食で1000円換算だが、宿代は100円、朝100円昼300円夜500円の計算。実際のところ、物価が安いので食事代は一食100円から200円でもそれなりにおいしくいただける。
普通の冒険者はそこまで食事は重視せず、干し肉や自分で狩ってきたモンスターの肉で過ごすことも少ない。結果的に500円あれば一日過ごすのに、実はそれほど苦労はしないどころか、お釣りが来る。