第四十七話 地下水道4
報せを受け、フローリアとアマネを連れて鎧屋に向かうと、鎧屋はすごくいい笑顔で出迎えてくれた。
「待ってたぜ! 依頼の品は完成した! 見ていってくれ!」
「これが──」
「ああ。お前の胸当てを元に、ゴブリンキングの錫杖で作られた胸当て! それに、バトルドレスだ」
鎧屋が見せてくれたのは、鈍い色で金色とは言いきれない、さりとて金色じゃないとも言いきれないくらいの胸当てだった。
一番近い色合いは黄土色だろうか。
触れると、何か吸引されるような力が働いている気がする。
俺には対して影響はなさそうだが、さて──。
「アマネ」
「え、なに?」
「いいから」
俺はアマネをちょいちょいと呼んで、胸当てに触らせる。
すると、アマネはすごい顔色になって胸当てから飛び退いた。
「な、何よこれッ! アンタ、これ着るのッ!?」
「ああ、俺は使えるな」
「……そっか、アンタ魔力が無いんだったわね……でも、本当に?」
「おう」
アマネの反応を見るに、やはり魔力を吸収する働きがあるようだ。左手は出ているから、そこを通して、俺が魔術を発動する分には使えるだろう。
俺の体を狙った不意の魔術攻撃は、これで無効化できるはずだ。
「……でもこれ、リアの強化が効かなくなっちゃうんじゃ?」
「──いえ、そうでもなさそうです」
「おお……」
奥から、胸当てより少し明るい色のバトルドレスを身に纏って出てきたフローリアを見て、思わず感嘆の声が漏れた。
フローリアの金髪に、似たような色の服が組み合わさって一体感が生まれている。鎧は金色になりきらないからこそ、かえってその金髪が映えるというものだった。
一度溶かされ、刺繍のように編み込まれた金属が、かなりの防御力を保証してくれるだろう。これで、ますます俺を通り抜けたフローリアへの攻撃に怯える必要がなくなった。
「というと?」
「このバトルドレスを通した魔術なら、無効化されることはなさそうです」
「おう。仕組みとしては杖と一緒だぜ。そもそもその金属が持っていた魔力を吸収する性質に、金属を通して魔術を強化する性質。魔術が杖を通して増幅されるのは──……」
なげえ。
俺が呆れて、適当に店内を眺めていると、ふんふんと頷いているアマネが目についた。本当にわかってんのかよこいつ。いやまあ、"魔女"だし、わかってるんだろうけど。
そんなこと考えていると、隣にいたフローリアがちょんちょんと俺をつついた。
「あの、ソロさん。鎧屋さんが何言ってるかわかりました?」
「いや、全然。……まあ、熱意は感じたよ」
そもそも、アマネや他の人からの聞き齧りの知識はあるが、魔術はてんで専門外だ。この間までは全くと言っていいほど使えなかったし。
「気にしなくていいわよ。リアの強化だけ受けられるなら、まあ良いことなんじゃない?」
「ですねっ」
アマネの言葉に、フローリアはうんうんと頷いた。
「……じゃ、このまま行く?」
「そうするか。世話になったな」
「ん? おお! 行くのか! 後で感想聞かせてくれ!」
アマネの提案に頷き、あれこれと色々と語る鎧屋に挨拶する。鎧屋はこっちを向き、もはや独り言となっていた解説をやめて返してくれた。
「行くんですかっ」
「行くぞ」
「行くわよッ」
店を出て、フローリアの言葉に俺とアマネは頷いた。
もしかしたら、今日で地下水道ともお別れかもしれない。
そう考えると、ちょっと名残惜しいような……と思ったが、考えてみれば良い思い出なんてほとんどなかった。あんまり恩恵にも預かってないし。さっさと潰れちまえあんなモノ。
俺たちは地下水道に挑むのに荷物をまとめ、再集合した。
「あれ? ソロ、買ったの?」
「おう。まああって困るもんでもないし、便利だろ」
「……まあ、ね」
アマネは俺の言葉に、渋々と言った様子だが頷いた。なんで渋々なんだよ。
何より、持ち合わせていた大量の貨幣を鞄の中に入れられるというのが大きい。宿にあの麻袋を置いていくのは正直なところ勇気がいるし、かと言って持ち歩くわけにもいかなかった。安心感が全然違うというものだ。
「スライムゼリーとかも入れられるしな」
「な、何に使うのよッ」
俺の言葉に、アマネはフシャーと怒る猫のように反論した。色々使い道はあるんだけどなぁ。
そんな俺たちの様子に、フローリアはクスクスと笑う。
「早く行きましょう?」
「おう、そうだな」
それでも、待ちきれないのだろう。ちょっと早足に先に進んで、振り返って待ちながら、フローリアは俺たちにそう言った。
──そうして俺たちは、地下水道に降り立った。探索は順調に進み、地下水道の四つの入り口から最も遠い場所、即ち地下水道の地下二階フロア、その中心に到達した。
今更だが、地下水道は王都全域をカバーしているわけではない。それどころか、王都の下町はカバーされていない部分の方が多い。
俺たちが滞在している宿だって、上下水道は通っていない。それじゃあ地下水道がカバーしているのはどこかというと、その答えは貴族街だ。
地下水道のおかげで、貴族街の美しさは保たれているわけだ。入ったことないから知らないが。
──地下水道の中心。この真上は、貴族街そのものの中心の直下ということになる。
つまり、この国の王が貴族や平民、人間に獣人と言った、国民の全てを睥睨するこの国で最も高い建物。即ち、王宮尖塔。
地下水道の一階フロアを埋めた時にも感じたが、王宮尖塔にあたる部分だけは地上の建物と繋がっている。
「アマネ。この場所の地上って……」
「王宮尖塔ね」
俺の確認に、アマネは肯定した。
普通、王都の冒険者たちは、用もなければこんな場所には来ない。深く潜れば潜るほどモンスターは脅威になるし、依頼に出るような狩りをするだけなら上層で事足りる。だから、知られていなかったのだろう。
貴族街の中で唯一、王宮尖塔だけは地下水道と繋がっている。
「地下水道って……」
「王宮の緊急の避難路も兼ねているのかもね」
「……まあ、この国だしな」
反乱や戦争の絶えない国だ。常にそういうリスクと戦ってきたのだろう。
「で、俺の見立てだとリッチーはこの中だと思うんだが」
「同意よ」
「殺して大丈夫だと思うか?」
「……あー……」
「? 倒さないんですかっ?」
俺とアマネの会話に、フローリアは首を傾けた。
王宮尖塔と地下水道の繋がっている箇所、そこにモンスターが居座っている。
それが最初から確認できているとしたら、しかもそれがリッチーだったなら、大規模な討伐部隊が組まれるようなところだ。
そうではなく、あえて水道調査、その延長線上でのリッチーと遭遇し、討伐しろという依頼。
……面倒ごとの臭いしかしない。
「ま、いいや。なんとかしよう」
「なんとかって……なんとかなるんです?」
「冒険者ギルドと王国は、相互内政不干渉だ」
もちろんそれは、表向きだけの話。
実際のところは、"魔女"は国王の承認なしでは国外に出れないし、相互に制約は少なくない。
けれど今回に限っては知ったことではない。言いながら、俺はその扉を開けた。
「──よく来たな、冒険者よ」
中で待っていたのは、それなりに高価そうな服を纏った白髪の女だった。だがその服は布切れと形容するのに相応しい程度の防御力しかないように見える。
それに、見るからに怪しい、呪いのアイテムじゃないかと疑ってしまうような黄金の首輪や腕輪、指輪と言った道具の数々を身に纏った、妖艶な女。
おそらく中身は全く違うのだろうが、外見だけならアマネを極端にした感じ。
そんな女が、入り口に向いた玉座に座って、俺たちを睥睨していた。
「あれが……リッチー……?」
フローリアはいつでも障壁を発動できるように構えながらも、そんな気の抜けた様子を見せた。
確かに、伝え聞くようなリッチーと言うには、あまりに生気を宿している。
「リッチーねえ……まあ、そうといえばそうなんでしょうけど」
玉座から立ち上がると同時に、ふわあ、と欠伸をする。そのまま自然な動作で、リッチーは指先をこちらに向けた。──瞬間。
フローリアが障壁を張るより早く、紫電が指先から迸る。──それを防いだのは、当代の"魔女"だった。




