第四十六話 決意
俺たちは孤児院を後にして、予め調べておいた大通りの店の一つに入った。
下町の中では高級店。だがまあ、そうはいっても下町の店であり、冒険者や行商人も入りやすい。
フローリアはこういう店に慣れていないのだろう、少しだけ落ち着かない様子で、そわそわと周囲を気にしている。
「金等級になるんだろ? 慣れとけよ」
「うぐっ……」
俺の少しだけ意地悪な言葉に、フローリアは顔を顰めた。そんな様子が面白くて、少しだけ笑ってしまう。ちょっとだけ緊張もほぐれたところで、とりあえずオーダーをすることにした。
店員を呼んで適当に酒の瓶を二つと、おつまみの適当な盛り合わせをチョイス。俺は肉、フローリアはそこに小麦を使ったメインを軽く注文。店員が行ったのを確認して、フローリアに向き直った。
「……それで、今日はどうしたんですか?」
「ああ──前に、金等級について話した時から色々あっただろ? あれ以降、二人で落ち着いて話せるタイミングもなかったし、ゆっくり話したくてな」
俺の言葉に、フローリアはぱちぱちと瞬きした。
「……気が変わったんですか?」
「分からん。正直、分不相応だとはいまでも思ってる」
その言葉に、フローリアはため息をついた。
俺がその動作に不審に思っていると、フローリアは不敵な笑みを浮かべた。
「分不相応だとか……どうでもいいですよっ」
「え?」
「私は、ソロさんは金等級が無理だなんて思いません。それに、ソロさんに力が足りないなら私が補えばいいんですっ」
……なるほど。
「言うようになったな」
「えへへ、それほどでも」
「褒めてない」
牙を剥き、獰猛にグルル、と笑いかける。
なぜか照れ出したフローリアを制して、その目を見つめる。
「フローリア。まだお前は銅等級だぞ。……俺はまだお前を守る対象だと思っている」
「──」
俺を見つめるフローリアの目が細まった。
視線が互いに交差するようで、別々の方を向いているようにも感じる。
ああ──本当に偶然だけど、今日、こうして時間が作れてよかった。
俺とフローリアの間に、少しピリついた空気が流れる。それを割いたのは、ゴロゴロとカートの車輪が進む音だった。
パッと、フローリアは俺から視線を放して、カードの方を向いた。
「ありがとうございますっ」
店員が青いガラスのコップをテーブルの上に置き、そこに酒がトプトプと音を立ててゆっくりと注がれる。
透明な青い一枚を隔てた向こうに蓄えられた、薄い黄金色。白い光が反射するようで、その輝きは俺の目を奪う。
「美味しそうですねっ」
「ああ、そうだな」
異世界から来た勇者によって、齎された知識は少なくない。そのうちの一つが、目の前にあるシャンパンと呼ばれる酒だった。
白葡萄から作られた葡萄酒の泡は、むしろ良いものだという風に勇者が提唱したのが、シャンパンが好んで飲まれるようになったきっかけらしい。
実際、その味はとてもよいものだ。繊細ながら酒の中のくどさを感じさせない味わいは、元々葡萄酒を楽しむ文化がある人間よりも、葡萄酒を飲む文化のない獣人たちに好まれる。
子供や若者が飲む、初めての酒にもピッタリだろう。
フローリアも、皿からツマミを取りながら、シャンパンに舌鼓を打っている。どうやら相当にお気に召したらしい。
これから東に向かう中で、これが飲めなくなってしまうと言うのは残念でならないが。
そうして酒とツマミが進む中で、フローリアは再び俺を見据えた。彼女に酔っている様子はない。俺もまだ全然序の口だ。
「──じゃあ、私じゃやっぱり、力不足ですか?」
「何言ってるんだ。そういう意味じゃない」
「でも……ソロさんは、私を守る対象としてずっと扱ってくれますよね。嬉しいですけど、私がなりたいのはそうじゃないです」
さすがは、めげない女。めげない曲げないへこたれない。これじゃあ、花というよりは雑草だ。
「私は……金等級を目指します。けれど別に、金等級になれればいいなんて思ってません。金等級になって、お姉ちゃんを探したいのはありますけど……それ以上に、私はソロさんが強いこと、すごいこと、色んな人にちゃんと知ってほしいです。それを、認めさせたいんです」
そんな風に思っていたのか。
……全然知らなかった。
ここで、俺は全然すごくない、なんて場所には今更戻るつもりもない。
それは、俺をすでに認めてくれている、色んな人たちに対して失礼だ。
「そのためにも……私はソロさんの足を引っ張っていたくないです。ソロさんにお守りをさせるなんてうんざりなんです」
──だが、分かってほしいのだ。
確かに俺はフローリアを守りたい。
けれどそれは、彼女が弱いからというわけではない。
「俺は確かに、お前を守る対象として見ている。けど別に、それはお前が弱いからそうしてるわけじゃない。というか、むしろ逆だ」
そうだ、逆なのだ。
弱いから守るのではない。
弱い人間は、切り捨てられてしまう世界だ。それを俺は否定できない。しょうがないことだと思う。
「俺は誰よりも、お前に救われている」
ヴァルトの町で、人々の俺に対する目が変わった。
孤児院に、顔を出すことができた。
なにより、そばにずっといてくれた。
彼女のおかげで、俺は人と、もう一度繋がりなおせたのだ。
「だから──これからも助けてほしいんだよ」
なんて──なんて身勝手な言い分だ。
けれど俺には、そんなことしか言えなかった。
救われたから。大切だから──だから守るのだ。
受けた恩義に報いるために。
そして、これからも助けてもらいたいと思うから。
俺の言葉に、フローリアは少しびっくりしたような顔をした。なんでもなくつまずいた時のように、少しだけ目を開いて、つまずいた原因の小石を見つめる。
「勝手な言い分に聞こえるか。……けど、パーティってそういうものだと思う。運命共同体。どちらか欠ければ、もう片方も死んでしまう。……だから俺は、お前が強かろうが強くなかろうが、お前を守る」
「そうですか。……じゃあ、私も貴方を守ります。だから──だから、頼ってくださいよ」
奇しくも、俺と彼女の意見は一致していたらしい。ただ、その出力の仕方がズレてたと言う話。
こうして話してしまえば、足並みを揃えて、進むことができたのだ。
「じゃあ、宣言ついでにわがままを言いますけど……私はやっぱり、貴方の強さを認めさせたい。まずは……貴方自身が強いと、その資格があると認めてください」
「ん? お、おう」
「だから……一緒に目指しませんか」
彼女はどうやら、諦めきれないらしい。
否違う。
彼女"も"どうやら、諦めきれないらしかった。
「私、思ったんです。……関係ないです、最初から目指してたかどうかとか、目指す資格があるかどうかとか」
ああ──その通りだ。
それは、イデアスにも言われたことだった。
「強さも評価も経歴も、後からついて回るもの……か」
それらは、成し遂げた後に成り立つもの。
逆に成さねば、それらはついて回らない。
全ては他人基準なのだ。……それを成す前から追い求めることの、なんと浅はかなことだろう。
ならば大事なのは、自分自身がどうしたいかだ。
そんなもの、とうに決まっている。
「──そうだな」
安穏と続く世界の景色は、うんざりするほど浅ましかった。
侮蔑の渾名にも反吐が出る。
銀で終われば、得られるのは、これをいつまでも続けられる平穏だろう。
銀等級──一番になれない、負け犬が見る景色がこんなもので終わるなら、安寧なんて願い下げだ。
なんともネガティブな動機だと、少しだけ苦笑いが出た。フローリアは怪訝な顔で俺を見る。
夢を見るなら、覚悟がいる。
罪の囁きは消えはしない。
それでも、目指すと決めたならば。
「目指してやろうじゃないか」
「──はいっ!」
俺の言葉にフローリアは、目をキラキラとさせて頷いた。
そんな話をした、翌日。
宿に、鎧屋から報せが届いた。




