第四十五話 デートwith僧侶2
「さて……行くか」
ドキドキとしながら、俺は宿の前でフローリアを待っていた。いつもとは違い少しだけ気取った、冒険者らしからぬ格好。これを竜人が着て、清潔感を覚えてもらえるのかは不明だが。
とはいえ、アマネに相談したら、ちょっと膨れっ面になりながらも見繕ってくれた。人間視点で見繕ってもらったものだから、たぶん間違いはないだろう。
「お待たせしましたっ」
待っていると、宿入り口の階段を降りて、フローリアが俺のそばにやってきた。少しだけ転びかけたもののすぐに体勢を整え、軽くトン、と着地する。それは、まるで天使が降り立ったかのようだった。
「今日は教会で教えた後、ご飯ですよねっ」
「ああ」
フローリアの言葉に、俺は頷いた。
俺が事前に誘うなんて珍しいから、そのおかげでフローリアもいつもより少しだけ良い格好をしてきてくれたのだろう。
正直、それだけでちょっと嬉しかった。
二人して、もう慣れたものとなってきた大通りを進む。
ここも随分通ったものだ。
おかげで、露店の店員も段々と顔見知りになってきた。
とはいえ、露店の顔ぶれは少し時間が経てば入れ替わってしまう。新しい店が入ったのを見るのは楽しいが、その反面、居なくなった店を思うとちょっと寂しい気もした。
だがそいつらも、少し経てばまたやってくる。
この入れ替わりは定期的なもので、材料や商品がなくなり次第、店を畳んで次の人に場所を明け渡す。その間に商品や材料を仕入れて、仕入れが終われば再び下町のどこかに露店を出す。
聞いた話だと、下町の商業組合に申請を出せば、わりとあっさり通るのだとか。さすがは商人の街と言うべきだろう。
「わっ、新しいお店ですよっ。見ていきましょう?」
「おう、そうだな。いいものが売ってるといいが」
露店には食事を出す店だけじゃなく、子供向けに射撃や輪投げといった遊びを提供する露店や、大人向けのアクセサリーや役立つ道具に装備、中にはマジックアイテムなんかを売り出す露店もある。
そうした露店は当たり外れも大きいが、冒険者として経験が長くなると、ある程度の目利きもできるようになるというものだ。
フローリアの寄って行った方を見ると、どうやら魔道具やアクセサリーのショップだった。
超高価だが、一度だけ致命傷を無効化する身代わりのお守り。
同じく高価なものの、冒険者必携、アマネも持っている、道具を物理法則を無視して収納できるバッグ。
さまざまな属性に強くなる指輪やピアスに、魔力を高めてくれる腕輪まである。
値段が値段なだけに、どれも気軽に買えるものではない。……だが、どれも効果に間違いはなさそうだ。
収納バッグだけ、容量がどれだけ入るのか分からないというのが怖いところだが。
「よし、これを買おう」
俺は身代わりのお守りを買った。現物のみで一つしか購入できないらしいが、その効果はよく知っている。
「わ、私はこっちでっ」
「まいどー」
適当な店番の返答に呆れながら、俺はフローリアが持っていた物の分まで金を払った。
「い、いいんですかっ!?」
「いいよ、もちろん」
──まあ、収納バッグの容量については、試してみるしかないのだ。
俺は店番から商品を受け取ると、店から少し離れた場所で、購入したお守りを袋から取り出した。ありがたいことに、首から下げられるようにネックレス状にしてくれている。
「リア、これをかけてくれ」
「え、いいんですかっ!?」
「ああ……というかフローリアのために買ったんだ。パーティ組むなら、一蓮托生だろ?」
俺の言葉に、少しだけフローリアはぽかんとしたあと、くすくすと笑い出した。何かおかしかっただろうかと思っていると、フローリアはとてもいい笑顔で俺が手渡したお守りを受け取り、首からかけた。
細い首に、銀のチェーンの先の白い宝玉が淡く光る。それしかなかったとはいえ、神官装束に上手く馴染んでくれるデザインで良かった。
「じゃあ、私はこれを差し上げますっ」
お返しに、と言ってフローリアは収納バッグを俺に渡してくれた。
「いいのか?」
「はいっ。……それに、ソロさんの方が上手く使えると思うのでっ」
正直、それはそうだと思った。
一人で切り抜けるのに、道具や知恵を駆使しなければどうにもならない瞬間は何度もあった。そして、そうした瞬間を俺は何度も経験している。
スライムゼリーはそうした道具のうちの一つだ。
アマネは嫌がっているが、魔力を通しやすく、弾力性と皮が弾けた時に爆発を発生させるスライムゼリーは、状況次第で幅広い使い道がある。
「じゃあ……貰うよ」
「交換こですねっ」
フローリアの微笑ましい言葉に頷いて、鞄を受け取った。どれだけ入るのか試したいところだが、そんなに収納するものも多くない。地下水道で狩りながら検証するしかあるまい。
その後、俺たちは孤児院に訪れた。
挨拶もほどほどに、俺が剣の振り方、フローリアが魔術の使いかたを子供たちに教えていると、院の中からお茶を淹れてくれたシスターが出てきた。
「休憩にしましょう? 子供達も、おやつがあるわ」
「わーい」
シスターに言われ、子供達はシスターの方にワラワラと集まっていった。
俺とフローリアはお茶だけもらって、それを遠巻きに眺めていた。
「筋が良い子はいたか?」
「純粋魔術の基礎の部分は、みんなある程度使えるようになりましたね。何人かは障壁魔術も使えそうですっ。回復魔術もシスターさんが教えてくれているみたいですよっ」
「お、そりゃいい。障壁魔術と回復魔術があれば、それだけで生存率は跳ね上がるからな」
何かあった時に防壁を張れるかどうか、そして回復できるかどうかは、まさしく雲泥の差だ。
冒険者以外にこうして魔術を教えるというのは珍しいが、こんなにも生きづらい世界だ。誰でも、覚えておいて損ということはない。
多少なりとも値は張るが、シスターの出資次第では各属性の魔術の教本でも買ってこようかと考えていると、お菓子に群がる子供達の波がひと段落ついたのか、シスターは子供達を見守りながらこっちにやってきた。
「今日はありがとうね」
「いえっ。これくらいどうってことないですっ」
「ソロくんも、ありがとう」
「これくらいなら幾らでも。クエストの実績にもなるしな」
シスターはそう言うが……俺だって、彼女には多少の恩義を感じてはいる。
本当に最後の一線を外れることはなかったのは、きっとこの人のおかげだ。
「ところでソロくん、あの子は元気?」
「あの子……アイツか」
「アイツ?」
「弟だよ」
「弟……弟!?」
フローリアの不思議そうな顔に答えてやると、フローリアは一瞬ぽかんとした後、目を見開いた。
「弟がいるんですか!?」
「おう。つっても、半分も血は繋がってるのか分からないけどな」
「というと……リザードマンじゃないんですか」
フローリアの言葉に頷いた。
物心ついた時から一緒にいた。本当にそれだけの関係性だ。俺よりも幼かったから弟なのだろうとは思う。
王都の浮浪者たちにも、人情は存在する。
物心つくまでは、全員で面倒を見るというのがスラムのルールだった。物心ついてからは、俺は弟と自分のために、命懸けで金を稼いだものだ。
幸い、戦争の後処理で子供でも仕事には困らなかった。給金はというと、その日を生きるので精一杯だったが。
懐かしく、そして思い出したくもない記憶だ。もうあの頃のスラムはなくなってしまったが、俺の面倒を見てくれていた奴らは元気だろうか。
「それで、弟さんは今は?」
「さあな……俺が冒険者になってそれっきりだからな。少なくとも昔の寝床には居なかったよ」
「……そんなもんなんですか?」
「ええ、まあ……仕方ないものねえ」
フローリアがシスターに確認するも、シスターは歯切れ悪く肯定した。
スラムの人間関係なんてそんなものだ。いつ隣人や家族がいなくなるか分からない。心配してもしょうがない。
それに──俺に彼を心配する資格はないのだから。




