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第四十四話 地下水道3

 翌日。俺たちは再び、地下水道に潜った。


「よし、今日はこんなもんか」

「戻るんですか? ……もう少し進んでもっ」

「いや、今日は撤退ね。戦闘のリスクもあるのに、鎧もなしに、リッチーに突撃するわけにはいかないでしょう?」

「それは……まあ……」


 地下水道は全二層。縦に浅い代わりに横に広い。

 今日はいつもの入り口から見て、地図上では二層目の半分ほどまで進めることができた。


 一番調子の良かった二日目でも、一層目の六割くらいだったことを考えると、進みは大きく進歩している。

 この調子なら、鎧を回収次第、すぐにでもリッチーの元に訪れることができるだろう。


「もー、そんな気負いすぎなくてもいいのよー?」

「で、でもっ」

「大丈夫よ。私もソロもいるわ」


 俺とアマネに諭され、少ししょんぼりした様子のフローリアを、アマネは揶揄うように慰めた。

 アマネの言葉に素直に従ったフローリアを見ると、結果的に、昨日は部屋から離れて正解だったらしい。


 どんな会話をしたのかは分からないが、それでもアマネがフローリアを助けてくれたのだろう。


「それにしても……昨日とは雲泥の差ね」

「ああ……そうだな」


 アマネの言葉に頷いた。

 彼女の言う通りだ。昨日やこの間の探索に比べると、全体的に問題点もなく、上手く進めている。

 若干フローリアが魔術を積極的に使おうと前に出過ぎてしまっている感はある。だが、アマネがその分フォローに回っていることもあり、上手く連携が取れていた。


 前衛職でもないから、前に出ると言っても俺が守れる範囲だ。

 俺も正直、フローリアが積極的に戦ってくれるのは、腕のことを考えるとありがたかった。

 俺の問題点だった意思疎通やナイフの鈍りも、吹っ切れたことで大きく改善した。


 迷わないのは良い。気楽に、戦闘に集中できる。それがどれだけ重要で、どれだけ貴重なことなのか、今回のことで思い知らされた。


 早めに引き上げようと引き返そうとした時、水たまりを踏んだような音が聞こえてきた。

 声をあげそうになるアマネの口を塞ぎ、フローリアにハンドサインで探索魔術を発動させる。


 どうやらいたらしい。フローリアはこちらを見て頷くと、ハンドサインで位置を伝えてくれた。二つ先の左を向いた位置。

 俺が単身で突撃する、と合図を出すと、俺が口を抑えていたアマネがコクコクと激しく頷いた。そういえば口を抑えっぱなしだった。


 ──が、それに異議を呈したのはフローリアだった。

 私が行く、と言い出した。

 確かにスライムは魔力の含まれた水が体組成の大部分を占めるモンスターだ。フローリアの純粋魔術でも効果を発揮するだろう。

 ──フローリアの魔術を使うと、たぶんスライムゼリーは生まれない。


 だがまあ、別に予算には困っていないのだ。冒険者が持っていてもそれなりに色々と使い道のあるものではあるが、アマネは袋に入れたがらないだろう。


 それに、フローリアは言い出したら聞かない部分がある。ならば任せてしまった方がいい。

 俺が頷くと、フローリアは満足そうに、されどどこか気負った様子で前に出た。

 俺も一応その周囲についていき、警戒は怠らない。


 そして──魔弾を構えたまま、二つ先の通りに勢いよく躍り出た。同時に左を向いて杖を目前に出し、純粋魔術の砲門を向けた。


 見たくないと抵抗するアマネを肩に抱えて、フローリアの背後に出る。

 同時に、発射──フローリアの純粋魔術は、スライムに向かって一直線に進むと、スライムを焼き尽くした。


「……最初からこれでよかったのか」


 無理にスライムを俺が倒す必要もなかった。

 ……やっぱりもう少し、人と相談したり、信じたりするべきかもしれない。


「さ、さすがやるわねッ!」

「人の肩の上で何言ってんだか」


 イキがるアマネにツッコみながら、俺はアマネをおろした。スライムを見ようともしなかったくせに。


「別にそんな珍しい魔物でもないのに、どうしてたんだよ」

「な、なんとかしてたのよッ」


 なんとかってなんだよ。

 呆れていると、フローリアはこっちを振り向いた。


「ど、どうでしたか?」

「お、おう。すごかったよ、助かった」


 まるで犬みたいにこちらを向いて褒めて褒めて、と言わんばかりのフローリア。

 少し困っていると、アマネは容赦なく「犬みたいね」と笑いながら言った。


 まあ、これくらいの敵ならばいいんだが。

 もう少し奥に進んで、フローリアが一撃で倒せないような相手が現れた時、どうなるだろうか。


 そんな嫌な予感が、俺には付き纏っていた。



「よし、確認した」


 俺が冒険者ギルドに依頼書と討伐証明部位を渡すと、ギルドの受付で無事に受理された。

 地下水道に潜る時には、調査クエストのついでにいくつかのモンスター討伐クエストも受注している。同時に幾つかのクエストを攻略できて効率的だ。


 特に、ブラックドッグは銀等級に区分されるモンスター。銀等級クエストを受けるのは、フローリアが金等級に上がるのにも不可欠だ。


 だが──ギルドでは、不躾な視線を幾つも感じた。普段から奇異な目では見られたが、一層顕著だ。

 おそらく、あの夜狩り。あいつが裏で糸を引いている。

 印象操作も甚だしいが、銀等級は固いくらいの実力者だ。このギルドでもそれなりに地位は高いだろう。


 ギルドから出ようとした時、入り口に二人の冒険者が立ち塞がった。

 俺の背後にも、囲むように冒険者が立ち上がる。

 ギルド職員は、こういう時は対応が分かれる。

 王都のギルド職員は基本的に干渉しない。王都の凶暴な冒険者たちが怖いのだろう、ほとんどの場合は見てみぬふりだ。


 さて、どうしようか──。

 油断はしないし、右腕も使えない状態だ。負ける可能性はあり得る。


「ほーんと、嫌になっちゃうわよね」


 そう言いながら、別の入り口から、アマネが入ってきた。


「……チッ」


 冒険者の情報網は優秀だ。他の冒険者たちも、俺がアマネとつるんでいるのは知っている。──フローリアを夜狩りが狙ったのはむしろ、アマネへの嫌がらせの側面もあったのだろう。


 だから、アマネだって別に冒険者たちに好かれているわけではない。むしろ冒険者たちは、機会があるなら潰したいとさえ思っているだろう。


 だが、この人数差でも、冒険者たちは引いた。

 まあ、魔術師といえば対多数戦闘では一番に名前が上がる役割だ。魔女なんて、敵うのかどうか定かではないから、余計にだろう。


 冒険者ギルドから出る直前、ドアを開けながらアマネはとんでもないことを言い出した。


「アンタも早く金等級に上がって、こんな奴ら見返しなさいよ」

「だが……」

「銀等級ってことは、今の情けないアイツらと一緒なのよ?」


 アマネの棘のある言葉が、冒険者を熱り立たせるのではないかと一瞬背後を見たが、冒険者たちは座ったままだ。

 まあ、戦力差であったり、さまざまなものを見抜けないと冒険者として生きていくのは難しい。


 ──とはいえ、ちょっと哀れだった。

 そんなコイツらと同じか。


「それはちょっと……嫌だな」


 思わず、言葉が口から溢れていた──。

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