第四話 vsオーク
二人でのんびり喋っているうちに、流石にフローリアも眠くなってきたらしい。俺に体を預けて、寝息を立て始めてしまった。フローリアの体温を感じながら耐えていると、やがて朝陽が昇ってきた。
それと同時に、先に寝ていた二人──弓使いと僧侶が目を覚ました。
「おはようございます」
「ん、ああ。飲むか?」
弓使いと僧侶、名前も知らない二人の少女の言葉に応えて、俺は淹れていたコーヒーを差し出した。
「あ、ありがとうございます」
受け取った弓使いは、ずず、と音を立てて口に含む。それを見ながら、僧侶はおずおずと口を開いた。目も合わせられないほど怖がっていた昨日に比べれば、ずいぶん関係性は改善したと言える。
一晩経って何もなかったから、信用してもらえたのかもしれない。
「あの、夜警……ありがとうございました」
「いや、いいんだ。俺の方が慣れてるしな」
若い冒険者に任せるというのも不安だったし、種族柄、俺の方が夜警は向いている。体力も大きく違うし、何よりソロで活動するうちに、夜通し起きていることは、もうずいぶん慣れてしまった。
パーティを組めるなら、交代制を取るのがいいのだろうが──まあ、必要は今のところあるまい。
「……二人が起きたら、私たちはこの森を出ます。お二人はどうなさるんですか?」
「俺はクエストがあるから、もうちょっとこの森にいるよ。こいつは……分からん」
そもそもクエストを受けているのかも知らない。
この感じだと、俺についていくとか言い出しかねない。でも、できるなら四人についてってあげてほしかった。
「え? お二人はパーティを組んでるんじゃ?」
「いや、違うよ。ギルドでちょっと知り合ったが、それだけの関係だ」
「へ、へえー……」
僧侶はキョトンとした顔で聞いてきたが、俺の返答に、弓使いは少し引いた様子だった。何かおかしいところがあるだろうか。……まあ、こんなにベッタリされたら、そんな勘違いもするよな。
「本当はついてってやりたいけど……お前達だけでいけるか?」
「うん、たぶん大丈夫」
俺の問いに、弓使いは頷きながら返した。
この感じであれば、もう心配はなさそうだ。
話していると、フローリアがおもむろにゆっくりと瞼を開き始めた。青色の大きな瞳が顕になる。
「あ、わっ! あわっ!? ごめんなさいごめんなさいっ!」
寝ぼけた様子でこちらを見て、自分の姿を把握したらしい。驚いた様子で離れると、ペコペコと頭を下げ出した。
「うぅ〜……私、どうにも距離感を間違えやすくてぇ……」
両手で顔を隠しながらそんなことを言う。けれど、出会った時からかなりグイグイ来ているのに、何を今更言うのだろう。もしかして自覚ないんだろうか。
「それで、フローリア。お前はこの後どうする? 二人は、男達が起きたら帰るって」
「へ、へえ。……四人で大丈夫ですか?」
「はい、おかげで怪我もほとんどないし」
フローリアは僧侶と弓使いに尋ねると、二人は頷きながら、弓使いが代表して返した。
「そっか。じゃあ、気をつけてね」
「フローリアは?」
「もちろんソロさんと一緒に行きますよっ!」
「……本当にパーティ組んでないの?」
弓使いは、怪訝な目でおれたちを見ながら、再びドン引きしていた。組んでねえ。
「ありがとうございましたー! このお礼は必ずさせていただきます!」
「気をつけてねー!」
男二人が起きて、若い冒険者四人は遂に出発した。この森の危険度はまあそれなりだが、とは言っても積極的に人間に襲ってくる魔物はそう多くない。四人のパーティとも慣れば尚更だ。
大きい声を出すことは、野生のモンスターとの遭遇を避けるためにはむしろよい手段だ。……もちろん、積極的に人間を襲うモンスターがいない、という前提の話ではある。けれど、ヴァイスの町にとって重要な産業であるこの森では、そんなモンスターはほとんど狩られている。
整備された森ゆえに、そんな危険はそうそう起こらないだろう。
「……上手く、やれますかね」
「さあな」
ポツリと、フローリアの言ったその言葉に、俺は無愛想に返すだけだった。
逃げた前衛、という烙印はパーティの中で──その信頼関係に大きく響く。槍使いはおそらく大丈夫だろう。けど、僧侶や弓使いが盾使いにどういう評価、判断を下すのかは、彼女たちのみが決めることだ。
「……それこそお前、ああいうパーティに入ればいいんじゃないか?」
あのパーティに足りないのは、高い攻撃力による殲滅力。フローリアの純粋魔術はゴブリンどころか肉体を持った多くのモンスターにも通用する。できるなら、俺だって近づきたくないくらいの威力だ。
「えへへ、私はいいんですよ。あーいう子達には、まだ早いですっ」
「おめーも十分子供だ」
確かに──フローリアの純粋魔術の威力といい、その割に回復魔法が使えないことといい、何かタネがあるのは明白だ。
それこそ、僧侶という肩書きは本当に正しいのだろうか。
魔術は、魔力のこもった特殊な言語や文字を通して発動する。回復魔術と他の魔術の違う部分は、回復魔術には特殊な言語が必要ということだ。そしてそれは、教会が教導権を握っている。
教会で教わっていないのかとも思うが、身に纏う僧衣は確実に教会のものだ。昨日の冒険者カードにも、僧侶という言葉は確実に刻まれていた。
不思議に思いながらしばらく歩くと──いた。
「アイツだ」
「アイツ──オークですか」
フローリアの言葉に、コクリと頷いた。
モンスターランクは銀等級。銀等級冒険者ならば一人で相手できるが、銅等級以下の冒険者には荷が重い。
そして、群れを形成することから、この森で最も強いモンスターの一種だ。
そんなオークが、目前には5体。
「『エンチャント・ファス』『エンチャント・パフ』」
「強化魔術か」
「私のこと、しっかりと売り込んでおかなきゃですから」
俺の問いに、今度はフローリアが頷いたあと、ウインクしながら答えた。
その返答のブレなさに苦笑いをしつつ、俺は屈伸をして──飛び出した。
なるほど──強力だ。
音もなく忍び寄り、一匹の頸に背後からナイフを突き刺した。硬い頸の骨を難なく切り裂けるのは、フローリアの強化魔術を受けた膂力の賜物だ。
倒れるオークを踏み台に、宙空に跳躍。
正面にいたオークの頭を、鉈でカチ割った。
「ふギィっ!?」
ここでようやく状況に気づいたらしい。他の驚くオークのうち、右側にいた手近なオークの頸動脈に向けて鉈を横一閃。
そのオークの、今にも体から落ちそうな顔を踏み台にしてバク転。最初のオークを挟んで反対側にいたもう一匹に対して、背後から持ち上げてバランスを崩したところに内側から足を絡ませて転ばせる。顔から倒れたオークの頭を掴んでもう一度地面に叩きつけた。
「ピギっ」
「ウおおオッ!」
泣き叫ぶオークは放っておき、ジリジリとこちらに向かってにじり寄っていた最後の一体に、全霊で突進する。オークは受け止めようとしたが、俺はさらに地面を蹴って加速して腹部に頭突きを決めた。
正面からの腹部への強い衝撃で膝をついたオークに、鉈で下顎から上に向けて切り裂く。
さっき転ばせたオークはよろよろと立ち上がるが、俺は鉈をオークに投げつけた。それは鈍重なオークの顔の左半分──いや、左目に突き刺さる。両手で左目を抑えるオークの脳天から、もう一本の鉈で強くその頭蓋を割り砕いた。
「……っと、こんなもんだな」
「──こんなにも、鮮やかに」
俺の戦闘に、フローリアは呆然としていた。息を飲みながらも、緩やかに拍手していた。
けれど、強化魔術を受けての戦闘は、何か──とても懐かしい気配がした。
明日からは朝7:50と夕18:10の二回更新です。よろしくお願いします!