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第三十二話 フローリアの呪い

「迷宮探索を手伝ってくれるのはありがたいけど……それはそれとして、俺の右腕はどうすればいいんだ?」


 まさかこのまま治らないんだろうか、と嫌な想像が脳裏を過る。


「解呪できる人が必要ね。今は無理やり症状の進行を止めている状態。魔術を解くと同時に、貴方の右腕の呪いを解けばなんとかなるわ」

「呪いって……呪われてるのか? 俺の右腕」

「呪われてるわ」

「呪われてるのか……」

「い、言わないでくださいよっ」

「こればっかりは言わなきゃどうにもならないでしょう」


 フローリアはなんとか秘密にしておきたかったのだろう。全部バラしそうな勢いのアマネに文句を訴えるが、それはあえなく却下された。


「そ、ソロさんっ」

「いや……流石に守れないかな」

「そ、そんなっ……」


 俺に助けを求めるも断られ、ショックを受けたフローリアは、クルクル回る椅子の上で膝を抱え始めてしまった。


 とはいえ、フローリアの純粋魔術には、そういう類の力が入っていた、ということだろう。

 純粋魔術は無加工の魔力を敵にぶつける攻撃だ。魔力自体は物理的な力は強くないから、物理的な肉体を持っている相手には効果は発揮しずらい。


 それが物理的な干渉力を持つとしたら、なんらかの属性が魔力それ自体に乗っているか、魔力量で押し切っているかのどちらかだ。


 フローリアの場合は前者。──彼女は魔力自体がそういう呪いを持っているということになる。

 回復魔術が使えないのもそういう理由だろう。

 純粋魔術で相手への呪いが発動するのだ。回復しようとしても、相手を呪い殺す、なんてことになりかねない。


「それで、解呪できる人って……」

「私が知る限り、一人しかいないわね」

「……そんなに強力な呪いなのか?」


 俺の問いに、フローリアはこくりと頷いた。


「これはどっちかと言うと、モンスターより人間に対して効果のある呪いよ」

「あー……」


 フローリアのこれまでのモンスターに対する攻撃ではそこまでの効果を感じてはいなかった。けれど、アマネの説明を受けて俺は納得した部分もあった。


 モンスターも生物である以上、人間に対する攻撃は大抵の場合モンスターにも効くし、逆も然りだ。

 だが、モンスターと人間には、術と種族によって効きやすさや効きづらさが存在する。


 例えば人間や普通の動物は、アンデッド系をはじめとしたモンスターに効果的な純粋魔術は効果が薄い。


 ゴーストなど霊体のモンスターは、エネルギーをそのままぶつければ、エネルギーのみで動いている状態の霊体が対消滅を起こす。


 だが──フローリアは純粋魔術を使う時、人間や物理的な肉体に効果的なエネルギーを放っているのではないか。もちろんそれだけなわけはない。二種類のエネルギーが混ざっているというのが正しい解釈だろう。


 本来であれば混ぜ合わせれば対消滅を起こす二つの属性。モンスターを殺すエネルギーと、人間を殺すエネルギー。

 それをどちらも両立させられるのが、フローリアの特別性の正体なのだろう。


 ──ならばそれは、俺に対する効果は普通とは違ったものになってもおかしくない。


「だが……」

「なに?」

「……いや、なんでもない」


 けれどそれを、二人に言い出すことは出来なかった。だってそれは、俺の忌むべき出自を明らかにすることなのだから。


 "食人"なんて比較にならないくらいの秘密。俺が存在すること、そのものの罪を明らかにすることだ。

 二人に対してそれを言い出す勇気が、俺にはまだなかった。


 さっきフローリアの魔術を受け止めた時もそうだ。二人に離れてほしくないという思いが、俺を弱くしているのだ。


 けれど同時に、フローリアが隠したがっていた理由も頷けた。フローリアはモンスターの扱う力を使う素質がある、ということなのだから。それは食人同様、この世界でも忌まれる要因の一つだ。

 ──もしかしたら俺と同じなのかもしれないと、妙な親近感を覚えてしまった。


「フローリア、それは……権能なのか?」

「は、はいっ」


 俯いていたフローリアが、俺の問いかけに頷いた。凄まじい才能だが確かに、回復も使えないのに、僧侶としか名乗れないのも頷けた。


「──リッチーだ」

「えっ?」


 俺の言葉に、フローリアは顔を上げた。

 アマネも俺の考えを見抜こうと、こちらに視線を合わせる。


「リッチーがいるなら……なんとかできるかもしれない」

「……確かに、リッチーレベルの魔術知識があるならいけるかもしれないけど……」


 アマネは俺の言葉を聞いて、考え始めた。

 リッチーは高位の魔術師の成れの果てだと言われている。それほどの魔術の知識があれば、解決もできる可能性もあるだろう。

 それに──おそらく、俺の回復をするためには、それしかない。


「アマネ。お前が言ってた解呪できる人って、"聖者"だろ?」

「そうよ。……ああ、確かに、リッチーの方がまだ可能性はあるかもね」


 俺の質問に、アマネはこちらの考えを見透かしたように頷いた。


「何か問題があるんですかっ?」

「教会は……人間至上主義なんだ」

「……あっ」


 長く一緒にいると忘れてしまうが、俺はリザードマン。教会の中でもトップの人間が俺に対して治療してくれるとは思えなかった。


 教会はこの国の差別の歴史において、常に差別の先鋒だった。レーヴァニアが戦時中、獣人達と表面的とは言え相互平等の立場をとった時も、教会とは大揉めしたと聞く。


 そんな組織のトップが、純粋ではないとはいえ、リザードマンの俺を治療するとは思えない。

 でも、フローリアが教会の人間至上主義を知らないというのも不思議な話だが。


「フローリア、お前は違うんだな?」

「そう、ですね……? 私の村はそもそも教会とかなかったですし、教会に行く文化や風習はなかったですっ」

「でも僧侶なんだよな?」

「はいっ! ちゃんと教えも受けました!」

「なるほど……」


 教会はないが、司祭、或いはそれに類する人がいたのだろう。そういう人たちに教わって僧侶と認められれば、冒険者カードにも僧侶として名は刻まれる。


 それに、教会も一枚岩ではない。世界には教会どころか、司祭による教えさえ存在しない派閥もあると聞く。フローリアはそういう場所の出身なんだろう。


 まあ、フローリアの話は別に今はいいだろう。


「結局、目的は一つにまとまったわね」

「ああ。……地下水道に入り、リッチーを捜索しよう」

「でも……本当にいるんでしょうか?」


 フローリアの質問に、俺とアマネは同時に頷いた。


「俺の見立てでは、確実にいる」

「同じく。そのつもりで準備するわよ」


 そうでなければ、変異でもしてなければ地下水道のブラックドッグ達の説明がつかない。

 リッチーは、おそらくブラックドッグを乗り越えた、その先にいるはずだ。

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