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第二十八話 ピチピチ白Tのソロ

「それで? アイツに言われて、どうしたんだ?」

「ああ……俺の胸当てと、この子の装備を新調して欲しいんだ」


 そう言って、俺の背後に隠れていたフローリアを無理やり前に立たせた。

 鎧屋は紹介状を改めて開き、その中身と俺たちを値踏みするように見つめて、頷いた。


「──よし、構わねえがアンタ、胸当て壊れてるな?」

「あ、ああ……」


 確かに、さっき謎の獅子男に射られて壊されたっきりだ。一応紐でなんとか応急処置はしているが、壊れているのは間違いない。


「ついでだ。ソイツを修繕してやる形で直してやるよ。そっちの嬢ちゃんの装備は何がお望みだ?」

「何が望みというか……これなんだ」


 俺は意外と真剣に接客してくれる鎧屋に少し感動しながら、袋から金属塊を取り出し、手渡した。

 イデアスから受け取った、ゴブリンキングの錫杖の頭。その特殊な合金を切り出したものだ。


「ふうん? 嫌な素材だね」

「嫌……ですか?」

「アンタ僧侶だろう、分かんねえのか」


 フローリアの問いかけに呆れたような表情をしながら、鎧屋は語り出した。


「コイツ、魔物由来の金属だろう。そういうモンはどうにも癖が出るし、臭いやら憎悪やらが乗ってるってんで、あんま歓迎されるモンじゃないんだよ」

「なるほど……?」

「とはいえ……手がかかる分、弄りがいのある素材ってのも違いない。コイツはいい素材だろう。憎悪と癖はゾクゾク伝わるが──面白い」


 語っているうちに、どうやら職人魂に火がついたらしい。


「コイツで二人分作ればいいんだな? お前のは胸当ての改造、僧侶には織り込む形で鎧じゃないが、バトルドレスでも作ってやる」

「よし、頼む」

「で、値段だが……」


 鎧屋は少し唸ると、算盤で計算を始める。やがてまとまったのか、値段の書かれた紙を俺に見せた。

 書かれている金額は銀貨二百枚。七百五十枚を得ているとはいえ、簡単に払える額ではない。


「こんくらいでどうだ」


 さも当然のように、にっこり笑顔で聞いてきやがった。


「たっけえ。原材料抜きでこれか?」

「当然。僧侶のドレスに使う分と制作費だけだよ」

「なるほど……」


 だが、わざわざ武器屋がおすすめするほどの鎧屋だ。そうとう腕がいいのは間違いない。

 悩んでいると、フローリアが手を挙げた。


「私、出しますよっ」

「は、え?」


 言うが早いか、フローリアは銀貨の袋をカウンターの上に置いた。鈍重な音に紛れて、ジャラジャラと貨幣同士が擦れる音がする。


「いや、いいよ」

「私の分も入ってるでしょう?」

「だが俺の分の装備もあるし……」


 大金をカウンターに乗っけたまま、どちらが払うかで揉めている姿を見て、鎧屋は少し引いていた。


「払えるならそれぞれ払えよ……」


 呆れたように言う鎧屋の一言で、支払い方法は決定した。



「さて、胸当てを貰おうか」

「え……俺、これ脱いだら裸なんだが」

「いいだろ、鱗だし」

「よくねえ! 一応人間だ!」


 全身鱗のリザードマンの姿は、確かに人間なのか疑わしいけれども。


「あの……一応迷宮調査もあるので、何か防具などお借りできれば……」

「迷宮? あー、地下水道調査か。……じゃ、コイツ着てけ。戯れに作ったやつだし、いいよ」


 フローリアの助け舟に納得した鎧屋は、そう言って白い布を俺に投げてきた。

 それを受け取り、広げてみると──。


「……Tシャツ?」

「おう。魔術防御効果もある」

「無駄に高性能」


 でも、流石にこれはなぁ……。見栄えの面で、ちょっと良くないと思う。

 助けて欲しいと、横にいるフローリアをチラリとみると、フローリアは顎に手を当てて考えている様子だった。


「白T……でも魔術防御が強力なら、アリなのかなぁ。見た目は確かにちょっとアレだけど、性能がいいなら……」


 俺に味方はいないのか。


「ちなみに普通の胸当てはないぞ」

「なんでだよ」


 らっはっは、と快活に笑う鎧屋に、俺は頭を抱えた。


「まあいいじゃねえか。王都でも一番の腕前と評判の防具屋が、無料で服まで貸してやるんだから。買ってもらうモンには劣るが、性能は保証するぜ」

「う……まあ……」


 そこまで言われたら、確かに我慢するべきな気もしてきた。そもそも他に選択肢はなさそうだ。鎧屋に丸め込まれた気もしないでもないが、しょうがない。


「よし、決まったな。そんじゃ、採寸するぜえー」


 そう言うと、鎧屋はフローリアを部屋の奥に連れ込んだ。



 採寸を終えた俺は、採寸を終えてから何故かぐったりした様子のフローリアを連れて、鎧屋をあとにした。

 ここから製作に取り掛かって、できるのは早くても一週間後だという。


 予備として鎧を買っておくべきか、なんて考えていると、フローリアは口を開いた。


「ソロさんっ。とりあえずギルド行きませんかっ」

「え、この格好で?」

「結局王都ではその格好でダンジョン入るんですよねっ?」

「一応、上からジャケットぐらいは着るつもりだけど?」


 それなりに荷物のが入ったカバンをここで漁るわけにもいかないので、しばらくは白Tのままではある。

 けど、微妙にサイズが合っていない。オークと体格で張り合うくらいのサイズだ、合う服の方が珍しい。


 ピッチピチの白Tで出回るのは、流石にちょっと恥ずかしい。どこぞの武器屋は確かやっていたが、それでも彼にはエプロンがあったはずだ。


 それがないと言うことは、ピチッと張り付いたTシャツが剥き出しというわけで。


「……宿探させてくれ……」


 俺の必死の懇願に、哀れな気持ちにでもなったのか、ちょっと悲しそうな表情で頷いた。


「いやなんで悲しそうなんだ」

「新しい二つ名を広めるチャンスだったのに」

「やだよ」


 不名誉な二つ名すぎる。そんなもん一つでいい。


「"ピチピチ白T"のソロと、あとは"生モツ食い"のソロ、とかもありますよっ」


 どっちも事実なのが納得いかない。

 というかこの子、やっぱり俺のこと嫌いなんじゃないだろうか。



 さすがは行商の町というべきか、冒険者も泊まれるような宿もすぐに見つかった。

 部屋は一つでもいいと宣うフローリアを押しのけ、取った二部屋に荷物を置いて俺たちは再集合した。


 ピチピチ白Tの上から、それなりの防御になりそうな服を着ていくと、フローリアには「ちぇっ」と舌打ちされた。絶対ピチピチ白Tで外は出歩かねえ。


 冒険者ギルドに行く途中、何度か嫌な視線を感じた。フローリアは気づいていないのか気にしていないのか、どうにも暢気な様子だ。


「どうしましたっ、ソロさんっ?」

「ん……視線がな」


 この街に強固に蔓延る、リザードマンへの偏見だろうか。それとも、見知らぬ相手への見定めか。はたまた、人攫いがフローリアを狙っているのか。


 いずれにせよ、良いものではあるまい。

 リザードマンはそこまで多くないが、獣人はそれなりにこの街には存在する。

 その影響か、獣人のような立体機動に優れた住民向けの空中回廊も、誰が仕組んだのかこの街には発達していた。


 狭い路地も広い通りにも、ベランダや屋根、雨樋を獣人たちが跳ねるように伝っている。


「──ちょっと急ぐか」

「え、わっ」


 言うが早いか、俺はフローリアを抱き抱えると、脚にグッと力を入れて膝を曲げる。──そして、力強く、跳躍。

 上着をはためかせながら、冒険者ギルドに向かって、俺も彼ら同様に、空中回廊を跳び回った。



 上着がはためいて中のTシャツが見えてた上に、目立つ行為をしてしまったがために、結局俺の噂──というか陰口に「ピチピチ白T」が広まったのは、また別の話だ。

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