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第二十七話 聖盾のボガード

「──ラアッ!」

「俺が取るッ!」


 金等級冒険者"聖盾のボガード"が、フローリアの魔術強化を受け、オークの大振りの攻撃を防ぐ。

 彼の特徴である大楯と怪力は、銀等級とはいえレーヴァニアの魔物の中でもかなりの怪力で知られるオークの攻撃さえ、易々と受け止めてしまった。


 ボガードが作り出した隙に、俺は切断鉈で切り裂いた。

 頭と体の離れたオークが膝をつく。──その先に、獅子の肉体に人の上半身を持つ男の、遠景に弓を構える姿を認めることができたのは、本当に偶然だった。


「なんだ──あ!?」


 姿さえ朧げにしか見えない男の姿を視認する。同時に、俺に対して矢が向かっていたことに気がつく。


「っぶねえ!」


 直前に視認できたこともあり、俺は間一髪で矢を避けることができた。──だが、矢は俺の肩を掠める。

 鋼鉄でできているはずの胸当ての、そのまま続いている肩当てが飛び散った。獅子男の鉄矢が貫いたのだ。逆にその程度で済んだのは、幸運だった。


「なんだとッ!?」


 ボガードが俺を守るように、男の射線に入った。

 それを見て不利を悟ったのか、獣の肉体を持つ男は一目散に逃げていった。鋼鉄の肩当ては貫けても、聖盾は無理ならしい。


「なんだったんだ……」


 俺たちを襲撃したモンスターとグルなのか、そうでないのかはわからない。そもそもあのシルエットが魔物なのか、判断できない。

 けれど、今、相当ピンチだったのは間違いない。鋼鉄製の胸当てを貫くほどの剛矢に、それを放つ怪力と、寸分違わず俺を狙う技術。

 ──今の俺一人では、敵わないような強敵だ。


「お、終わったか……?」

「……ああ」


 馬車の裏から、おそるおそる出てきた御者に頷いた。

 ──ヴァルトの町から王都に向かう乗合馬車は、不幸にも魔物に襲撃を受けていた。

 だが、本当に不幸なのは襲撃した魔物の方かもしれない。


 周囲の安全を確認した後、俺とボガードを載せて、再び馬車は走り出した。

 馬車の中で、ボガードは口を開く。


「腕が立つな! 銀等級だったか!? お前なら金等級でもやっていける!」

「お、おう。ありがとう。……あんま説得力ねえけど」


 魔物が不幸だと言った理由は、俺のことを賞賛しながら、背中をバシバシと強く叩くこの男にある。

 ──聖盾のボガード。またの名を"パラディン"。

 金等級冒険者として名を馳せる、この国でも有数の実力者だ。安定感のある狩りは貴族達の間でも評判で、貴族達の彼への依頼はひっきりなしだと言う。


 体格では、オークに見劣りしない俺をも超える背丈。この国の神器と呼ばれる兵装の一つ、聖盾に認められるほどの盾の使い手。

 そして何より高潔な精神。その高潔さをもって、彼は冒険者ながらに騎士の位を拝受している。


 騎士の位と冒険者の位の、両方を高いレベルで収めているのは、この国にはそう多くない。

 世界に名を轟かせる"剣聖"や、この国で最強の魔術師である"魔女"も騎士爵と金等級冒険者の位を持ち合わせているという。つまり、この国でトップに類する層に匹敵するほどの実力者であると言える。


 そんな人物に賞賛を受けるのは、少し小っ恥ずかしい気がした。

 しかし、あの魔物の狙撃を受けてしまったのは事実だ。ボガードがカバーに入らなければ、敗北していた。鋼鉄製の胸当てを貫けるような剛矢は、流石に俺の鱗も耐えきれないだろう。


「アンタこそ流石だ、聖盾のボガード」

「はは、そう言われると照れるな」


 誇張も謙遜もしない。それが彼の高潔さの表れなのだろう。


「しかし、さっきの魔物はなんだったんだろうな。王都の近辺にあんな奴がいるなんて聞いたことないが」

「分からないが……逃げ出したなら、警戒しつつ進むだけだ」

「そうだな! 一応ギルドには連絡入れとくが」

「ソロさんの胸当てを貫くほどのモンスターですもんね……」


 ヴァルトの森で教わったらしい索敵の魔術と障壁魔術で御者を守りながら、フローリアは気がかりそうにそう言った。

 しかし、そんなフローリアの目の色は、前を向いて視界に入った景色で一変した。


「あっ! ソロさんっ! 見てくださいっ!」

「おお、着いたか」


 ヴァルトの町から、馬車で十時間ほど。

 それだけの時間をかけて、乗合馬車はようやくレーヴァニア王国王都に辿り着いた。



 ボガードと分かれた俺たちは、だだっ広い通りを歩いていた。背の低いリアが群衆に紛れてしまわないように注意しながら、俺は見知った道を進む。

 リアの方は、通りの両傍にずらりと並ぶ露天に興味が津々な様子だ。


 レーヴァニア王国王都──この街は別名、行商と騎士の街とも呼ばれる。

 聖銀騎士団、紫陽騎士団といった騎士団が管理するこの国は、金銭による貴族制度によっても成り立つ。


 土地をお金で買えるこの国で、安定した財務基盤を持つ地方の荘園領主は、多くがこの街で暮らす。

 下街は治安は良いとは言えないが、貴族の暮らす貴族街は強固な防壁と検問によって、その安全性と秘匿性を守られている。


 だが、何より彼らが求めているのは、この王都が交通の要衝でもあるという点。人とモノが行き交うこの街は、金を稼ぐのにうってつけだ。

 そして、貴族達は自らが治める領地とその爵位を維持するために、毎年一定額の納税が求められる。


 貴族であり続けるために、領主達は商人紛いの商談をこの街で続けているのだ。


「下町は自由に歩ける。あの魔物のことはボガードが冒険者ギルドに連絡してくれるらしい。先に鎧屋に行こう」


 肩紐の切れた胸当ては、無理やり紐を結んで繋ぎ止めている。だが、やはりこれだとどうしても落ち着かなかった。


 鎧屋に向かう途中、フローリアは目をキラキラさせたまま、口を開いた。


「すごいです……。これが毎日ですか」

「おう。リアは始めてか?」

「はいっ。……お祭りでだって、こんな人数も屋台の数も、見たことありませんっ」


 そんな風に、街中の景色に呆気に取られるフローリアを可愛らしく思いながら、俺は、武器屋の親父の教えてくれた場所に向かい、裏路地に入った。



「こ、こんなところ通るんですかっ」

「ああ。……目は合わせるなよ」


 裏路地に少し入るだけで、この町の姿は一変する。表の通りの賑わいや明るさはどこへやら、浮浪者達が路地の両脇に座り込む、この世の地獄へと一変する。


 この町で暮らしていた俺には、こんな光景は慣れっこだった。だが、フローリアにとってはそうではない。少し怯えた様子を見せながら、俺の後ろをちょこちょことついてきた。


「……ここか」


 王都出身でも、路地や裏道はどこがどう繋がっているのかは判別しきれない。人間の生み出した迷宮に例えられるほど、複雑怪奇な形をしている。

 たどり着いたこの店も、俺は初めて目にする店だ。


「失礼す……」

「また来ますからッ!」

「もう来んな!」


 店に入ると──言い争いをした後らしい、ローブを深く被って姿を隠した女が、入れ替わりで店を出た。

 思わず、扉を開けた俺の横を通り抜けていった女の姿を、目で追ってしまう。


「ソロさん?」

「いや──なんでもない」


 ただ、どこか懐かしい匂いと背丈だった。それだけの話だ。きっと人違いだろう。……それに、俺が話しかけることは許されない。


 彼女がこの街に居ることは何ら不思議なことではない、と脳裏に過った考えを押し込めて、俺は改めて店内に入った。

 店内にいるのは、赤髪の女だった。短い髪を乱雑にまとめ、茶色いエプロンをかけている。その下には灰色のタンクトップに厚い皮手袋。──まさに鍛冶屋という格好だ。


「すまない」

「お前、初めてだな」

「ああ。──ヴァルトの町の武器屋の親父に言われて来たんだが」

「ヴァルトの武器屋?」


 俺の言葉に、女は怪訝な顔をした。俺が紹介状を渡すと女はそれをひったくるように読み始め、そしてすぐに、女はくつくつと笑い出した。


「はっはっは。ヴァルトの武器屋か! なるほどなるほど! ──よし、奥に入れ。話だけなら聞いてやるよ」

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