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第二十五話 冒険者ソロの葛藤

「うー……頭痛い……」

「飲みすぎだろ……昨日は何時までやってたんだ」

「何時までというか、今もあんな感じで続いてるわよ」

「カンパーイ!!」


 翌日、することもなく冒険者ギルドに行くと、珍しく二日酔いな様子のネイがいた。

 日を跨いだにもかかわらず、ギルドは誰もが酒を飲み、活気で溢れている。


「開店閉業状態だな」

「ほーんと、いつまでやるんだろうね」


 もうこんな状態では受付嬢とかあってないようなものだからか、いつもの完璧な受付嬢モードも崩れて、ネイはやれやれと言ったふうに見ていた。

 このギルドの惨状のせいで、職員達もクエストの更新を諦めている様子だった。

 つーか飲むなら酒場で飲め。


「あ! ソロさん! ソロさんのおかげで生き残れましたよ!」


 酔っ払いどもを横目にのんびりと話していると、顔を真っ赤にしてジョッキを手に持ったクルトがやってきた。

 お前までそっち側かよ。


「クルトくん飲み過ぎじゃない?」

「飲み過ぎじゃないですよー。これくらい朝飯前っす。ソロさんは飲まないんですか?」

「流石に朝だからなぁ……」


 別に今日はクエストもしないし、飲んでもいいんだが。

 それに、今なら冒険者ギルドでも飲んでも、絡まれたりすることもないだろう。

 少し前までは、ネイがいなければギルドでは飲めないような状態だった。彼女がいてくれたから、俺は気休めにでも、酒を飲めてたという側面が少なからずある。

 ギルド以外で飲むと仲裁してくれるやつもいなくて、乱闘騒ぎになりかねなかったし。


 それくらいには立場の悪かった俺が、酒を飲んでも問題なくなるくらいには、この町での立場もいつの間にか、随分とよくなっていた。

 クエストの攻略実績と、教導の仕事が効果を発揮したのだろう。特に若い連中や、過去に救援で助けた連中が、俺のことを少しずつ慕ってくれた。


 あとは──認めたくはないが、フローリアとともに行動するようになったのも、きっかけとしてはあるかもしれない。


 冒険者なんてものは、明日にでも死んでもおかしくない。ならなくていいならならない方がいいというのは、今も考え方としては変わっていない。


 けれど、確かに。

 冒険者には、それでもなりたいと思えるような魅力があるのもまた、そうかもしれないと思い始めている。


 その理由はこの光景を見れば、明らかだ。

 危機に立ち向かい、自分たちの生活を守り切った充足感。

 協力して困難に打ち勝つ達成感。

 そして、困難に見合うだけの報酬。


 それらが得られるのは冒険者だけだろう。

 けれど──この居心地の良さが、他の場所でもそうとは限らない。


 悪名はすぐに轟くし、人間関係はまた一から構築し直しになる。"食人"は、それだけで俺にとって大きく不利な要素だ。


 ──端的に言えば、俺はまだ、この町を離れるかどうか、迷っていた。


 本当に金等級を目指すなら、離れるべきだ。

 この町の基本的なクエストの上限ランクは銀等級。エース冒険者となった今、王都でもそれなりに金等級クエストの受注はできるだろう。


 だが、一番手っ取り早いのは、基本クエストに金等級がラインナップされている地域に行くことだ。

 ──もちろん、金等級クエストは未だ、安定的に達成できるとは言い難い。

 もう少し実力を積む機会があるなら、その方がいい気もする。


 だが、昨日の話に出ていた鍛治の国ユミルベルに行くまでには、結構な期間が要求される。小国も二つか三つほど越えることになったはずだ。それまでの間に、銀等級クエストや、ともすれば金等級のクエストを受注する機会にも恵まれるだろう。


 ……いや、そもそも。イデアスやギルド長に言われたからと言って、どうして俺は金等級冒険者を目指す。このままでも、死ぬまでの間を安定して稼ぎ続ける、みたいな生き方はできるはずだ。

 ヴァルトの町でなら、教導官のクエストも実績がある。


 教導の仕事なら老後も続けられるだろう。長く生きるなら、ギルド長のように冒険者なんてずっと続ける仕事ではない。


「んもう……何考えてるのよ」

「いっ」


 俺が自分の今後についてあれこれと思案を巡らせていると、二人でいるのに心ここに在らずな俺にイラついたのか、ネイは俺の鱗を持って抓った。


「え、痛かった? ごめん」

「ほんと気をつけてくれ」


 ナイフやモンスターの攻撃ぐらいなら全然通らないが、力の向きが変な方向に加わると割と痛い。

 と、そこまでされてようやくクルトが居なくなっていることに気がついた。


「クルトは?」

「さっき戻ってったわよ」

「……本当だ」


 気づいたらクルトも居なくなっていた。まあ一応酒を一緒に飲むのは断ったから、無視したみたいなことにはなってないだろう。

 クルトが居なくなったことにすら気づいていなかった俺に、ネイは呆れた、と言わんばかりにため息をついた。


「お二人とも、仲がよろしいんですね?」


 そんな俺たちを、遅れて来たフローリアがジトッとした目で見ていた。


「あら、フローリアさん。冒険者ギルドは見ての通り、クエストを受注できる状態じゃないのよ」

「そうみたいですね……クルトくんまで」


 フローリアはネイの言葉に頷き、呆れたようにドンチャン騒ぎをしている方を眺めた。

 普段真面目な分、やはり激しい酔い方をしているクルトは珍しく映るのだろう。

 まあとはいえ、気持ちは分かるというものだ。


「そう言ってやるな。……あいつらだって生還を祝いたいんだよ」


 ──ゴブリンの巣の中で、何人もの踏みつけられた死体と、人が死ぬ瞬間を、彼らとは一緒に見た。それこそ彼らは、自分よりも強い人間の死でさえ、何度も目撃した。

 俺はもうそんな景色に慣れてしまったが、新人冒険者にはキツい光景なのは間違いない。


 今回彼らが生き残れたのは、言葉を選ばずに言えば運が良かったから、ただそれだけだ。

 班が俺たちと一緒じゃなかったら? 途中で逸れてしまったら? 他の冒険者が残したゴブリンが多かったら? 背後から襲撃されたら? あの大空洞で耐えきれなかったら?


 彼らが死ぬ景色など、未だに幾らでも思い浮かぶ。そういう戦場だったのだから。

 だからその分、生きて帰ったら、思いっきり祝わなければいけないのだ。


「……まあ、それはそうよね」


 俺のその言葉に、ネイは納得して頷いた。

 一瞬、会話が消える。俺はその間、空気が止まったような気の中にいた。

 ネイの呆れたような苦笑い混じりの、快活な笑顔が、その静寂の中で俺の瞳を奪っていた。


 ネイは、受付嬢をしてる時は全然笑わない。けれど、こうやって笑っている顔がよく似合う。


 俺の世界を支配した静寂を切り裂いたのは、フローリアだった。


「ソロさん、昨日の話、ちゃんとしましょう」

「ん、ああ、そうだな」

「あ、パーティの相談ごとかな? そしたら私は席を外すよ」


 言い出したフローリアを見て、ネイはそう言うと席を立った。……正直、まだ悩んでいる段階でネイと話したくない内容もあったから助かった。


「それで──町を出るかもしれないんですよね?」

「ああ。と言っても、俺がこれからどうしたいか、フローリアがこれからどうしたいか次第だが」


 そう前置きして、俺は話し始めた。

 この国にいる限り、俺たちは金等級に上がることができないこと。

 おそらく金等級相当の実力は保有していること。

 まだ、この国を出るべきか迷っていること。


「私は──将来的には、金等級冒険者を目指すつもりでいます」

「姉の件か?」

「はい。金等級冒険者になると、他人も含めて、過去の冒険者記録を見ることができるんです。……もちろん、まずは〈トルドラムの葬式〉を解決しなければいけませんけど」


 それを聞いて、今後の指針は決まったようなものだった。

 鍛治の国ユミルベルまで行って、昇格クエストを受ける。


「けど、今すぐじゃなくていいですよ。……まだ銀等級クエストも金等級クエストも達成しきってないですし。それに、私が金等級になるにしても、ソロさんを巻き込む必要はありませんから」

「いや、それは……」


 違うだろう、と言いたかった。臨時とは言え、パーティを組んでいるのだ。俺が何度も付き合わせた分、今度は俺が彼女に付き合うべきだ。

 ──けれどそれを、正式にパーティを組むことを踏み切れないでいる自分が、どうしてそんなことを言える?


「──だから。ソロさんも金等級を目指すなら、ソロさんの意志で目指してください」


 フローリアは、そう言って微笑んだ。

 俺の、意志。俺の、やりたいこと──。

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