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第二話 追いかけてきた僧侶

「……悪かったな、取らないよ」


 ジャガーもゴブリンも、今の俺の獲物ではない。

 必要ないし、余裕があれば飯代の足しに狩ったりはするが、奴らに認識されている状態ではリターンよりもリスクの方が優っている。


 ゴブリンから視線を逸らさず、ゆっくりと後退する。もし視線を外し、背後を取られでもしたら、一瞬で俺は奴らに殴りかかられるだろう。……ここが森林と草原の境界でよかった。


 俺の攻撃意思がないことを理解したのか、ゴブリンたちは自分たちの三倍はあろうかというジャガーを、ズルズルと引き摺って森の奥へ消えていった。


「……ふう」


 とりあえず去った危険に、俺は一息ついた。

 正面からでも、おそらく勝てるだろう。

 けれど、冒険者が長生きする秘訣はただ一つ。──冒険をしないことだ。


「……よし」


 気を取り直して、俺はゴブリンが抜けていったのとは別の獣道から、森の奥へ入っていった。



 蛇や虫、鳥の声が響く。ジャングルとは言わないが、この地域の森は植生が豊かだ。

 それこそ、人によく似た生活をとるゴブリンが自活できるくらいの資源、資材が、この森には揃っている。だからこそ、王都近くの町でありながら、あの町──ヴァルトは冒険者業が盛んだ。


 多くの人間が冒険者になる、新米冒険者の町として、ヴァルトは知られている。

 そして、それを教導する設備やベテランも揃っているために、王都の依頼は大抵こっちの冒険者ギルドに来るのだ。

 途中でフラッと寄っただけだが、冒険者ギルドの職員の教育が行き届いているあの冒険者ギルドは、俺にとってもそれなりに居心地はいい。


 少し長く居すぎてしまっているかもしれない、なんて考えながら、痕跡を辿りつつ獣道を歩く。

 俺のお目当てはすぐ近くなようだ。

 少し辿ると、開けた場所に出た。人間のキャンプ地でもあるのだろう。けれど、獣道と交叉しているということは、この場所はモンスターと人間が良く会敵する場所でもある。


 事実、周囲からジロジロとこちらを睨みつける魔物が多くいるのを、俺は鱗で感じていた。

 それだけじゃない。──木材同士が激しくぶつかり合う音。

 不意に、一人とニ匹が、広場に転がり込んできた。若い冒険者とゴブリンだ。

 冒険者は盾でゴブリンに対して必死に応戦する。

 棍棒を振り回すゴブリンに対して、盾で正面から受けるが……あれじゃ、ダメだ。


「あっ!」


 案の定、棍棒が盾ごと、少年冒険者を大きく弾き飛ばした。少年は、兜の下から恐れの表情で、ゴブリンを強く睨みつける。少し涙目だ。ゴブリンはそれを、下卑た表情で舌なめずりしながら、それでも警戒は怠らずに迫る。

 この辺が潮時だろう──。


「よっと」


 俺は持っていた投げナイフを、ゴブリンの眉間に投げつけた。ナイフはゴブリンの眉間に深く刺さり、ゴブリンはその場で倒れ込む。もう一匹が倒れたゴブリンに気を取られている間に、俺は駆け寄った。

 残ったゴブリンは状況を理解したらしい、俺に向かって棍棒を振りかぶってくる。俺はそれを鉈で軽く流して、ゴブリンの横っ腹を蹴り付ける。

 蹴り飛ばされたゴブリンはフラフラになりつつも、こちらを睨みつける。だが、反撃の間もなく、俺の鉈はゴブリンの頸を砕き切った。

 最後に、先に倒したゴブリンにトドメを刺して、俺は少年の方を向いた。


「大丈夫か?」

「ひ、ひっ……!?」


 俺が心配するも、むしろ少年は俺の顔を見て怖がった。確かに、ハーフとは言え、リザードマンなんて比べるまでもなくモンスター顔だ。

 俺は諦めて、ゴブリンの耳を剥ぎ取ろうとした。持ち帰れば売れるだろうが、荷物は増やしたくなかった。


「あ、あの!」

「ん?」


 どうやら、正気を取り戻したらしい少年が、俺に声をかけてきた。それでもどこか泣きそうな表情をしているが、俺のことを敵ではないと認識してくれたらしい。


「な、仲間を! 仲間を助けてくれませんか!」



 少年が言うには、仲間もゴブリンに襲われているらしい。5匹の群れに襲われ、散り散りに逃げてきたのだとか。

 場所は──あの方向だろう。魔術の発動音や、木材同士のぶつかり合う音、矢の跳ね返る音と、ゴブリンの醜悪な声が響いている。


「あの!」

「ん?」

「こっちで合ってるんですか?」


 俺が耳を澄ませてそっちの方に行くと、少年は不思議そうに声をかけてきた。


「おう。人間族よりもリザードマンの方が耳がいいからな、聞き取れないんだろう」


 卓越した冒険者はもはや種族とかそんなこと関係なく、風に乗る臭いや様々な方法で獲物や事件の跡を辿る。けれど、見る限りまだ若いこの冒険者には、それを要求するのは酷だろう。

 それにしても──。


「少年、前衛か」

「えと、うん」


 俺の問いに、少年は頷く。いざとなれば構えられるように木製の盾を持っているから、それはわかる。けれど……。


「前衛が、仲間を置いて逃げたのか」

「う……」


 俺の追求に、少年は苦しそうな顔をした。


「今戦ってるのは?」

「弓使いと、僧侶と……」

「後衛を置いてきたのか」


 俺の言葉に、少年はダンマリだ。


「前衛は、逃げちゃダメだ。前衛が瓦解したパーティは、すぐに死ぬぞ」


 さらに続けた言葉に、少年は泣きそうな表情をした。もはや、言っても詮ないこと。

 ため息をついて進むと、突然大きな魔術音が響いた。


「……ちょっと走るぞ」



「おいおい」


 俺が少年とたどり着いた時、すでに戦いは終わっていた。


「えへへ」


 終わらせたのは──あの少女だ。

 全身が黒焦げでもはや動かない三体のゴブリンを前に少女は背を向け、弓使いと僧侶、それから槍使いの方を向いていた。

 ──ヴァルトの町の冒険者ギルドで、パーティ入りを断られていた、あの少女。

 少女は俺をみると、はにかむように笑いながら、口を開いた。


「来ちゃいました」

「勘弁してくれ」


 俺はその姿に、言いようのない恐怖を感じる他になかった。



 俺たちは、少年と出会った広場まで戻ってきた。

 もう陽は傾いている。今日はここで一泊するのが良いだろう、という判断だ。

 広場の中心で炊いた焚き火の側でガタガタと震える弓使いと僧侶に、ギルドで出会った少女は羽衣を魔術で作り出すと、肩にそっと掛け、スープを手渡した。

 弓使いと僧侶の二人の女の子は、それをコクコクと飲んでいる。それを見て一安心したのか、少女はこちらに歩いてきた。


「改めまして──私、フローリアと言います」

「ふ、フローリアさん。……危ないところを、ありがとうございました」


 槍使いの少年が、フローリアに感謝を述べた。

 フローリアは問題ないと言うように、顔をふるふると横に振る。


「全員助け出せて、よかったです」


 体格は若い冒険者四人と変わらないだろうに、まるで慈母のように大きく寛大に見える。とてもじゃないが回復魔術の使えない、欠陥僧侶には見えない。


「貴方は──ソロさん、ですよね。貴方にも、感謝を。彼を助けてくれて、ありがとうございます」

「いや、いい。……よく戦ったな」


 フローリアは言うべき立場でもないだろうに、俺に対してそう言った。まさしく聖女のような振る舞いにも見える。

 俺は槍使いの方に向かって、そう言った。

 あの戦場は、槍使いが持たせていたと言ってもいい。瓦解しなかったのはそのおかげだ。


「い、いえ。アイツが……クルトが、ゴブリンを誘き寄せてなかったら危なかったです」

「……いや」


 おまけに、性格もいいらしい。けれど、少し思い違いをしている。


「一番避けるべきは、陣形の崩壊だ。次以降は、気をつけるといい」

「う……」


 盾使いと槍使いは、怯んだように俯いた。

 厳しい言葉だが仕方ない。若い冒険者の陣形の崩壊は、それだけで命取りだ。


「それで……お前は、なんでここに?」

「追いかけて来ちゃいました、ソロさんを」

「はあ? 俺を? ……パーティの件なら、断ったはずだぞ」


 訝しげにフローリアに尋ねると、フローリアは何でもないことのようにさらっと言ってのける。


「でも来ちゃったんです」

「いやだから、そこが意味わからないんだよ」


 本当に、怖い。なんかもう怖かった。なんで俺のことを追いかけてくるのか分からないのが怖い。


「だって……ソロさん、泣きそうな顔してたから」

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