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第十三話 最悪の中の最悪

 ギルド長室を出て、アグロにこっそりと耳打ちする。


「……最近変わったこと、強大な魔力。二つともの条件を満たす存在に一つだけ心当たりはあるんだ」

「俺もだ。……フローリアさんか」


 アグロの問いに、頷く。

 彼にとっても引っかかっていたようだ。

 けれど、彼女を原因とは断定しきれないのは、アグロにとっても同じらしい。


「──そうだな、今はまだ、俺たちの秘密にしておこう」


 二人して、アグロの提言に頷いた。

 戻ると、ネイさんが背後から追いかけてきて、他のギルド職員と合流した。

 何やら会議でも行うらしい──と思った瞬間、男性職員の怒号が響き渡った。


「ヴァルトの森の銅級以下冒険者の立ち入り禁止!? ギルド長がそう言ったのか!?」

「ばか! 聞こえちゃいます!」


 男性職員の言葉の内容に、ギルド内はどよめき始めた。ヴァルトの森はまさしく、この町で活動する冒険者たちの生命線だ。

 特に、銅等級以下の冒険者たちは、日々の生活をヴァルトの森からもたらされる恵みを、クエストという形に換金することで食い繋いでいるのだ。


 そこから追い出された冒険者。彼らの取れる選択肢は、そう多くはない。

 わずかな、この町の中や周辺の草原などで済むクエストを巡って争うか、それともこの町から馬車で一日で行ける距離にある、王都に仕事を求めるか。

 王都の方がまだ食い扶持はあるだろう。

 けど、王都のクエストだって数には限りがある。


 ──言い出したのは自分だ。

 このギルドの冒険者たちを守るための選択を取らなければ。

 クエストボードや受付カウンターに、人が殺到し始めた。規制される前に入ってしまおうという魂胆だ。

 ギルド内は軽いパニックに陥り始めた。

 けれど俺には、これを解決する手段はない。


「喧しい! クソガキども、よく聞きな!」


 どうにか出来ないかと考えていると、ギルドの二階から吹抜けを見下ろして、ギルド長が大声で叫び始めた。

 その通る声と彼女の覇気はギルド中に響き、いつも喧しい冒険者たちの注目を集め、一気に静かにさせた。


「──私のことを知らない馬鹿どもに一度だけ自己紹介をしておく! 私は元金等級冒険者にしてこのギルドのギルドマスター、フリーダだ。

 さっきウチの間抜けが洩らしたように、ただ今をもってヴァルトの森に、許可を得ていない銅等級以下の冒険者の立ち入りを禁ずるよ。

 その間中、代わりになるクエストや報酬をこちらで用意しよう。君たちは狩り場やシノギがちっとばかり変わるだけだ、狼狽えるな! 以上!」


 端的に、簡潔に、ギルド長はこの場を取りまとめた。血の気の多い冒険者たちを黙らせてしまうとは、大したカリスマだ。


 そんな彼女に、刃向かう冒険者などこの街にいるはずもなかった。冒険者たちはどこか渋々と言った感じだが、ギルドは平穏を取り戻した。


「すげえな、あの人」

「だろ? 俺の自慢のお師さんだ」


 俺がギルド長を褒めると、アグロは鼻高々といった様子で返した。なるほど、師弟関係だから、ギルド長室ではあんな会話になったのだ。


 さて、ギルド長はギルドの平穏を取り戻してくれた。俺は俺で、言い出しっぺの務めとして、冒険者たちのために出来ることをするとしよう。

 俺に出来ることは──一刻も早く、森の調査報告を行うことだろう。

 クエストボードには、予想通り変異した魔物の征伐と、ヴァルトの森の環境調査報告のクエストが張り出された。


 同時に、ベテランの銅等級冒険者向けに、銅等級以下の冒険者を鍛えるクエストや、護衛クエストなどが張り出され始めた。

 よくもあれだけのクエストを即座に発行できるものだ。この町の冒険者ギルド職員は優秀だ。



 俺はクエストボードからヴァルトの森の調査クエストを取ろうとすると、フローリアが横からぴょこっと顔を出した。


「このクエスト受けるんですか?」

「おう。……いやだったら、来なくてもいいぞ」

「いえ、行きますっ」


 俺の言葉に、フローリアは即座に返した。

 それがなんだが、少し頼もしい。

 ちょっとだけホッとした気持ちになっていると、横からネイがやってきた。


「お二人に、お願いがあって」


 ネイはそういって俺とフローリアを別のテーブルに誘導すると、懐から三枚のクエスト依頼書を出してきた。


「おおくね?」

「全部、救援依頼です」

「わーったよ」


 ネイの言葉に頷き、俺は救援依頼のクエスト依頼書を受け取り、そこにサインした。

 にべもなく頷き、サインした俺の様子に、ネイは少し困惑がちに口を開いた。


「……あの、本当にいかれるんですか?」

「え?」

「だって、さっき帰ってきたばっかりですよ」


 まあ、確かにネイの言葉はもっともだ。

 通常ならここは休息を取るべきだろう、──けど。


「大丈夫だ。魔力は回復してるし、体の疲労感はいつもよりないくらいだ」


 鼠の生モツが効いたのだろうか。

 俺の体は、驚くほど回復していた。

 フローリアも疲れている様子はない。


 ならば動ける時に動いて、稼いでしまおう。

 森までの移動は馬車に依頼すれば、多少は体力も回復できるだろう。


「だから──行ってくる」



 ──同時刻、ヴァルトの森。

 ソロからの依頼を受け、ジャイアント・ラットのボスの変異個体の死体回収中に、事故は起きていた。


 変異した森で、ギルドから特任されている回収班冒険者が馬車に死体を積載し、森の外に向けてしばらく歩いていた、その時だった。


 藪を踏み倒して、冒険者が数人、森の中の通りに転がり込んでくる。何かに襲われている様子だ。


「総員構え!」


 パーティのリーダーの指示に従い、馬車を囲んでいた冒険者たちは武器を構える。

 数刻の後、冒険者たちを追って、十体のゴブリンのグループが通りに飛び出してきた。


「ゲギャギャギャ!」


 木々を薙ぎ倒して冒険者を追って飛び込んできたゴブリンたちは、一体が大声を上げながら指し示したのに応じて、一斉に馬車の方を向いた。狙いは、血の臭いを放つ死体だろう。

 変異モンスターの死体から発せられる豊潤な魔力は、モンスターたちにとって変異の源となる。

 モンスター避けこそ効かせていたが、それでも調査と資金のためにと、ソロがモンスターの死体を焼かないでおいたのが、裏目に出た形だった。

 ──だが、回収班は腐っても、ギルド特任の銀等級冒険者である。


「くそっ! 来るぞ! お前ら戦えるか!?」

「は、はい!」


 回収班のリーダーの指示に、転がり込んできた新米冒険者が答えた。


 回収班はエニス魔導にこそ劣るが、それでもヴァルトの町では有数のエースパーティだ。

 通常のゴブリンのグループ程度であれば、歯牙にかけないほどの実力がある。


 想定外があるとすれば、変異した鼠たちを捕食したゴブリンたちもまた、変異を起こしていたこと。

 そのゴブリンたちに襲われて逃げてきた若い冒険者を庇わなければならなかったこと。


「くそっ! 魔法を! 変異している!」


 グループ後方にいたゴブリンが、土の砲弾を冒険者たちに向けて撃ち放った。

 銀等級冒険者たちはそれをあるものは剣で切り裂き、あるものは盾を使い、あるものは魔術で相殺して各自無効化する。


 だが、銅級冒険者たちはそうはいかなかった。


「うわああ!」

「くそっ! 一人やられた!」


 銀等級冒険者たちの意識が、やられた一人の方に向く。その隙をついて、前方のゴブリンは攻撃を仕掛けた。

 回収班のリーダーに向けて棍棒を振るう。

 リーダーは素早く蹴り飛ばすことで迫り来る脅威を跳ね除けると、大声で宣言した。


「死体に火をつけろ! 即時撤退! 変異ゴブリンは無理だ!」



 ヴァルトの森での銅級冒険者パーティ三つの救援に、異変調査。

 救援依頼は、二つのパーティを町に帰し、残る一つは遺品を回収することができた。……正直、後悔がないとは言えない。けれど遺品も回収したし、僧侶であるフローリアが鎮魂のために祈りを捧げてくれた。今はそれでよしとするしかない。


 異変調査の方は、小鼠の数が大きく減っていた。順調に食物連鎖が機能しているのかとも思ったが、流石に減りが早すぎる。


「……鼠の捕食者が現れたか」


 小型鼠まで変異していたから、正直可能性としては捨てきれなかった。

 しかし、こんなにも早いとは。


 変異したモンスターは、強さとしては変異前に比べて等級が一つ上がる程度。元々の捕食者は基本的に、その時点で機能しなくなると思っていい。

 だが、ジャイアント・ラットは元々が生態ピラミッドの最下層だ。

 群体の状態では能力は大きく上がるが、俺は群体のボスを倒してしまった。

 その混乱を突いて、捕食者が現れたとしても不思議ではない。変異したモンスターを捕食したからといって変異するとは限らないが、そのリスクは大きく上がる。今回は捕食者側も変異したと考えていいだろう。……なんと報告したものか。


 できるなら、捕食者の正体まで突き止めたい。というのは、捕食者次第でこちらの行動が大きく変わるからだ。

 蛇やカラス、スライムであれば、冒険者ギルドが総出で掃討戦をしなければなんとかなる。けど、最悪なのは──。


「ソロさん! アレ!」


 フローリアが指した方を見ると、逃げ帰る冒険者たちが目についた。向こうもこちらを視認して、声の出せる限りを張りながらこっちに叫んだ。


「お前ら、逃げろ! 変異ゴブリンだ!」


 ──最悪中の最悪を、引いてしまったらしい。

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