第十二話 生モツ喰らいのソロ
「魔力補給ですか? 顔色悪いですもんね。でも流石に処理とかしたらどうですか……?」
え、あれ。
引かないのか?
いや、引いてはいる。いるんだが、どうにも想定と違う引き方だ。
……確かに、冒険者はモンスターを食うこともある。オークなんかはおいしい食料として扱われる。
だが、なんだか反応が違う気がする。
「内臓を生は流石に……」
あー、そうか。
俺が抱える気持ち悪さは、共有されていないから。それで、ただの魔力補給として見做されているんだ。いやそれでもドン引きされてはいるけど。
「一番魔力が潤沢だし、新鮮な方が回復効率もいいからな」
「いやそれは知ってますけどぉ……」
生理的嫌悪感、というレベルまでは感じない。
普通に引いてる、という感じだ。
モンスター……いや野生動物の生モツは流石にドン引き案件か。
「でも、そんなにピンチだったんですね。助けに来て正解でしたっ」
「ああ、助かった」
これは本当に助かった。あのデカい鼠を倒したのに、小さい鼠どもも倒していかなきゃいけないのかと覚悟していた。
フローリアの威力と攻撃範囲は、むしろ小型鼠を相手にする分には俺より向いているだろう。
「エニス魔導は?」
「皆さん、帰宅準備を始められてますっ。一回こっちに合流されると思いますよっ」
「そうか……そっちも切り抜けたか」
小型鼠の大群は、正直相手するのは面倒なことこの上ない。フローリアがいなければどうなっていたやら。
本当に、フローリアには助けられてばかりだ。
あの大鼠を倒したのだ。フローリアが軽く掃討したが、小鼠もそのうち数を減らすだろう。
少し待っていると、エニス魔導の面々がこちらにやってきた。少し疲れた様子ではあるが、それでも帰ることができる希望が湧いたからだろう、さっきよりはよっぽど明るい顔色だ。
「アレを一人で倒したのか……」
「……相性の問題だろ」
重戦士の慄くような言葉に、なるべくなんともない様子を装って返した。
実際、アイツのスピードは魔術師が相手するにはかなり辛いだろう。しかも襲ってくる小鼠の相手も並行して行わなければならないのだ。
膂力と防御力で対応できた点で、俺は本当に、相性が良かったのだと思う。
「シルバー・ボアはどうするんだ?」
「そうだな……流石にみんな疲れているから。一旦撤退して、また挑む」
アグロの言葉に、エニス魔導の面々は頷いた。
今回のことで心が折れたりはしていない様子だ。……よかった。
「ソロ、フローリアさん。俺たちが一人も欠けることなく生還できるのは、君たちのおかげだ。……感謝する」
アグロの言葉に、俺は頷いた。
こっちこそ、あの頃は本当に助けられたのだ。おあいこだろう。
「あの鼠、どうしますかっ?」
「……魔石だけ持ち帰って、あとはギルドに任せよう」
シルバー・ボアを運ぶためだったはずなのに、全く別のものを運ぶことになってしまった。
大鼠の最重要の部位である魔石化した前歯だけかき集めて、カバンの中に入れた。あとの肉体は、そこまで使い道が思いつかないし、ギルドの回収屋に任せよう。
俺は最後に見逃しがないか確認した後、魔物避けと連絡を兼用のお香を焚いて、その場を後にした。
今日は血の臭いを漂わせてないからだろう。特にモンスターの襲撃を帰り道に受けることもなく、ヴァルトの町に帰着することができた。
「ソロくん、フローリアさん、エニス魔導の皆さん! お帰りなさい!」
冒険者ギルドに戻ると、なんだかギルドはいやにバタバタとしていたが、その中でもネイは俺たちを出迎えてくれた。
エニス魔導以外にも、やはりあの森の感じでは、救援が必要なパーティも多かったのだろうか。
だが、最も規模の大きい変異の元は、おそらく討伐した……はずだ。森を覆い、足の踏み場がないほどの、凶暴化した鼠の大量発生。
もしかしたら、あの鼠たちが抑圧していた変異モンスターが表出するかもしれない。けれど、そうは言ってもヴァルトの森は元々銀等級の魔物の巣窟のような場所なのだ。
ヴァルトの町は、そんな銀等級モンスターを安定して狩れる実力のある冒険者がたくさんいる町でもある。何度もクエストで冒険者を派遣するうちに、自然と変異は平定されるだろう。
幸いなことは、あの鼠を狩れるモンスターが現れていなかったことか。より生態ピラミッドにおける上位のモンスターが変異を起こしていたら、その強さはあの程度では済まないだろう。
が、それこそエニス魔導の独壇場だ。大規模な大型モンスター討伐にかけて、銀等級でアレだけの殲滅力と破壊力を持った集団はそうはいない。
「ソロくん、金等級クエスト 銀等級パーティの捜索の達成を承認します! ……これで、晴れて貴方たちもギルドの"エース"冒険者ですね!」
忙しくバタバタとした環境だが、それでもネイは祝福してくれた。
エースなんて呼称は少し照れてしまう。
だが、ようやく一歩を踏み出すことができたのだ。それがなんだが、嬉しくもあった。
「それで、何が起こっているのかについてギルド長がお聞きしたいそうです。ご同行をお願いします」
俺とアグロは、ネイにギルド長室に連れて行かれた。ドア越しでもわかる、重圧。プレッシャーをものともせず、ネイは木製の扉を二回、軽く叩いた。
「お連れしましたよ」
「入りな」
ネイの挨拶に、ギルド長が許可を出す。
ネイは扉を開けて、俺たちを中に入れた。
「最近よく会うねえアグロ。それにそっちは……久しぶりだねえ、"食人"……だったか? ソロ」
「ええ、まあ」
中にいたのは、深く皺の刻まれた婆さんだった。
まだ齢五十にして白く染まった頭髪は、彼女にかかっているそのストレスを示すかのようだ。
「最近よく、この子がアンタの話するんだよ。若いのが世話になってるみたいだね」
「ちょっとギルド長……!」
ギルド長に対して、たじたじと言った様子のネイ。こんなネイはなんだか新鮮だ。
「ソロもギルド長と知り合いなんだな」
「ああ、まあ……」
「こいつが"食人"と呼ばれる前に、ね。ま、それは今はいいさ」
アグロに聞かれて、答えを濁した俺に対してギルド長は話を切り上げた。ここからがいよいよ本題ということだろう。
「ヴァルトの森に起こっていることを聞こうか。場合によっては、騎士団の要請も視野に入れなきゃねえ」
ギルド長に聞かれて、俺はカバンから魔石を──正確には魔石化した前歯を取り出した。
「こいつは……? 変異かい」
「ええ。ジャイアント・ラットのボス個体。その変異種の討伐証明です」
「やれやれ……」
俺の言葉に、ギルド長はため息を漏らした。
「ボス個体の変異ともなれば、通常個体も変異してたのかい」
「大量発生と、極端な凶暴化ですね。食料が足りないのか、飢餓感に襲われている様子です」
「ふうむ……そういうのはアンタらの仕事じゃないのかい」
「素早い大型モンスターは、俺たちにはどうにも。雑魚の掃除もしながらとなると」
ギルド長は俺の言葉を聞き、アグロに言葉を投げかける。アグロの返す言葉に、ギルド長はカタカタと笑った。
「そうかい。判断が的確で結構なことだ。だが、金等級以上のクエストは速さの面で比べ物にならないモンスターも多い。励みなさい」
ギルド長の言葉に、アグロは頷く。二人は同じく魔術を扱うものとして、通じ合う部分があるのかもしれない。
「さて……しかし当の変異種が討伐されたとなれば、ヴァルトの森はもう平穏に戻るかねえ」
「少し様子を見るべきかと」
「ほう?」
差し出がましいかもしれないが、ちゃんと伝えておいた方がいいだろう。
「変異ラットにあてられるモンスターがいないとも限りませんし、ラットに隠されて表出していないだけのモンスターも考えられます」
「ふうむ……確かにねえ」
「変異した原因も特定できてませんしね……」
俺の進言に、ギルド長は顎に手を当てて考え込んだ。ネイも悩ましい様子で付け加える。
「変異の原因なんてそう多くはないが……何か最近変わったこと、強大な魔力とかあったかね?」
「確認はしていませんが……」
最近の変化、強大な魔力と言われて、脳裏に浮かんだのはフローリアのことだ。いや、まさかな。
森の中でも浮遊魔術とかしか使っていないし、アイツが原因と判断するのは早計だ。……それでも、一応気には留めておこう。
アグロとソロが退出した部屋で、ギルド長は背もたれにだらしなく全体中をかけ、ふう、と息を吐く。弟子のアグロも、このギルド屈指の冒険者である"食人"ソロも、何かを隠している。
何か知っているということだけ、覚えておこう。いざとなれば──。