第一話 未熟者
本作の第一章は朝8:10と夕17:50、一日二回更新です!
初日のみ、四話一挙掲載します。
「ソロさん! いい加減この契約書にサインしてくださいっ!」
「いーえソロくん! あくまで契約は双方の合意に基づくものでなければなりません!」
──ギルドの一区画、提出書類を書くためのテーブル。そこで俺は今、危機に瀕していた。
僧侶の横暴に、受付嬢が割って入る。羽交締めにして押し留めようとする受付嬢を押し除けながら、僧侶は俺を見ながら叫ぶ。
「そんなこと言っていいんですかぁ!? ソロさん! 貴方の秘密なら色々握ってますよっ!」
「脅しなんて最ッ低ですね! ソロくん! 屈する必要はありませんッ!」
「……勘弁してくれ」
ああ……どうしてこんなことに。
話は、数日前に遡る。
「あ、あの! 僧侶なんていかがですか? 回復以外ならお手伝いできますよっ!」
「あー……悪いな、そういうのやってなくて。……え? 今なんて?」
王都の冒険者ギルド、その一区画。
冒険者が飲んだくれる酒場で、まだ未成年だろう少女がぴょんぴょん跳ねながら、若い冒険者に声をかけていた。
すごい勇気だ。俺だったら怖くて、知らない人に酒場で話しかけるとか絶対無理だ。
……しかし、それにしても、奇妙な言葉だ。「僧侶」を売る言葉と「回復以外」という言葉が不思議な同居を果たしている。
言うまでもないが、回復役というのは極めて重要なポジションだ。回復薬より手軽で、回復薬やり頼れる。いわばパーティの生命線になりうる存在だし、回復役の魔力が尽きたらパーティは即時撤退するというのは、この世界で生き残るための常識だ。
「嬢ちゃん、何言ってるんだ……? 回復が使えないなら、僧侶は向いてないんじゃないか?」
「んなっ! そんなこといいますかっ! もういいですっ!」
男の失礼な言葉に、少女は少し腹を立てた様子だ。けど、これは男の方が正しい。
少女はぷりぷりと怒って別のテーブルに向かったが、俺はむしろ、男の方に同情した。
というのも、僧侶には回復以外の能力は普通、求められない。単純に魔力が勿体無いからだ。
僧侶が使えるような術といえば、回復と強化、あとは霊体の魔物によく効く純粋魔術だろう。
純粋魔術はともかくとして、強化は魔術師にも任せられるし、パーティの前衛でも覚えておくことの少なくない術だ。むしろ反対に、回復はパーティの生命線だ。僧侶において、回復の占める割合というのは非常に大きいと言っていい。
そして、霊体の魔物と戦う場面なんて、そういったタイプのクエストを受けなければほとんどない。
結論として、「回復の使えない僧侶」というのは、扱いに困る存在を意味する。
「いやー、うちもちょっと。や、僧侶は歓迎だけど……ね」
「んなーっ!」
また別のパーティに拒絶されたようだ。少女は不思議な悲鳴をあげていた。
「あ、でも、『食人』なら受け入れてくれるかもしれないぜ? ほら、あそこにいるトカゲ頭だ」
「しょくじん?」
男は、名案を思いついたとばかりに、ニヤケ顔でこっちをついついと指し示した。俺かよ。
少女は男が呼んだ二つ名に首を傾けている。どうやら……いや、少女の様子から薄々分かっていたが、冒険者としての日は浅いらしい。
若い、右も左も分からないような女冒険者ともなれば、体を売ればパーティに入れただろうに。……あんな貧相な体でなければ。あの体型では変態しか寄りつくまい。
「おうよ。人呼んで『食人のソロ』!」
「ちょ、ちょっと怖いお名前ですねっ?」
「そうだぜ嬢ちゃん。こわ〜い伝えも多くある。なんでも……本当に人を喰った、とかなぁ」
わざと怖がらせるような男の言葉に、少女は目を白黒させて固まった。
「ひ、ひとを……? そ、それは恐ろしいですねっ」
「ああ。ギルドの嫌われもんさァ。おかげで奴とパーティを組もうってやつも居ねえ。だーが、嫌われもんだからこそだ。アンタみたいなペーペーの田舎もんも、組んでくれるとしたらアイツくらいか、若えの引っ掛けるしかねえよぉ」
男がそう言うと、何が面白いのか、周りの奴らも一斉にゲラゲラと笑い出した。
好き勝手言いやがる。俺だってパーティくらい組んでた時期はある。……今は、色々あって離れ離れだが。
大笑いに巻き込まれて、僧侶は完全に萎縮していた。俺はそれがなんだか見てられなくて、逃げるように受付カウンターに向かった。……見捨てるようで、ちょっと心苦しかったが。
俺はクエストボードから一枚適当に取って、窓口の馴染みの受付嬢に渡した。明日の日銭を稼ぐためのような、いつものクエストだ。
「依頼を頼む」
「はい、了承しました。……それでは、よろしくお願いしますね、ソロくん」
「あ、あの!」
受付嬢と挨拶を交わしていると、少女がおずおずとこちらを見上げていた。さっきの回復の使えない僧侶だ。……呆れた、本当に来たのか。
唆されたからと言って、よくもこんな見た目の男のもとに来るものだ。蜥蜴人なんて物珍しい、魔族紛いの種族、普通の人間は積極的に組もうとはしないだろう。
さっきの男たちを見ると、ニヤニヤと男たちはこちらを見つめていた。少しだけジロッと睨みつけてから少女の方に向き直ると、少女は意を決したのか口を開いた。
「わ、私とパーティを組んでくださいませんか」
「お嬢さん」
「ひゃ、ひゃい」
怖がりながら、それでも勇気を出して俺に伝えてくれた少女。
しゃがんで、その少女と目線を合わせる。
伝わるように、真摯に。
そうして発した言葉を聞くのに、少女はひどく緊張していた。
「ごめん、無理だ。……冒険者向いてないんじゃないか? やめれるうちにやめといた方がいい」
「……え」
「あちゃー……」
精一杯の親切心で、そう言った。この言葉に、嘘偽りは一切ない。心の底から、本当に、冒険者なんてならなくていいなら、ならない方がいいのだ。
俺の言葉に、少女は呆ける。驚いた表情をして、その後、ひどく狼狽えるような表情に変わった。
そんな俺と少女の様子に、受付嬢は手を鼻頭に当てた。そして一つため息をつくと、少女の方に向き直った。
「どんまいです。パーティ探しは私たちの方でも斡旋できますから、頼ってくださいね」
「う……は、はい」
今にも泣きそうな表情で、少女は受付嬢の言葉に頷いた。申し訳ないけど、ここは彼女のことは任せよう。
俺は少女を置いて、冒険者ギルドを後にした。
「──」
俺の視線の先、森の中に、三体の小鬼が彷徨いている。一般的なゴブリンのグループと言って差し支えないだろう。
ゴブリンは素材としての利用価値がそこまで多くないし、被害も大きくないせいで、クエストはそこまで高値にはならない。けれど、狩らないで放置しておくと、大規模な群れを形成することがある。
それに、ゴブリン自体も甘く見られがちではあるが、実質的には人類の上位互換と言っていい。
人間より体躯は小柄だが、自分たちで武器や住居を作り出す知識、人間よりも無尽蔵に走り回り続ける体力。
鍛えられた冒険者でこそ難なく狩れる低級の魔物だが、初心者の冒険者の最初の壁と言っていい存在だ。
事実として──。
「おっと」
草むらから様子を窺っていると、ゴブリンが何か物音を察知したらしい。
そっちの方を見ると、人間では手に余りそうな巨大なジャガーだ。どうやらアレを狩るらしい。
ゴブリンの一頭は助走をつけると、他のゴブリンの一頭が手組んで作った足場に跳び上がる。
土台となったゴブリンはそれを大きくカチ上げ──。
「おお」
思わず声が出てしまった。
ぐわん、と大きく、上げられたゴブリンは跳躍した。そうしてジャガーに向かって一直線に、棍棒を振り抜く。
それは、反撃を予想してなかったのだろうジャガーの頭に、クリーンヒットした。
ジャガーと共にゴブリンは落ちるが、その最中でもジャガーへの攻撃は忘れていないらしい。
空中でジャガーの体を掴み、着地の下敷きにしてしまった。
「ぎゃうん」
落下と共にジャガーの情けない断末魔が響いて、それっきりだった。
ジャガーはもはや動かない。
──そう、事実として、コイツらは人間よりも強いのだ。
目も耳も鼻もよく、小さな体躯で技術を有する。
冒険者たちの間では、地下に巨大な王国があって、地上のゴブリンはその先遣隊だ、なんて言われるくらいには強いのだ。
これを初心者の相手としている冒険者ギルドは本当にどうかしている。
「……おっと」
どうやら、さっきの声で気づかれていたらしい。
獲物を取られたくないのだろう、ゴブリンは警戒するようにジッとこっちを見つめていた。