第二部:禁じられた領域へ
尾行された夜以来、アキはより一層警戒しながら行動するようになった。サユリとの密会場所も、人目を避けた場所を選ぶようになった。二人は、解読が進むにつれて明らかになる真実に、ますます深く引き込まれていった。古文書は、単に過去の出来事を記しているだけでなく、村の祭りの儀式や古い慣習の意味、そして、一部の家系が持つ特権的な地位の起源までをも示唆していた。
古文書によると、かつて村を襲った災厄は、確かに甚大な被害をもたらしたものの、生贄によって鎮められたわけではなかった。村人たちは、自然の力を畏れながらも、協力して復興に尽力し、独自の知恵と技術で困難を乗り越えたのだという。では、なぜ生贄という悲しい物語が語り継がれるようになったのか?
古文書の後半部分には、その謎を解く手がかりが残されていた。災厄からの復興後、村の中で徐々に力を持ち始めた一族がいた。彼らは、災厄を鎮めたのは自分たちの祖先が行った特別な儀式のおかげだと主張し始めたのだ。そして、その儀式を正当化するために、悲劇的な生贄の物語を捏造し、村人に広めたという。その嘘は、時を経るにつれて真実として定着し、祭りという形で毎年繰り返されることで、村人の心に深く刻み込まれていったのだ。
「つまり、あの『古の災厄を鎮めた御霊様の怒り』というのは、作り話だったんだ…」
アキは、古文書の信じがたい内容に愕然とした。サユリも、静かに頷いた。
「そして、この嘘を利用して、一部の家系が村を支配してきたんだわ。」
古文書には、その一族が、生贄の儀式を取り仕切る神官の家系として権力を握り、村の重要な決定に関与し、富を独占してきた経緯が記されていた。現在の村の長老たちの多くも、その血筋を受け継いでいる可能性が高い。
真実に近づくほど、アキとサユリは、自分たちが足を踏み入れている領域の危険性を痛感した。長老たちが、自分たちの権力の源である嘘を守ろうとするのは当然だろう。下手をすれば、村にいられなくなるだけでなく、もっと酷い事態に陥る可能性もある。
しかし、二人の探求心は、恐怖を上回っていた。長年信じてきたものが根底から覆される衝撃と、隠された真実を明らかにしたいという強い願いが、彼らを突き動かしていた。
「私たちは、このことを村の皆に伝えなければならない。」
アキは、決意を込めた声で言った。サユリも、静かに頷いた。
「でも、どうやって?長老たちは、きっと私たちの言うことを信じないわ。それどころか、邪魔者として排除しようとするでしょう。」
二人は、真実を伝えるための方法を慎重に検討した。直接長老たちに訴えかけても無駄だろう。村人たちに真実を理解してもらうためには、何らかの証拠が必要だった。そして、その証拠となる可能性を秘めているのが、村の禁じられた領域――かつて生贄の儀式が行われたとされる神聖な場所だった。
村人たちは、古の災厄を鎮めるために娘が捧げられた場所として、その場所を恐れ、決して近づこうとしなかった。鬱蒼とした木々に覆われたその場所は、昼間でも薄暗く、不気味な雰囲気が漂っていた。しかし、アキとサユリは、そこにこそ、嘘を暴くための手がかりが眠っているのではないかと考えていた。もしかしたら、古い祭壇や碑文、あるいは、語り継がれる物語以前の記憶を留める何かが見つかるかもしれない。
「私たちは、あの場所へ行くしかない。」
アキの言葉に、サユリは不安そうな表情を浮かべた。病弱な彼女にとって、禁じられた領域への道のりは決して簡単ではない。
「でも、私…」
「僕が必ず、君を守る。それに、真実を知るためには、そこへ行くしかないんだ。」
アキの強い眼差しに、サユリは覚悟を決めたように頷いた。二人は、誰にも気づかれないよう、慎重に準備を始めた。古いライトを用意し、食料と水を携え、そして何よりも、古文書に記されたわずかな手がかりを頼りに、禁じられた領域へと足を踏み入れる決意を固めたのだった。それは、村のタブーに挑む、危険な冒険の始まりだった。