第一部:疑問の萌芽
主人公、アキが暮らす村は、外界の喧騒とは隔絶された、静かで穏やかな場所だった。四季折々の自然の美しさに彩られ、人々は代々受け継がれてきた慣習に従い、つつましく生活していた。その生活の中心には、村の起源と深く結びついた「古の災厄」の物語があった。
主人公、アキが暮らす村は、外界の喧騒とは隔絶された、静かで穏やかな場所だった。四季折々の自然の美しさに彩られ、人々は代々受け継がれてきた慣習に従い、つつましく生活していた。その生活の中心には、村の起源と深く結びついた「古の災厄」の物語があった。
幼いアキにとって、その物語は現実というより、遠い昔の絵本のようなものだった。夜になれば、囲炉裏端で祖母が優しい声で語ってくれた。かつて村を襲ったという恐ろしい災厄、怒り狂う自然の力、そして、その災いを鎮めるために捧げられた美しい娘の悲しい犠牲。アキはその度に、幼いながらに胸を締め付けられるような感覚を覚えた。
しかし、成長するにつれて、アキは物語に対して拭えない違和感を抱くようになる。毎年、決まった季節に執り行われる鎮魂の祭り。村人たちは皆、一様に悲しげな表情を浮かべるが、その瞳の奥には、本当に悲しみがあるのだろうか?どこか儀式的で、形骸化したように見えるのは気のせいだろうか?祭りの準備や進行も、まるで台本があるかのように滞りなく進められ、そこに生きた感情の起伏は感じられなかった。
他の子供たちは、古の災厄の恐ろしさを信じ、生贄となった娘を悼んでいた。しかし、アキはなぜか、その物語を素直に受け入れることができなかった。自然は時に厳しくもあるが、同時に豊かな恵みをもたらしてくれる。そんな自然が、なぜ娘一人の命を奪うことで鎮まるのだろうか?物語の辻褄の合わなさが、彼の心の中で小さな棘のように引っかかっていた。
そんなアキにとって、同い年のサユリは特別な存在だった。生まれつき体が弱く、ほとんど家から出られないサユリは、窓の外の世界をいつも憧れの眼差しで見つめていた。アキはよくサユリの家を訪れ、外の出来事を話して聞かせた。サユリにとって、アキの話は閉ざされた世界への唯一の窓だった。
ある日、いつものようにサユリの家を訪れたアキは、彼女が古びた書物に夢中になっているのを見た。それは、村の誰もが立ち入らない古い書庫で見つけたという。表紙も剥がれかけたその書物は、見慣れない文字でびっしりと埋め尽くされていた。
「これ、何が書いてあるんだろうね?」
サユリは目を輝かせながらアキに尋ねた。アキもその奇妙な書物に興味を惹かれたが、村の誰も読めない文字であることは明らかだった。それからというもの、サユリは来る日も来る日も、その古文書と向き合った。持ち前の粘り強さと、外の世界への渇望が、彼女を突き動かしていた。
アキは、サユリが時折見せる難しい顔や、ふとした瞬間の喜びの表情を見ていた。そして、数週間が経ったある日のことだった。サユリは興奮した面持ちでアキを呼び止めた。
「アキ、見て!この文字、村の言葉と少し似ているの!もしかしたら、読めるかもしれない!」
それから二人は、二人だけの秘密の解読作業を始めた。アキは村で語り継がれる古い言葉や言い回しを思い出し、サユリに伝えた。サユリはそれを手がかりに、古文書の文字と照らし合わせていった。気の遠くなるような時間をかけ、少しずつ、本当に少しずつではあったが、古文書の断片的な意味が解読され始めた。
そしてついに、サユリは古文書の中に、村の誰もが知る「古の災厄」とは全く異なる記述を発見する。そこには、悲しい生贄の儀式の代わりに、人々が力を合わせ、知恵を絞り、自然の猛威に立ち向かった記録が克明に記されていたのだ。
サユリはその発見を、息を切らしながらアキに伝えた。アキは、サユリの言葉を聞き、鳥肌が立つような衝撃を受けた。長年、心の奥底で感じていた違和感が、ついに明確な形を伴って現れたのだ。
「そんな……じゃあ、あの物語は……嘘なの?」
アキの声は震えていた。サユリもまた、信じられないといった表情で古文書を見つめていた。二人の間には、驚愕と同時に、これまで感じたことのないような、小さな勇気が芽生え始めていた。村の誰もが疑わない物語の裏に、隠された真実があるかもしれない。その可能性が、二人の心を静かに、しかし確実に捉え始めたのだ。それは、まだ誰にも気づかれていない、二人の秘密の探求の始まりだった。
アキとサユリの小さな発見が、村の根深い物語にどのような波紋を広げていくのか、そして二人がどのようにして禁断の領域へと足を踏み入れていくのか