幼馴染の勇者は王女と結婚すると思っていた
よくある典型的パターンをやってみた。
幼いころは平和だった。
『ミモザが好き。大きくなったら結婚しようね』
『うん。ミモザもセイジュが好きだから結婚したい』
ほぼ毎日のように話し合って、それを微笑ましげに近所の人たちに見られていた。ずっと、そのまま続くと思っていた。
だけど、セイジュが成長すると美形と呼ばれる顔立ちでいろんな女性に色目を使われるようになってから雲行きが怪しくなり、それは収まることはなく、セイジュが勇者に選ばれた時に一気に加速した。
「セイジュさまと結婚を誓い合っているそうね」
罪人のように引っ張り出されて、連れて行かれた場所でいきなり言われた言葉。自分の周りには武器を手にして冷たい視線を向けてくる兵士と、そんな兵士を従えて上座に佇む綺麗な女性がいた。
「身の程を弁えて、セイジュさまの前から姿を消しなさい。ああ、そうね。もし、従えなかったら……貴方の住んでいる村には足腰が弱まって家で細工物を作っている父親と貴族の家で調理の下働きをしている母親がいるそうね」
彼らがどうなってもいいのかしらという聞こえないはずの言葉が聞こえた気がした。
「…………分かりました」
それに対して、私はそれ以外の言葉など持っていなかった。頼りにしている幼馴染は魔王討伐の旅に出ていて今そばに居ない。私自身はただの村娘で一国の王女に逆らう力などなく、王女の言葉に従って、セイジュと二度と会えないようにはるか遠くの地に罪人のように連れて行かれて、そこで暮らすのみ。
…………殺されなかっただけでもマシだと思わないと。
そんな私の心を慰めてくれたものは、新たに住み始めた村での生活。貧しいが親切な人が多かったことと故郷で見たことがある鳥が新しい村でも飛んでいて、時折、住んでいる家の窓枠に留まって可愛く餌をねだってくるのを見ることだった。
そんな感じで、日々過ごしていたら無事魔王が討伐されたという情報が早馬のごとく駆け巡った。
「勇者はグロージュ王国の王女さまと結婚するらしい」
貧しい村でそんな話を聞いて、ようやく私は自分がグロージュ王国ではないところに送られたのを知った。
「それはめでたい」
他国の貧しい村にもそんな噂が広がって、めでたいことだと喜んでいるのを尻目に、私一人だけそんな噂を喜べずに噂を耳にするとそっと家に引きこもった。
チッチッ
そんな私の傍を鳥がそっと近づいて首を傾げるように見つめてくる。
「慰めてくれるの? ありがとう……」
偶然なんだけど、そんな風に思えた。
セイジュの事を思うと今も胸が苦しくて、引き離された家族の事を思うと辛くて、
「帰りたい……会いたい……」
でも、会いに行ったら家族がどんな目に合わされるか……。
「あいたいよ……セイジュ……」
弱弱しく僅かな音でかき消されそうな押し隠した思いがポロリと零れる。誰にも私の言葉が聞こえないからこそやっと漏れた言葉。
「ごめんね……」
唯一聞いていた鳥に謝る。
「誰にも言わないでね」
鳥が誰に言うというのかと言われそうだったがついそんなことを言ってしまうのはきっと孤独に耐えきれず押しつぶされそうな心を吐き出したいからだろう。
そんな楽しそうに語る噂から避ける日々を過ごしていたが、
「まさかな……」
「ああ、なんてことだ……」
「神は残酷な事をする……」
ある日突然楽しそうな話題から心痛そうな顔で言葉少なくなっていく光景が見られた。
「どうかしましたか?」
何かあったのか。こんな暗い表情……。
(誰か病気かケガをしたとか……? それとも何か壊れたか……)
貧しい村だ。何か起きると一気に苦しい生活になる。
「ああ、ミモザ。いや、勇者さまがな……」
勇者の帰還を大々的に行ってグロージュ王国は大盛況だった。多くの国賓が招待されてお祭り状態だった。勇者一行が現れるまで。
やっと帰還した勇者は魔王によって呪いを掛けられて治癒も出来ない状態で、綺麗な顔は潰されて醜く歪み、身体が不自由になって、仲間に支えられながらの帰還。
結婚するはずだった王女はその勇者の様に悪し様に罵ったのだ。すぐに取り繕おうとしたが、その王女の醜悪さはすでに皆見てしまい、取り繕うとしても白い目で見る。
そんな視線に耐えられなかったのか王女はなおも失言をして、
「勇者には婚約者がいたのに脅迫して別れさせたのにと叫んだとか」
「綺麗な顔立ちの勇者だから傍に置くつもりだったのにあんまりだとか嘆いたとか……」
王女の失言に王が慌てて王女をその場から退場させ、病気だったと言い訳をしたのだが、勇者の婚約者に対しての発言を聞かなかったことにはできずに、外交にも影響は出るだろうと。
「別れさせられた婚約者はどんな気持ちだろうな……」
「魔王を討伐して大ケガや呪いまで受けて、婚約者がいなくなっているなんてな……」
「って、ミモザ。どうしたんだ。顔色が悪いけど……」
顔色が悪いなら家で休んでいなと声を掛けられて家に戻される。だけど、家に戻ってすぐさまカバンを取り出して荷物を詰めていく。
会いに行かないと。
「セイジュっ…………!!」
早く、早く会いに……。
「――ミモザ」
ふと声がした。誰もいないのに……。
「幻聴……」
セイジュの声にそっくりだった。早く会いたいからそんな幻聴が聞こえたのだろうか。
「ミモザ」
ふわっ
身体を包み込む感覚。誰かの気配。いや、誰かではなく……。
「セイジュ?」
呼んで確かめるとそこにはセイジュがいた。
「ミモザ。会いたかった」
転送術であっという間に来たのだろう。セイジュなら出来る……。いや、それよりも……。
「呪いを受けたって………、大ケガで歩く時支えてもらわないといけないって…………」
セイジュは変わっていなかった。いや、若干大人びたけど、それくらいだ。呪いに関しては分からないけど、ケガなどない。
「ああ。――権力を使ってミモザを脅して一人でこんなところに送り込んだ女に対する嫌がらせ。まあ、でも、呪いは若干あったよ」
「えっ⁉」
「俺の前では醜悪な本音をさらす呪い。人間に失望しろと思ったんだろうね。まあ、王女たちが晒した後に解除したし、呪いの影響で治癒魔法が効きにくくなっていたから解除したら元に戻ったけどね。これで、害虫を駆除できるなら万々歳だし」
そっと抱きしめる手が強くなる。
「俺からミモザを奪ったやつにもっと苦しみを与えたかったけど、それはこれからの世間の評判というやつがしてくれるだろう。…………辛い目に合わせてごめん」
頬を撫でる手。どうやら泣いていたようだ。
「お義父さんやお義母さんには連絡してミモザが行方不明になった理由も説明したから。ミモザを苦しめた国はいらないともう少したったらこの村に移住するから」
ミモザが気に入っているみたいだしと笑って告げるので、
「なんで……分かるの……?」
「それは……」
セイジュが指差すのは窓枠に留まっている鳥。
「あの子は使い魔。ずっとミモザの様子を窺っていたんだ」
だから全て知っているんだ。でも、助けられなくてごめんねと謝ってくる。
「そうだったんだ……」
だからずっと見守ってくれているような気がしたのか。なんか腑に落ちた。あと、助けられなくてごめんと謝ってくるけど魔王討伐の旅をしていたのだこちらまで気が向かないのは当然だ。
「戻ってきてくれただけで嬉しい」
嬉しくて抱き付いたまま告げると、セイジュがほっとしたような感じで、
「よかった。こんなひどい目に合わされたのは俺のせいだと責められるかと怖かったんだ……」
変なの。魔王を倒しに行ったのに私の言葉が怖いなんてと………ついくすくす笑うと、セイジュも、
「やっと帰ってこれた」
と嬉しそうに安堵したような言葉を漏らしたのだった。
その後、無事に家族と合流して……というか故郷のみんなが移住して、セイジュが勇者の力を応用して、気が付くと貧しい村を脱却していくなんて未来が訪れるなどと知らない。
その頃には私もセイジュと夫婦になって、子供に恵まれているなどと言う未来もまた今の私には知らない未来であった。
祖国はその後国交に影響が出て、じわじわと弱っていきます。
実はセイジュはストーカーで常日頃ミモザの様子を窺っていて、ミモザにアプローチしようとした男はすべて脅してきた。