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第二章 ①

 クレイバは宇宙研究所内のロケットがよく見える丘に埋葬された。

 あの電話の直後、僕はエステリアの兵士と一緒に打ち上げ台の制御室に行った。

 彼はそこで血を流して倒れていた。

 彼の体はまだ暖かかったが、既に息をしていなかった。エステリア軍の兵士が心臓マッサージを必死にしてくれたが、クレイバの心臓が再び動くことはなかった。

クレイバが亡くなったなんてとても信じられなかった。

 僕は丘から見える風景を眺めてそう思った。

 ロケットの発射台を囲む緩衝地帯にはただ草原が広がっている。それが緩やかな風になびいているのが見えた。

 まだ生きているんじゃないか・・・・・・あのクレイバのことだ、ひょっこり戻ってくるんじゃないんじゃないだろうか? そして、また長々と日本のアニメの話をするんじゃないだろうか?

「・・・・・・」

 埋葬に立ち会ったのは僕と宇宙研究所に駐在しているエステリア軍の兵士と、今朝、宇宙研究所に辿り着いた十数人の職員と研究員だけだった。その中には所長もいなかったし、アーニャもいなかった。彼らを含むブルータに住んでいる宇宙研究所の職員は、まだ宇宙研究所に来ることはできていない。ブルータは既にゼルブ軍の影響下にあるため、住民の移動は厳しく制限されているのだろうとカーデフ少佐は言っていた。

 時折、クルフ市街からミサイルの着弾する音や砲撃の音が聞こえてくる。クルフ市街地にゼルブの陸軍部隊が入っており、エステリア軍と戦闘になっているらしかった。

ミサイルの音を聞くたびに平和だったこの国が戦時下に入ったことを認識させられる。緊張させられ、生命の危機さえ感じさせられた。

 クレイバは黒いプラスチックの袋に入れられ、トランペットの音と共に深く掘られた長方形の穴に彼は安置され、土を被された。そして木で作られた十字架がそこに建てられ、エステリア軍兵士は彼の墓に向かって最敬礼を行った。

 クレイバは軍人ではなかったが、彼の勇気と犠牲に敬意を払っての敬礼なのだと思う。だけど、そんなことをされても彼の命が元に戻ることはない。虚しさが残るだけだった。

 僕は強く唇を噛んだ。

 涙がこぼれ落ちた。

 もう、友には会えないのだ。二度と会えない。

 親友に僕はもう会えない・・・・・・。

 なんてことだ。なんてことなんだ!

 既にこの戦争で犠牲者が出ている。正義がなく、不条理がまかり通っている。僕は正義でないことを許せない性格だ。だから今のこの状態は本当に許すことができなかった。いったい、この状態はなんなんだと思う。

 テレビのニュースによれば、東の国境、北の国境、南の海からの攻撃が十万のゼルブ軍によって同時に行われているという話だった。首都のカーフにもミサイルによる攻撃が行われており、ニュースの画面には、普通の集合住宅がミサイルによる攻撃を受け、無残に破壊された映像が繰り返し流されていた。

 あんな攻撃を受けて無事でいられる訳がない。

 今この一瞬にも、多くの人が亡くなっている。ゼルブに命を奪われている。

 決して許されることではない。いい訳がない。

 カーデフ少佐の声が聞こえた。

「さあ、行きましょう」

 葬儀が終わったのだ。

 そして葬儀に参加していた人間は管理棟へ向い始めた。

 砂利を踏む音が至るところから聞こえる。元々ロケット打ち上げ台と管理棟を繋ぐ道は草原が広がる緩衝地帯に敷かれた舗装の道路だったが、昨日のミサイルによる爆発で砂利や土が飛ばされてきたのだろう。まるで砂利道のようになっている。着弾による直径十メートルはあるクレーターが幾つも見え、その爆発の凄まじさが伺えた。

 人間はどうしてこんな破壊力のある兵器を作ったんだ・・・・・・。

 クレイバの遺体には石が当たった跡がいくつもあったと軍医の人が言っていた。その一つはクレイバの左足を打ち砕き、頭蓋骨を陥没させ、あばら骨を折った。クレイバはその体で打ち上げ台まで歩いてゆき、ロケットの照明を消したのだ・・・・・・。

「クレイバ・・・・・・」

 君がいなくなって、あの長いアニメの解説が聞けなくなると思うと寂しくならない。そして悔しくてならない。

 くそっ、なんでクレイバは死ななければならなかったんだ。やりたかったことはいっぱいあったはずだ。日本のアニメをもっと見たかったはずだ。なのにゼルブの攻撃に巻き込まれて死んでしまった。

今回のこの戦争は侵略であり、犯罪だ。正当な理由がどう考えてもない。ゼルブのラーケン大統領が言う「NATOに入ろうとしていたから」というのは、理由として一ミリも共感できない。エステリアはれっきとした独立国家で、ゼルブの属国ではない。ゼルブの考え方をエステリアに押し付けるのはおかしい。

 むしろ傀儡国家を周辺国に打ち立て、他国に軍事的背景に圧力を掛けているゼルブに対して、何の危機感を覚えない方がおかしい。NATO加入検討をしない方がどうかしている。

 この戦争は犯罪だ。ただの侵略だ。どす黒い人間が起こした非道としか言い表せない行為だ。エステリアの新聞やテレビはゼルブ軍のことを最近、テロリストと呼んでいる。その呼び方が適切だと僕も思う。そしてその侵略者によって、クレイバを含めて多くの罪のない人間が無差別に殺されている。本当に許せない。

 僕は唇を強く噛んだ。

「大丈夫か?」

 ふと声がした。僕は声がする方を見た。

 三十歳前の若い男の兵士が僕の隣に歩いていた。指令室で昨晩、カーデフ少佐と前線の連絡を繋いでいた兵士だ。エステリア語の発音が少し変わっていた。おそらく歳は僕と同じくらいだ。小柄であるものの、がっしりとした体格で、端的な言い方をし、表情はほとんどない。真面目なのだろうが、少し他とは変わっている感じがする。

「すぐは無理だと思いますが・・・・・・大丈夫だと思います。えっと・・・・・・」

「ディビットだ。クレイバとは仲が良かったのか?」

 彼の口調は淡々としたものだった。

「良かったと思います」

 僕はそう答えた。

「そうか」

 砂利を踏む音が聞こえる。

「我々はお前の代わりにそいつの仇を取る」

「・・・・・・」

 その言葉に驚いて、僕はディビットの顔を見た。

 彼は真っ直ぐ前を向いて歩いていた。そして彼独自の淡々とした口調で言葉を続けた。

「自分はエステリア人ではなく、隣の国のプロアーナの出身だ」

「プロアーナ・・・・・・」

 突然予想外の国の名を聞いて一瞬戸惑ったものの、すぐにディビットの言葉の背景が分かった。プロアーナもまたゼルブに侵攻された国だったからだ。プロアーナは東欧の小国だ。ゼルブ共和国南部に隣接したその国家は五年前くらいから、ゼルブの傀儡が政権を握っている。無論、民主的にではない。ゼルブ軍が介入して、クーデターを起こしたのだ。

「あのとき、多くのプロアーナ人がゼルブを中心としたクーデター軍に殺された」

「・・・・・・」

 目の前に司令部のある管理棟へ戻ってゆくエステリア軍の人間と宇宙研究所の人間が見える。皆、何も語ることなく、ミサイルによる大きなクレーターが点在する草原の道を歩いていた。

「当時エステリアに留学していた俺は難を逃れた。だけど、それ以来、故郷に帰ることができていない」

 ディビットは突然立ち止った。僕は振り向いて彼を見た。

「エステリアに侵入したゼルブ軍は全て叩き潰す。エステリアが抵抗し、ゼルブを退けることができれば、ゼルブの支配下にあるプロアーナに勇気を与えることができる。プロアーナの解放にも繋げることができる」

 彼はそう語った。

 ゼルブ共和国は世界有数の軍事国家だ。実際、奴らはたった一日でクルフ市街まで侵攻してきている。国境から三百キロの距離にあるにもかかわらずだ。それを考えると、ゼルブ軍を叩き潰すことはそう簡単なことではないだろう。

 だけど信じたかった。

 そうなるべきだと思う。なぜならば、正義はゼルブにはなく、エステリアにあるのだから。

 宇宙研究所管理棟の前の広場に軍物資を運ぶトラックや車両が次々に入ってくるのが見えた。おそらく砲弾や弾薬、それに水や食料が運ばれているのだろう。そしてそれらの物資は別の小型トラックに乗せ換えられ、ゼルブ軍との戦闘の最前線となっているクルフ市内に各地域へ運んでゆくのだ。

「・・・・・・」

 一昨日までは普通の街だったクルフ市内は今やゼルブ軍の攻撃対象に変わってしまった。クルフ市街の方向から爆発音が止むことはなく続いている。その音の度に誰かが死んでいるのだ。亡くなっているんだ。

 この戦争を起こしたゼルブのラーケン大統領とゼルブを僕は絶対に許せない。

 奴らはクレイバを殺した。クレイバだけじゃない多くの人間を殺している。絶対に裁かれなければならない。彼らは絶対にその代償を払わなければならない。

 ふと夕日の中で金髪のポニーテールが揺れているシーンが思い出された。

 アーニャ・・・・・・。

 無事でいるのだろうか・・・・・・?

 突然、クルフ市内の方向からひときわ大きい爆発音が聞こえた。少し遅れて、空気が大きく揺れた。

「くそっ、テロリストめ!」

 ディビットが叫んだ。

 僕はクルフ市街の方向を見た。煙が空に向かって立ち昇っていた。

 ゼルブのミサイルが着弾し、爆発したのだ。




「大統領がカーフから逃げ出した?」

 僕は興奮してまくし立てている小太りの中年男性に聞き直した。

 そのエステリアの男の人は怒りまくっていた。

 僕は今自分たちのいる宇宙研究所の製造棟の中を見渡した。クルフ市街から避難してきたエステリア人が大勢いる。ざっと千人以上はいるんじゃないだろうか。周りエステリア人は皆同じようなことをお互いに言い合って、怒りをエスカレートさせていた。

 まさかと思った。

 彼らはSNSで読んだと言い、あっと言う間に他のエステリア人に広がっていったようだ。それは、首都カーフへのミサイル攻撃が激しさを増していることから、大統領はカーフの陥落が近いと判断し、エステリア西部に移動したというものだった。他のSNSには、米国政府がエステリア大統領に国外に出て亡命政府を設立するように言っているというのもあったらしい。

「信じられない! 我々を見捨てて、自分だけ安全なところに逃げるなんて、何を考えているんだ!」

「我々の大統領は能無しだった! くそっ、だからコメディアンが大統領になるなんてことに俺は反対したんだ!」

「政治経験のない奴らに政治を任せたことが、そもそもの間違いだった!」

 僕もそのSNSを読んだが、何の根拠を示しておらず、ただのガセネタにしか見えなかった。信じる人がいるとは思えなかった。そもそも最高機密級のエステリア政府の移設がSNSに漏れていること自体、変な話だ。

 確かに戦況は依然エステリアにとって厳しい状態だったが、制空権をゼルブ軍はエステリアから奪えない状況が続いており、ゼルブ軍は予定していた戦果を上げられていない。これはアメリカの戦略研究所の解析だ。実際、首都のカーフはミサイルの攻撃を受けているものの、未だゼルブ軍に墜ちていない。クルフ市街でもゼルブ軍との戦闘は続いているが、陥落はしていなかった。

 侵攻前に供給されたアメリカ軍兵器の効果があったとか、民間ドローンの緻密な偵察のお陰だろうという話もあったが、どこまで本当か分からない。カーデフ少佐に聞いたところ「民間ドローンは実際に使ってますよ」と相変わらずの腰の低さで丁寧に答えてくれた。貢献はしているようなことも言っていた。

 いずれにせよ、戦略研究所の解析と現実に起きていることを合わせて考えると、エステリア大統領が首都のカーフから逃げる必要はなく、そのSNSはガセと思っていいと思う。だけど、そんなガセネタがあっと言う間に広がってしまうのは、エステリア人が不安にさいなまれている証拠なのだろう。

 戦争が始まって四日が経った。

 製造棟はロケットの組み立てが終わり、発射台に移動されたばかりだから、その広い空間にクルフ市街から避難してきた多くのエステリア人を収容することができている。が、床は硬く、プライベートはなく、生活するにあたって決していい環境とは言えない。しかも、避難民の数は日に日に増え続け、人口密度は上がり、大人も、子供も、年寄も皆、疲労し始めていた。

「民間の家やアパートがゼルブ軍のミサイルで破壊されている。軍の施設なんてないところだ」

「大勢の人間がゼルブ軍に殺されている。奴らがやっていることはジェノサイドだ!」

「奴らはクルフ市内の店に押し入り、強盗まがいのこともしている!」

「ゼルブ軍に敵対している態度だと言われて、多くの民間人が彼らに連れていかれた。女性も連れていかれている!」

「我々が何をやったっていうんだ!」

 彼らの口から出る言葉はこの戦争の異常性と悲惨さを物語るものばかりだった。

 ゼルブ軍のやっていることは本当に理解できない。過去、彼らは多くの紛争を起こしてきたが、今回の侵略は、それらの紛争と比べ、桁外れに大規模なものだ。日本の二倍もの面積がある国を北と東と南のから、同時に十万の兵で攻撃を仕掛ける侵攻は、第二次世界大戦後の歴史の中で記憶がない。

 市民もエステリア軍も関係なく攻撃して、財産を奪い、そして人を殺して、そこにいったい何が残ると言うんだ。

 土地だなんて言わせない。

 この戦争には正義がない。

 本当に正義がない。

「・・・・・・」

 僕は製造棟の外に出た。腕時計を見るともう夜の八時になっていた。

 当然、ロケットはもうライトアップされていない。クレイバがライトを消してから、そのままだ。だけど夜の暗闇の中でもその存在はうっすらと認識できる。曇った夜の空にロケットの存在は感じ取れた。

 本当にロケットというのは存在感があるものだ。

 打ち上げがいつになるのか、分からなくなったロケット。

 そのロケットもいずれゼルブ軍のミサイルによって破壊されるかもしれない。

 それは考えたくもないことだった。

 僕はあのロケットを打ち上げたい。

 宇宙研究所のメンバーで一緒に打ち上げたいと思っている。

「くそっ」

 だけど、所長、アーニャを含めた多くの宇宙研究所の所員が、未だに連絡が付かない状態になっている。彼らが住んでいるブルータという街は、侵略当日にゼルブ軍の管理下に置かれてしまっている。連絡が付かないのは、おそらくそのためだろう。ゼルブ占領下のブルータの街の様子が全く分からないから、本当に心配だ。

 食料はあるのか?

 水はあるのか?

 電気はあるのか?

 治安はどうなっているのか?

 ゼルブ軍は攻撃してくるのか??

 暗くなった空を見ながら、僕は今朝のニュースを思い出していた。

 ゼルブの大統領が侵攻後、初めて公の場に出たのだ。

 二十年も大統領の職に居座り、ゼルブの統治を行っているその男は、既に七十歳を過ぎていて、疑心暗鬼のためなのか常に鋭い眼光で周りを警戒し、治安警察を使って国民を黙らせ、軍部の力で国民を支配下に置く独裁者然とした人間だった。

 とは言うものの、彼の国民からの支持は常に八十パーセントを超えている。支持しないことによる治安警察に目を付けられるリスクを考えると、支持すると答えるのが無難だと国民は思っているのかもしれない。

 ニュースの中のラーケン大統領はいつも以上に苛立っている顔に思えた。

「エステリアはアメリカ、西欧の言いなりになってNATOに加入しようとしている。エステリアは騙されている。これは見過ごすことのできない事実だ。アメリカ、西欧の間違った影響から、我々は兄弟国であるエステリアを救わなければならない」

 侵略を正当化する自分勝手な主張を繰り広げていた。

 そもそもエステリアのNATO加入反対というはなんなんだ? それを救うというのは、言うことを聞かない国を占拠し、ゼルブの傀儡政権を置くというお得意の行動パターンを示しているだけじゃないのか?

 本音を言ったらどうなんだ。

 見ていて、本当に不愉快に思った。


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