第一章 ⑤
僕らは宇宙開発センターに入って驚いた。
夕方にはなかった光景が広がっていたからだった。
宇宙開発センターの敷地には、武器や機材が入っているだろう軍関係のトラックや装甲車が何台も停まっており、その中には戦車もあった。忙しそうにエステリア軍の兵士が動いているのが見えた。
本当に戦争が始まったのだと思った。
警備室の人間曰く、四階建ての管理棟の全ての会議室と空きスペースがエステリア軍に接収されたらしい。レナード所長は警備側でも連絡が付かず、接収に関しては発布された大統領令に従ったのだと言っていた。
かなりの範囲でゼルブ軍のジャミング攻撃による通信障害が発生していると カーデフ少佐は言っていた。
さっきからアーニャに電話を掛けても繋がらないのはそのせいかもしれない。アーニャはまだ宇宙研究所に着いていない。彼女の家はクルフ市の外れにあるブルータだから、一時間弱の時間が掛かる。もうそろそろ着く頃だろうとは思う。
大会議室では、エステリア軍の作戦本部を置くための作業が、多くの兵士によって行われていた。慌ただしい状態だった。大量の配線が床に敷かれ、その脇で大量の液晶モニタが、壁際に組み立てられている棚の完成を待っている。見慣れない機材も多く運び込まれ、段ボールから取り出され、結線され、兵士が動作確認に入ろうとしていた。
「電源は外部から供給経路と、五台からなる自家発電からの供給経路があります。外部電源は我々のいる事務棟向けで、自家発電はロケットの制御、打ち上げ向けですが、自家発電の電力も廻せるようになっています」
「五台!」
「ええ、ロケットの打ち上げにおいて、落雷で突然電源供給できなくなる状態を避けるために用意しています」
僕とクレイバは設備関係のヒアリングを受けていた。なにせ宇宙開発センターの研究員は、今現在、僕とクレイバしかいなかったから、いろんな人がいろんなことを聞いてくる。僕らが分からないことも含めて。
「そうですか、自家発電が五台もあるのは助かります。迎撃ミサイルは用意していますが、敵が狙ってくるのはまずはインフラ関係ですので」
カーデフ少佐はそう答えた。
僕は気になっていたことを聞こうと思った。
「あの、ゼルブ軍はいったいどこまで来ているんでしょうか・・・・・・?」
さっきのヘリコプターを思い出した。
遠い距離にいるとは思えなかった。
「ゼルブ軍の動きは早いです・・・・・・」
そう言ってカーデフ少佐は言葉を止めた。
さっきは暗闇でよくは分からなかったがカーデフ少佐という人は、軍人というよりは、むしろ紳士という感じで、なんだか頼りないようにも見えた。とは言え、今の状況で頼れる人はカーデフ少佐しかいない。
僕は、彼が言葉を止めたことに嫌な予感がした。
「ゼルブ軍はどこまで来ているんですか?」
もう一度聞いた。
「既にクルフ市郊外ブルータまで来ています」
「え!」
僕は思わず大声を上げてしまった。
近すぎる! ここから二十キロもないじゃないか! だからここ、エステリアの宇宙研究所が前線基地に選ばれたのか!
「そうだとしたら、レナード所長はもう・・・・・・」
クレイバの声だ。僕には彼が次に言わんとする言葉が分かった。レナード所長はゼルブ軍の行軍に巻き込まれているかもしれない。彼が住んでいる場所は、まさに国境側のクルフ市郊外だ。それにアーニャも同じ地域に住んでいる。
だとしたら・・・・・・。
僕は発狂しそうになった。自分の頭に過ったことを今すぐ消し去りたかった。
「アーニャ・・・・・・」
駄目だ。そんなことを考えちゃ駄目だ。
僕は自分のスマホを取り出し、アーニャの電話番号に電話を掛けた。手が震えていた。僕にはその震えを止めることができなかった。そして電話はコールを続けるだけだった。もう一度掛けた。もう一度掛けた。
「くそっ」
彼女が電話に出ることはなかった。
「大丈夫だ。大船サン。きっとアーニャは大丈夫だとクレイバは思う」
「・・・・・・」
「だって、あのアーニャだよ? どんなときも機転が利いて、何が正しいか知っている。彼女はこの宇宙研究所でも指折りの賢い人間だ。彼女はどんな状況だって生き残ることができる。クレイバはそう考える」
「・・・・・・」
そうだ、アーニャはどんなときでも間違った選択はしない。会議で毅然と自分の意見を言う彼女の姿を思い出した。彼女はいつも正しかった。ロケットで問題が発生しているときでも、格好が良かった。確かにそうだ。
僕は頷いた。もう一度頷いた。
「そうだな。彼女は君が言うようにしっかりしている。僕らなんかより全然、しっかりしている。彼女はどんな状況でも絶対に生き延びる」
突然、爆発音が聞こえた。その音はクルフ市街の方向から聞こえた。その音が次々に聞こえてくる。まるで花火大会のように連続して打ち上げているような感じの音だった。終わりがないかのように続いていた。
僕らは息を呑んだ。
今、起きているだろう現実を本当に否定したかった。
「何の音だ!」
カーデフ少佐が叫んだ。
「クルフ市駐在の部隊から連絡です! ゼルブ軍がクルフ市街の爆撃を始めたそうです!」
無線のような卓上の機械の前に座っていた兵士が叫んだ。
その声は悲痛なものだった。花火なんかじゃない。何かが破壊され、誰かの命が奪われている音なのだ。
「くそっ、ゼルブの奴らめ!」
「どうして市街地を狙うんだ!」
「市民がいるんだぞ!」
会議室にいた大勢の兵士が口々に叫び、怒鳴った。怒りに震えていた。
「爆撃機は何機だ? レーダー車で確認できるか?」
カーデフ少佐は無線の兵士に聞いた。冷静な声だった。周りがゼルブ軍への怒りの渦に巻き込まれている中で、彼はそれに飲まれていなかった。今、行動すべきことを正しく判断しようとしているように見えた。
「中型二機だそうです!」
「誘導ミサイル飛ばせるか?」
「飛ばせます!」
別の兵士が答えた。
「了解。ミサイル準備にどれくらい掛かる?」
「十分以内に」
「よし! 準備完了したら、連絡をくれ!」
カーデフ少佐が次々に指示を下していった。
その指示は非常に的確に見えた。頭の回転は凄まじくいい人間のようだった。頼りないように見えると思ったことは撤回しないといけない。
複数の液晶モニタが組み立て式の棚に次々に並び始めた。そしてそれらの一つ一つに配線のコネクタが繋げられた。配線の一部はパソコンに繋がれ、そのパソコンには外からのケーブルに繋げられたようだった。おそらくさっきのレーダー車とかに繋がっているのだろう。
モニタに画像が出た。 空からの映像だった。ドローンから映し出されるクルフ市街の様子のようだ。
他のモニタにも別の地域の映像が映し出された。
「あっ」
誰かが声を出した。
夜の暗闇の中、爆撃され、炎上している集合住宅が映し出された。
赤く、オレンジ色にメラメラと揺れる炎が見えた。
「なんてことを・・・・・・」
許せないと思った。僕だけじゃない。ここにいる大勢の人間が、そう思ったに違いなかった。あの集合住宅には人がいたはずだ。そしてその人たちは今、この瞬間、炎に苦しみ、命を落としている。
辛いはずだ。苦しいはずだ。
「くそっ!」
正義がない。この戦争はなんの戦争なんだ! 何が目的の戦争なんだ! エステリアのNATO加盟に反対だからと言って、これはやっていいことではない。ただの犯罪だ。国家レベルで行っているテロだ。
「少佐! 誘導ミサイル準備整いました!」
「爆撃機は?」
「一機はイエール地区を爆撃しています。一機は市内中心を抜けて旋回をしています。再度中心街に爆撃をするつもりなのだと思います」
レーダーを見ている若い女性兵士の声は怒りで強張っていた。
当然だ。
「まずは旋回している爆撃機から撃て!」
カーデフ少佐は怒鳴った。命令を受けた男の兵士は、それを無線で実際にミサイルを発射する兵士にそれを伝えた。
「確認取れました! 三十秒以内に発射します!」
そう言った数十秒後にシュボッという大きな音が鳴って、研究所の敷地から一本のミサイルが発射された。窓から眩いばかりのミサイル発射の閃光が見えた。
ミサイルが飛び、すぐに辺りは夜の世界に戻った。
誰も何も言葉を口にしなかった。レーダー画面が映し出されたモニタを黙って見ていた。しばらくの無言の時間があった。
「命中です!」
レーダーを見ていた若い女性兵士が言った。
おおおという声が聞こえた。
「もう一機はどうなっている?」
「イエール地区を抜けて北に向かっています」
「了解。続けてもう一機に誘導ミサイルを発射するように伝えてくれ」
すぐに回答が返ってきた。
「三十後に発射するとのことです!」
今度はすぐにミサイルが閃光と共に発射された。そしてしばらく時間が経ってから、レーダーを見ていた女性兵士が、両手をパンと打った。
「命中しました!」
「よし!」
大会議室にいるエステリア軍兵士から歓喜の声を上げた。ガッツポーズをしている者までいる。自分達の国が突然、隣の国に攻め込まれ、ましてや一般住宅を爆撃されたのだ。その敵の爆撃機を撃ち落したとなれば、当然の反応だろう。
カーデフ少佐の声が飛んだ。
「ドローンの情報からクルフ市街に近づいている敵の陸上部隊の場所を割り出して、容赦なくミサイルを撃ち込むんだ! それと敵は制空権をまず取りにくるはずだ。レーダーにゼルブ軍航空機が見えたらすぐ報告してくれ」
「了解!」
カーデフ少佐の部隊の兵士が一斉に返事をした。
続けて彼は僕ら向かって言った。
「敵は今の我々の攻撃で、この宇宙研究所にエステリア軍の拠点があることが知られてしまった可能性があります」
そう言うとカーデフ少佐は夜の暗闇にライトアップされるロケットに目をやった。そして再び僕とクレイバを見た。
「あなた方にあのロケットのライトアップを消すことをできますか? このまま点灯し続けることは、この場所の防衛上、好ましくはありません」
クレイバが首を横に振って答えた。
「残念ながら、この管理棟からは消せないとクレイバは覚えている。打ち上げ台の制御室まで行って電源をOFFすることが必要だ」
「僕が行こう」
僕がそういうとクレイバは首を横に振った。
「いや、クレイバが行くよ。あの場所はクレイバの方が詳しい」
彼の飄々とした声が聞こえた。
確かにクレイバは打ち上げ台の制御室でエンジンテストを担当していた。エンジンの設計者の僕なんかより、制御室のことを知っている。
「護衛を付けましょう」
カーデフ少佐はそう言った。
「自転車で五分の距離だし、いいよ。クレイバはすぐに帰ってくる。僕なんかより、クルフの街を守ることに専念してほしい」
そう言って、カーデフ少佐の返事を待たずして、スタスタと会議室の出口に向かって歩いていった。うーん、この人は本当にマイペースだな。
彼は足を止めた。そして踵を返し、僕のところに戻ってきた。
「?」
「大船サン、アーニャはきっと大丈夫だと思う。心配しなくていい。クレイバは、アーニャを心配する大船サンが心配だ」
「えっ?」
いきなり何を言っているんだ?
アーニャと僕はそもそもそんな関係じゃない。確かに僕はアーニャに憧れているし、正直に言えば、好きだ。だけど、この目の前の、自分のことをクレイバと連発する変なマイペースの人間に話したこともないし、ましては悟られてないようにしていた。
「何を・・・・・・」
「クレイバは何でも知っているのさ。今の時代はネットで調べれば、なんでも分かる時代だからね」
「分かるか!」
僕の反応にクレイバはニヤニヤと笑っていた。
「人が人を好きになることは何も恥ずかしいことじゃない。クレイバはそう思う。それは自然なことだと思う。大船サンはもっと積極的になるべきだ。失敗を恐れているのか? 失敗を恐れたら駄目だ。大船サンは今度アーニャと無事に再会できたら、大船サンの気持ちをアーニャに伝えるといい。きっといいことが起こる」
「考えておくよ」
クレイバの長々とした演説にうんざりして、思わずそう返事をしてしまった。流そうとしてつい言ってしまった。あああ、これじゃ、僕がアーニャのことを好きだと言っているようなものじゃないか!
「おおお、やっぱりアーニャのことが好きだったんだね。クレイバが思った通りだった」
そうだ、この人、もっともらしいことを言って、エステリア宇宙研究所で一番の噂好きだった。あーあ、あっという間に広がるだろうなあ。
「あー、まあ、いっか」
「何がいいんだ?」
クレイバの言葉に僕は苦笑した。
「分かった。僕はアーニャのことが好きだ。必ず今度会ったときに告白するよ」
僕の言葉に彼は笑った。
「それを聞いてクレイバは安心したよ。それじゃ行ってくる」
彼はそう言って、大会議室を出て行った。なんだか颯爽としている。気のせいかすがすがしい。
外から歌を歌う声が聞こえた。日本語の歌だ。なんだか聞いたことがある。
ああ、日本のアニメの曲だ。
クレイバは本当に日本のアニメが好きなんだな。日本語は全く分からないくせに日本語のアニメの歌を歌えるだなんて。なんだか微笑ましい。アニメというのは、そんなに夢中になるものなのだろうか。僕も少しは見てみよう。
「大船サンは好きな人がいるんですか?」
振りかえると少佐がいた。
「あっ、いや、いや、います・・・・・・」
「照れる必要はありません。好きな人がいるというのはいいことです」
カーデフ少佐はそう言った。
「でも、相手は僕のことをなんとも思っていないと思います」
「そうなんですか? でも、さっきの話だと、まだ相手に告白したわけではないのですよね。であれば、チャンスはあると思いますよ」
よく聞いている。
恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだ。
だけど、僕は頷いた。
「まあ、そうですね」
告白しても大丈夫な気がしてきた。成功する気かしてきた。何の根拠もないが、人に話すとは不思議なものだ。不思議な力を与えてくれるときがある。
「ミサイルです!」
僕とカーデフ少佐はその叫び声にはっとした。そしてレーダー画面を見ている女性兵士を見た。
「クルフ市外に陣取っているゼルブ軍から、こちらにミサイルを発射した模様です。着弾まで二十秒です!」
「本当か!」
カーデフ少佐は怒鳴り返した。
司令部は騒然となった。
僕は言葉を失った。何も言えなかったし、何も考えられなかった。退避しないといけない! だけど二十秒弱で何ができるんだ? 例え逃げたとしても、爆発の範囲から逃れられない!
「予測着弾地点は管理棟ではありません」
そう彼女が言い終わった瞬間、閃光と同時に凄まじい音の爆発音が外から聞こえた。ミサイルが着弾したのだ。地震が来たときのように建物が揺れた。
「まだ来ます!」
続けて、激しい爆発音が二回鳴った。近い! だけど、どの着弾もロケットと管理棟の間の緩衝地帯に思えた。
「まだ来ます!」
悲鳴に近い声だった。
さらに三発のミサイルが次々に着弾した。
「・・・・・・」
それもロケットと管理棟の間に着弾したようだ。
だけど、それっきり、ミサイルは飛来しなくなった。ゼルブ軍はエステリア軍の拠点に着弾し、破壊できたと思ったのだろうか? それとも当たらないと思って攻撃をとりあえず止めたということなのだろうか・・・・・・?
「ミラー、ミサイルの発射地点は特定できるか?」
カーデフ少佐はレーダー担当の女性兵士にそう言って聞いた。ミラーという名前なのか。
「詳細は分かりません。クルフ市外のサンザン地区からに思います」
「サンザン地区近く部隊はどの部隊になる?」
「レノア准尉の部隊」
男の兵士が答えた。淡々とした落ち着いた言葉が返ってきた。
あれっ? だけど、なんだか。この人のエステリア語はなんというか、発音が違う。まあ、僕も人のことは言えないのだけど。
「すぐに連絡を入れて、ドローンを飛ばすように連絡を入れてくれ。敵の拠点はその近くにある」
「了解」
僕は彼の顔を見た。なんだか東欧系のエステリア人とは違う。アジアに近い。インドとか、トルコ人とかそんな感じだ。背はそんなに高くないものの、服の上からも筋肉隆々なのが分かる。任務に実直な軍人さんという感じだった。
「ゼルブ軍のミサイル性能が悪くて助かったな・・・・・・これが我々の使っているアメリカ製のミサイルだったら、管理棟に当たっていただろうな」
カーデフ少佐は呟きに何人かの兵士が「そうですね」というように頷いた。
そうか、エステリア軍にアメリア政府が、ゼルブ軍に備えて武器を供給しているという話は本当のことだったんだ。ニュースで確かそんなことを言っていた。
「・・・・・・」
違和感があった。
なんだ、この違和感は・・・・・・。
「クレイバ! 電源を消しに行ったクレイバは!」
僕ははっとして、すぐにそう叫んだ。
僕はクレイバのスマホに電話を掛けた。
コール音が続くだけだった。
その音は僕を激しく動揺させた。
クレイバは爆撃の被害を受けているかもしれない!
タイミングと方向がそう言っている! それはもはや疑いようがない! 重症を負っているか、最悪、命を落としている可能性だってある。
僕は走り出した。そして会議室を飛び出そうとしたとき、カーデフ少佐が僕の行く手を遮った。
「どこに行くんです!」
「外にクレイバがいるんです! 彼と連絡が付きません! 被弾して怪我をしているかもしれません! 彼を救いに行きます!」
「!」
カーデフ少佐ははっとした表情を見せた。
「行かせて下さい!」
「駄目です! 危険です!」
「行かせてください! ミサイルが着弾したところは、彼がいたところかもしれないんですよ? 彼は怪我を負って、倒れているかもしれないのに、このままここにいることはできません!」
「駄目です。大船サン!」
僕は静止する声を無視して、彼の横を通り過ぎようとした。
「大船サン! ゼルブ軍の攻撃がいつ再開するか分かりません、せめてレノア准尉の部隊からの情報を待って下さい! 敵のミサイル部隊の情報を待って下さい!」
彼は通り過ぎる僕の腕を掴んでそう言った。
強い手だった。とても振り切れるものではなかった。
「でも、クレイバは負傷して、生命の危機にあるかもしれないんですよ! その懸念の可能性があるというのに、時間を無駄にすることはできません!」
僕はどうしても引けなかった。
クレイバは話が長くて、噂好きで、その上アニメ好きのオタクだ。いつも彼が話し出すと、そのどこにポイントがあるのか分からない長い話に本当に疲れてしまっている。どうでもいい噂を仕込んでは僕に話してくる。日本の僕の知らないアニメの話を自慢げに話してくる。
「クレイバは僕の大切な友達なんです! お願いです、僕を通して下さい!」
僕はカーデフ少佐に頼んだ。
彼は一瞬戸惑った表情を見せた。そして言った。
「私は責任を感じています。私があなた方にロケットのライトを消すようにお願いしなければ、こんな状況にはならなかったと思っています。私の責任です」
確かにそうだ。
だけどロケットのライトアップは今ここにいるエステリア軍の生命の危機を招きかねないことも事実だ。ライトを消さないという選択はなかった。
「・・・・・・」
カーデフ少佐は言葉を続けた。
「大船サンのお気持ちは分かります。ですが、これ以上人の命が危機に晒されるようなことはできません」
僕は怒りを覚えた。目の前の指揮官に強い苛立ちを覚えた。我慢が出来なくなりそうだった。
「カーデフ少佐!」
「少佐」
僕の言葉を兵士の声が遮った。冷静で淡々とした声だったが、よく通った。今さっき、各部隊への連絡を担当していた兵士のそれだった。
彼は窓の外を指差していた。
僕はその声の方角を見た。
ロケットのライトアップが消えていた。
消えていた・・・・・・ついさっき、そこにあった白く光るロケットの姿を僕らは見ることはできなかった。暗闇にそれは消えていた。
安堵の感情が僕の心の中に溢れてきた。
「よかった、クレイバの奴、難を逃れていたんだな」
僕はその場にへたり込んだ。
「彼は無事だったようですね」
カーデフ少佐が僕にそう声と掛けてきた。
本当によかったと思った。だけど実際の彼は死ぬかもしれない環境に悼んだ。少しでもタイミングが悪ければ彼は死んでいたかもしれない。
「そうですね。彼は無事・・・・・・」。
僕のスマホに電話が掛かってきた。
電話番号を見るとその番号はクレイバのものだった。僕はすぐに電話に出た。
「もしもし、クレイバか?」
「・・・・・・」
スマホからはゼイゼイとした息が聞こえた。息が絶え絶えなのがはっきりと分かる。嫌な予感がした。
嫌な考えが僕の心の中を過った。
「クレイバ! 大丈夫か!」
僕は思わず大声を出してしまっていた。分かっている、あの呼吸音で大丈夫な訳がない。
「・・・・・・」
返事がなかった。
「クレイバ!」
「クレイバはもう駄目みたいだ・・・・・・」
かすれた声が返ってきた。
その言葉は彼の母国語のエステリア語だった。
「目が霞んできた。頭もぼーっとしてきたよ」
「・・・・・・」
「ミサイルが近くに落ちたんだ」
「・・・・・・」
「それに巻き込まれてしまって、クレイバは吹き飛ばされたんだ」
いつものように長々と話さない。
明らかに様子がおかしい。
「頭を強く打ったし、足も折れてしまった。あばら骨も折れていると思う」
苦しそうな声だった。
「クレイバは頑張って発射台の制御室に辿り着いた。そして照明を消した」
「クレイバ、もう何も話さなくていい! すぐに僕がそこに迎えにいく! すぐに治療を始めよう!」
堪りかねて、僕はそう叫んだ。
「クレイバには分かるんだ。もう時間はそんなにないと思う。だから君と話したいんだ。ロケットのライトは消えたから、宇宙研究所もロケットも標的にされにくくなったと思う。僕は守ったんだ。エステリアの宇宙研究所とロケットを・・・・・・」
「そうだ、お前は両方を守ったんだ。お前はヒーローだよ。侵略が終わったら、お前が守ったロケットを宇宙研究所のみんなで打ち上げよう! だから気をしっかり持って、頑張るんだ!」
僕は泣いていた。
泣きながらクレイバに叫んでいた。
「クレイバはロケットを打ち上げてほしいと思っている。僕はもう駄目だけど、よろしく頼むよ」
「何を言っているんだ、クレイバ! 一緒に打ち上げるんだ。みんなと一緒にロケットを打ち上げるんだ!」
僕の本心だった。僕の気持ちが彼に届いてほしかった。
「大船サン、今までありがとう。君とは二年間の付き合いだったけど、クレイバはとても楽しかった・・・・・・」
声がかすれて聞こえ辛かった。
声が弱々しく、僕には何もできない絶望感しかなかった。
「クレイバ・・・・・・冗談は止めてくれ」
荒い呼吸音が聞こえてくる。呼吸が苦しそうだった。
「ははは、残念ながら、クレイバは冗談を言っていないんだ」
「クレイバ!」
「さようなら、本当にありがとう・・・・・・」
掠れた声だった。
それを最後に彼の言葉は聞こえなくなった。
その後は、僕が何度声を掛けても聞こえるのは風の音だけだった。