第三章 ②
「連絡がありました。先遣隊、今、ブルータに到着したそうです」
宇宙研究所管理棟に置かれている司令部にその一報が入ったのは、次の朝の八時頃だった。それを伝えた女性兵士のミラーの声は喜びで感極まっていた。ゼルブ軍に占領されていた北部地域がエステリアに戻ってきたことを認識できた瞬間だったからだ。
「おおお」
安堵の歓声が大会議室に広がった。カーデフ少佐を始め、その場にいたエステリア兵士は手を取り合って喜んでいた。抱き合っている人もいた。涙を流していた兵士もいた。
そして指令部の後ろで見ていた僕も、例えようない感動を覚えていた。この理不尽な侵略戦争の終結が近づいたように思えたからだった。
宇宙研究所からブルータは二十キロの距離で、通常であれば三十分あれば着く距離だが、今回ゼルブ軍によって道路に設置された障害物や地雷を撤去しなければならなかったため、二十時間以上も掛かった。先遣隊はそれを徹夜で行い、司令部も徹夜でそのサポートをした。大変で危険な作業だったはずだ。本当に頭が下がる。
現地と交信しているミラーの動揺した声が飛んだ。
「幹線道路の先にゼルブ軍の部隊を確認したとのことです。距離、三百から四百メートル」
ミラーの言葉は続いた。
「敵の人数は歩兵二十程度。M七二型の戦車が二台、M三五小銃付き装甲車が二台、それと三台のトラックの構成。歩兵の装備は銃のみとのことです。しんがりの部隊の可能性大」
その言葉で司令部は一瞬にして緊張した雰囲気に変わった。
「現地のラルグ中尉と音声を繋げます!」
「カーデフ少佐! ゼルブ軍です! 至急攻撃の許可を!」
司令部のある管理棟の大会議室にその声は響き渡った。ラルグ中尉と名乗ったその男の兵士の声は緊迫したものだった。エステリア語の得意でない僕でもそれが伝わった。
「カーデフ少佐です。念のため先遣隊の人員と装備を確認させて下さい」
「歩兵百、戦車一台、装甲車三台です。歩兵装備は携帯型対戦車誘導ミサイルと小銃!」
司令部の将校がカーデフ少佐に言った。
「ゼルブのM七二戦車は、第二次世界大戦のときに作られた戦車を改造したもので、砲撃精度は相当悪かったはずです。またスピード重視の設計から装甲が薄く、対戦車ミサイルにはとても堪えられない・・・・・・」
カーデフ少佐は頷いて、机上のマイクに向かって言った。
「敵は戦車二台ですが、現行装備で対応可能だと判断します。対戦車ミサイルと戦車砲の準備を急いでして、整い次第、戦車、装甲車の順で攻撃を行って下さい。まず先に戦車を破壊して、敵の戦意を挫いて下さい」
カーデフ少佐は言った。
「了解!」
その直後、現場でカーデフ少佐の指令を展開する声が聞こえた。
「敵の状況を教えて下さい!」
カーデフ少佐が言葉を発した。その声は緊張したものだった。
「戦車砲がこっちに旋回しています!」
ラルグ中尉とは別の現地兵士の音声が返ってきた。悲鳴に似た叫びだった。
「敵戦車、旋回完了。照準をこっちに合わせている!」
「発砲してきた!」
「味方の戦車砲と対戦車ミサイルの準備は!」
カーデフ少佐の声は焦ったもので、いつもの冷静で腰の低い様子はどこにもなかった。
「準備しています!」
現地の声は皆、緊迫している。命が掛かっている。僕らが簡単には想像できないほど、彼らは恐怖と緊張を感じているに違いなかった。
風を切る音が鳴った。
それが近づいてきた。
そしてドンという爆発音が鳴った。
大小の破片が降ってくる音が続いた。
現地の声が引き続き流れてきた。
「くそっ、敵戦車から攻撃を受けた! くそっ!」
「被害はどうなっている!」
「味方、甚大な被害なし!」
「対戦車ミサイルの準備整いました! 撃ちます!」
「戦車も準備整いました! 撃ちます!」
ドンという音が続けて二回鳴った。一つはより大きな音だった。おそらくエステリアの戦車からの砲撃で、音の小さいもう一つは携帯型対戦車ミサイルの発射音だ。
ゼルブ軍のブルータの撤収はまだ終わっていなかったということだろう。時間稼ぎのために道路に障害物や地雷を置いていったものの、大して時間を稼ぐことができず、結果的にしんがりのゼルブ軍はエステリア軍の先遣隊と戦闘をすることになってしまった。
「敵戦車に味方攻撃着弾!」
「よし!」
風を切る音が遠くから聞こえてきた。そして爆発音が聞こえた。少し距離があるように思えた。ゼルブ軍の狙いは外れたようだった。
「撃て! 撃て!」
エステリア軍の現地の指揮官らしき人物の怒鳴り声が聞こえた。それに続くようにドンという音が数回続けて鳴った。エステリアの戦車砲からの攻撃だと思う。携帯型対戦車ミサイルの発射音も聞こえた。
「敵戦車、及び装甲車に味方攻撃着弾!」
「よし!」
そして砲撃と爆発音がそれから幾回も続いた。
同時にエステリア側の怒号や緊迫した声が音声に入ってきていたが、分散的な情報で、それだけでは戦闘の状況がどうなっているのか全く分からなってしまっていた。
指揮官も目の前の戦闘で報告どころではなかったようだ。
「ラルグ中尉、現場の状況を報告して下さい!」
カーデフ少佐がマイクに向かって叫んだ。
回答に時間が掛かるかと思ったが、すぐに応答が返ってきた。
「敵戦車、二台とも味方の攻撃により大破。現在炎上中です」
ドンという音が続けて鳴った。
「敵装甲車の一台は大破。もう一台はたった今、味方ミサイルで大破。敵兵士は慌ててトラックに乗り込んでいます。撤退するようです。なんてこった、何人かは置いていかれています」
「おおお」
司令部に歓声が上がった。
「追撃しますか?」
ラルグ中尉の質問にカーデフ少佐は答えた。
「追撃は不要です。置いて行かれたゼルブ軍兵士を拘束して、ゼルブ軍の動きとブルータの状況を尋問してください」
「了解です」
「それとラルグ中尉、戦闘直後で申し訳ないのですが、カメラを繋げて下さい。街の様子を確認したいです」
カーデフ少佐は腰の低い声が飛んだ。
「了解です。WEBカメラに接続します。少しお待ちください」
僕は壁のモニタを見た。いくつかあるモニタの内、何も表示されていない黒いモニタが一台あった。たぶんそこに映るのだろう。
接続に苦戦する声が聞こえた後、しばらくの時間が経って、突然、街が映った。
「あっ・・・・・・」
その瞬間、どよめきが司令部に広がった。僕も動揺し、言葉を失った。
中世の面影が残る美しい街並みはどこにもなかった。ただ、そこには破壊し尽された街があった。建物という建物は破壊されていた。瓦礫の山しかそこになかった。
道路の先にはついさっきの戦闘で破壊された思われる戦車と装甲車が見え、黒い煙が出ているのが見えた。エステリア兵士が、両手を上げた数人のゼルブ兵士を拘束していた。
残酷でひどい風景としか言いようがなかった。
「どういうことだ?」
司令部にいた一人の兵士が口を開いた。
「ブルータはエステリア軍が対応できないまま占領されたはずだ。それなのにどうして民間の建物がこんなにも破壊されているんだ? 激しい戦闘があったようにしか見えないぞ」
「くそっ、ゼルブのやつら!」
画面に小さく数人の人影が映った。
ブルータの住人だろう。
その中に若い女性の姿があった。距離があり、ピントがボケしていて、はっきりとは分からなかったが、その若い女性の長い髪は金髪のように思った。
僕はしばらく漠然とその映像を見ていたが、突然何かに突き動かされる強い衝動に駆られた。それはどうにも止められないものだった。そして、僕は唐突に司令部を飛び出し、階段を駆け降り、管理棟を走り出た。
外に出ると僕は全力で必死に走った。あっという間に息が上がった。足も靴に鉛が入ったかのように重くなった。だけど走った。
宇宙研究所に避難している人たちやエステリア軍の兵士は何かに追われたように走る僕のことを唖然と見ていた。頭が狂ったと思われたかもしれない。足がもつれて転げ込んだ。地面に腕の肘を激しく擦った。見ると白いシャツが薄っすらと赤くなり始めた。
「くそっ」
あれはアーニャではない。そんなのは分かっている。明らかだ。だけど、あの映像はこれまで抑え込んでいた僕の感情を解き放つトリガーになってしまった。
宇宙研究所でブルータの安全が確認されるまでただ待っていることは、もうできない。アーニャの街に行きたかった。アーニャの無事を確認したかった。彼女に僕は会いたかった。もう我慢できなくなっていた。
僕は駐車場に置いていた自分の車に乗った。車を使うのは、前にここへクレイバと避難してきた時以来だ。おおよそ一か月振りになる。
そうだ、クレイバ・・・・・・。
「くそっ」
クレイバはもういない。
この戦争で彼は命を落とした。つい一ヶ月前まで彼は生きていたにもかかわらず、今、彼の姿を見ることはできない。なんの脈略もなく、理由もなく、人が死んでゆく。一ヶ月前には身近な人間が死ぬなんて思いつきもしなかった。この国で戦争によって誰かが死んでゆくなんて考えもしなかった。この戦争は本当におかしい。本当に理不尽だ。腹ただしく、許せない。
僕は車のエンジンを掛けた。
「くそっ、なんで掛からない!」
一ヶ月も放置したままだったから、バッテリーが上がったのか!
僕はもう一度セルを回した。
「!」
掛かった!
僕はブレーキを解除し、宇宙研究所の出口に車を向けた。そして宇宙研究所を出たと同時にアクセルをフルに踏み込んだ。車は大きなエンジン音を鳴らしそれに反応し、まっすぐに伸びる道を猛スピードで走っていった。




