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第三章 ①

 戦争が始まって一か月が経ち、季節は春になった。

 アスレーの事件から、宇宙研究所内のゼルブ軍のスパイは次々に逮捕され、その数はアスレーを含め十人以上に上った。それは驚きの人数で、例外なくゼルブの大統領に対して心酔している連中だった。彼らの元々の目的はエステリアのロケット技術を盗み出すことだったが、侵攻は始まってからは宇宙研究所のエステリア軍への情報収集活動と工作に変わったと言っているらしい。

 事件の影響は大きかった。元々少ない人数で対応しようとしていたロケットの打ち上げは、人員的に不可能に陥り、ロケットは格納庫に戻され、打ち上げ準備の目途が立つまで待つことになってしまった。人員の補充がない限り、すぐのリカバリは難しいだろうというのが僕らの結論だ。日本からのリモートのサポートだけでは、その不足は補えない状態まできていた。

「そうですか。分かりました」

 数日前のWEB会議でそれを報告した時のエステリア大統領はそう言った。落胆の色がはっきりと現れていた。それにとても疲れているように見えた。

 戦争が始まってから、彼は自分たちの実情を世界に発信し、西側諸国と交渉し、武器支援を取り付け、ゼルブへの経済制裁網を誘導した。尋常じゃない仕事量なのは簡単に想像できる。疲れてない訳がない。

 おそらく、このバーレスクというエステリアの大統領は、今世界で一番重い責任を背負っている。彼の判断次第で、国民がゼルブ軍に殺されてしまうかもしれない危険があるのだから、そのストレスは相当なものだろう。

 一方で、ここ最近になって戦況に大きな変化があった。

 当初ゼルブ軍は北部、南部、東部からの同時に侵略を行ってきたが、緒戦から戦線を広げたことによる悪影響が現れ始め、ここ最近はどの戦線も足踏み状況になってしまっていた。共倒れを恐れたゼルブ軍は、「北部戦線は陽動であり、本当の目的はエステリアの東部と南部に住むゼルブ系住民をエステリアのナチス主義から解放することにある」と突然言い始め、エステリアの守りの固い北部を捨て、東部と南部にその戦力を再配分する動きが出てきていた。

 実際、ゼルブ軍のブルータ撤退の動きを確認したエステリア軍は、追撃の先遣隊として百数十人の部隊を宇宙研究所からブルータに派遣することを決めた。

「奴らはいつもゼルブ系住民を保護するためだと言う。俺の故郷のプロアーナへ軍を進めたときも、奴らは同じようなことを言っていた。自分たちを正当化する奴らの常套手段だ」

 ディビットは無表情で淡々と僕にそう言った。

 それを言ったのは彼が宇宙研究所をまさに出発するときだったと思う。彼もまた追撃部隊にアサインされていた。

「五年前、ゼルブ軍がプロアーナに侵攻して、ゼルブの傀儡政権を打ち立てた。あのときもゼルブ系住人を保護するためだとか言っていた。多くの国民がデモに参加して抗議した。そして奴らに数百人もの人間が殺された。その中には俺の兄もいた・・・・・・」

 そうだった、彼はゼルブに侵攻されたプロアーナの出身だとクレイバの葬儀の帰り道で言っていた。家族が犠牲になっていたのか・・・・・・。

 それはプロアーナの虐殺と言われた事件だった。ゼルブ軍は最後まで犯行を認めなかったが、デモに参加したプロアーナの人々が殺される映像はネットで流され、多くの人が目にしていた。悲惨な事件だったことを覚えている。

「当時エステリアに留学していた俺は何もできなかった。本当に悔しかった。奴らがやってきたことは絶対に許されないことだ。絶対に奴らに自分の犯した罪を償ってもらう」

 突然、僕はロケットを背にしてアーニャと話したあの夕方の風景を思い出した。彼女の背中で彼女の長い金髪の髪が風で踊っていた、平和でやさしい風景だった。

 ディビットはブルータに向かう装甲車へ歩き出した。

 ゼルブとの衝突もあるかもしれない場所へこれから出立するのだ。

 僕は何もできないまま、この場に居続けることしかできないのが悔しかった。悔しくて仕方がなかった。

「ディビット!」

 意図せず大きな声を上げてしまった。

 ディビッドや周りにいたエステリア兵士が、僕の声に驚いたように振り返った。

「ブルータには宇宙研究所のメンバーが何人も住んでいます。彼らとは戦争が始まってからこの一ヶ月連絡が取れていません・・・・・・」

 僕は言葉を止めた。そして言った。

「その中に僕が好きな女の人がいます。片思いです。彼女なんかじゃないです。告白しようと思っていたんです。だけど戦争が始まって、告白できなかったんです」

 何を言っているんだ、僕は。情けないセリフを言っている。

「彼女たちがいるブルータを解放してください」

 本当はブルータに行きたかった。だけど一般人である僕が今できることは彼らに頼ることしかなかった。

「お願いします」

 僕は頭を下げた。

 エステリアには人にお願いをするときに頭を下げる習慣はない。だけど僕は僕の誠意を伝えたかった。その誠意の示し方はエステリアの人には理解されないものかもしれなかったが、僕は頭を下げ続けた。それしか考えつかなかったからだった。

「大船、顔を上げてくれ」

 ディビットの低い声が聞こえた。僕は目線を上げた。

「お前の気持ちは分かった。もう少しだ。ブルータの解放までもう少しの辛抱だ。そうしたら、きっとお前は、お前の大切な人に会うことができる」

 彼ははっきりとそう言った。 


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