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第二章 ⑥

 すぐには理解できなかった。何を言っているのかよく分からなかった。だけど、ここにいる十人近くの人間の半数以上が銃を持って、銃を持っていない人間に銃を向けているのを見て、ようやく理解した。

 ゼルブのスパイはアスレーだった。さっきアスレーに賛同していた制御担当で頭脳明晰が特徴のプロカレもゼルブのスパイだった。

 スパイは六人もいたのか・・・・・・。

 スパイでない人間は僕を含めた三人だけだなんて・・・・・・くそっ、僕らは知らないうちにゼルブのスパイに囲まれてしまっていたんだ。

「この研究所はじきにゼルブ軍の部隊に制圧される! フェンスに穴を開けて入ってきている部隊だけじゃない、複数の部隊が既にこの研究所に入り込んでいる。穴をわざわざ開けたのは別動部隊のおとりなんだよ! ロケットを破壊するなんて本来の目的じゃないんだ! すばらしいじゃないか! それにおびき寄せられて、馬鹿なエステリア軍がここにのこのこ向かっている。手薄になった北東部のエステリア軍の本部や倉庫を既に侵入しているゼルブ軍本体が叩くという計画なんだよ!」

 アスレーは人が変わったように饒舌だった。

「そして、ここに向かっているエステリア軍の部隊も、今頃待ち構えているゼルブ軍の部隊に叩かれて、潰されているだろうよ!」

 僕に銃を向けながら彼は大声でそう叫んだ。そう宣言した。まるでそれが規定事実かのような言い方だった。

「どうして!」

 くそっ、動揺して上手く言葉が出ない。

「どうして、エステリアを、エステリアを裏切ったんだ!」

 僕は怒鳴り返した。抑えきれない怒りが湧いてきた。許せなかった。どうしてゼルブ軍のスパイがこの宇宙研究所にいるんだ! ゼルブ軍の奴らは侵略者なんだぞ! 

 エステリアの人たちは奴らに殺され、傷付けられ、住む家を破壊され、追われたんだ! 研究所の仲間であるクレイバも奴らに殺された! 所長を初め、多くの宇宙研究所のメンバーが音信普通になっているのだって、ゼルブ軍のせいだ!

 アーニャとの連絡が取れないのだって!

「大船サン!」

 僕の隣にいたスパイではない宇宙研究所のメンバーが小声で言った。オーフェンという若い男の研究員だ。

「危険です。我慢してここは大人しくしていましょう」

 僕ははっとした。オーフェンの言う通りだ。怒りで我を失っていた。

「おおお、大船サンは質問が多い。元気で結構!」

 僕はその反応に思わず舌打ちをした。怒りの感情が先に走ってしまった。言われたばかりだったが、とても今の自分の感情を制御できなかった。

「質問に答えろ! どうしてエステリアを裏切ったんだ!」

 気が付くと怒鳴ってしまっていた。銃口は僕の視界に入っている。恐れの感情があった。だけど僕は身勝手な侵略者の味方をする人間に怒りの感情を抑えきれなかった。

 僕の言葉を聞いて、一瞬にしてアスレーの表情は怒りそれになった。

「お前に何が分かる!」

 彼はそう怒鳴り返して、僕に向けた銃を握り直した。

口調が違う。いつものハイテンションは言い方じゃない。まるで別人だ。いつもの馬鹿っぽい言い方はなかった。こっちが本来のアスレーなんだ。くそっ、騙されていた。油断させられていた。

「分からない! ただ、お前は侵略者の味方で、人殺しの片棒を担いでいる卑劣な人間であることは分かる! 宇宙研究所の仲間さえも裏切る人間のクズだっていうことも分かる!」

 僕の言葉でアスレーの表情は更に凄まじいものに変わっていた。恐怖を感じたが、後悔はなかった。黙っていることを選ぶ気持ちは全く僕の中になかった。言わないことを選択することは出来なかった。

 アスレーの怒鳴り声が返ってきた。

「お前には何も分かっていない!」

 その声は辺りに響いた。

「エステリアという国がどういう国か知っているのか! 国のGDPはヨーロッパの最底辺で、時給換算で言うとはドイツやイギリスの高校生のアルバイトより低い! 第二次大戦後、ゼルブ共和国の支配下から離れ、独立してからというもの、景気が良かったことは一度もなかった。常にこの国は貧困にあえいでいた」

 怒りに満ちた声だった。

「汚職は蔓延り、政府は企業との癒着で腐っている! 西側諸国から金をもらい、自分たちだけは豊かな生活を送っている。黒土地帯の品質の高い麦を西側にただ同然で売りさばき、彼らから賄賂をもらっている。もうエステリアは救いようがない国になっているんだよ! エステリアを救うにはゼルブ共和国の傘下に収まるしか道がないんだよ!」

「・・・・・・」

 僕は戸惑っていた。

 確かにエステリアのGDPはよくないし、汚職とか癒着はこの国は多い。告発されて逮捕されている人間は大勢いる。だけど言っていることが極端に思えた。偏っている。

「今のエステリアは西側の傀儡なんだよ! 本来、我々に還元されなければならない利益は西側に奪われ、ゼルブ共和国を潰そうとする先兵の役割を我々に押し付けようとしている! かつて、エステリアはゼルブ共和国の一部だった。兄弟国だった。だけど西側の陰謀によって、エステリアはゼルブ共和国から独立させられ、兄弟国であるゼルブ共和国を敵視するように先導させられてしまっている。奴らの陰謀に巻き込まれているんだよ! 真のエステリアを俺らは取り戻さなければならないんだ!」

 何を言っているんだ?

 意味が分からない。

 歴史が勝手に曲げられている。戦前、エステリアはゼルブ共和国に侵略され、ゼルブ共和国に組み込まれた。エステリアは平和的にゼルブ共和国の兄弟国なった訳じゃない。

「間違っている」

「何?」

「間違っていると言っている!」

 アスレーは一瞬にして苛立った表情になった。この人は人に自分と異なる意見を言われると怒るタイプだったのか。今まではハイテンションな変人だとしか思ってなかった。

「西側の陰謀って、子供じゃあるまいし、いい大人が何を言っているんだ! SNSのやりすぎで頭がおかしくなったんじゃないのか!」

「うるさい! エステリアの実態を何も知らない外国人のくせに何を言っているんだ! 勉強不足なんだよ! エステリアは中心部から腐っているんだ! 救うにはゼルブ共和国の力が必要なんだよ!」

「理解できない! なんでゼルブが出てくるんだよ! なんでゼルブが独立国家であるエステリアを救うことになっているんだよ! なんでゼルブが介入すると解決できることになっているんだよ! 意味が分からない! 侵略するための言い訳にしか聞こえない!」

 僕はそう怒鳴り返した。

「ゼルブにはラーケン大統領がいる! 彼は偉大な人間だ。ラーケン大統領はゼルブ共和国を良い方向に導いている! エステリアはゼルブと共に彼に導かれるべきなんだ!」

 アスレーはラーケン大統領に陶酔している。恐ろしく思えた。

「ラーケンは偉大な人間なんかじゃない! プロアーナを見てみろ! 奴は突然ゼルブ軍をプロアーナに送り込み、傀儡政権を樹立して、プロアーナの国民から自由を奪ったんだぞ! エステリアがそうなってもいいというのか! そもそもゼルブ共和国自体が自由にものを言えない国じゃないか! どこが偉大な指導者なんだよ!」

「大船サン!」

 僕の隣のオーフェンが僕を制するように言った。彼が暴走している僕を止めようとしているのは分かった。だけど僕は自分を止められなかった。僕の行動基準は正しいことを行うだ。訳の分からないことを言われ、黙っていることは僕にはできなかった。

 僕は怒鳴り続けた。

「ゼルブのGDPは先進国のものに比べて高くない。経済は回っていない! ただ軍が大きいだけの国だ!」

 パンという乾いた音が鳴った。銃を撃ってきたのだ。銃弾が足元の鉄の床にめり込んでいる。それを見て僕は身が凍る思いがした。アスレーからの凄まじい殺気を覚えた。

「それ以上、ラーケン大統領を侮辱することは許さない。ラーケン大統領は他に類を見ないほど優秀で、偉大なる人物だ。ゼルブの国民は皆、彼を尊敬し、崇拝している。彼は新時代に我々をリードしてくれる!」

 これが洗脳と言うものなのだろうか? 聞く耳を全く持っていない。そして視野が一定の範囲しかなく、それに対して何の疑いも感じていない。分からない。アスレーは馬鹿じゃない。むしろ高い知識を持っている。にもかかわらず、どうして子供騙しの陰謀論に転がってしまったんだ? 正直、全く理解できない。

 人間の視野を狭くして、誤った情報を正しいものとして認識させる。

 洗脳・・・・・・。

 今まで、そんなことが現実としてできるものではないと思っていた。だけどアスレーの様子は芝居とかそういうものではない。本気でそう思っている。正しい情報を正しいと認識できず、間違った情報を正しいと認識している。

「この侵略で・・・・・・」

 僕が口を開こうとしたときに違う声が被った。それは今まで僕の暴走を止めようとしていたオーフェンの声だった。その声は苛立ったものになっていた。

「この侵略で何人ものエステリア人が亡くなっているんだぞ! おかしいだろ! そのことを分かっているのか? 人が死んでいるんだ! 人が死んでいるんだよ! 何、洗脳されているだよ! この侵略で何も正当化なんかできない!」

 もう一人のエステリア側に研究員が口を開いた。

「ゼルブは間違っている! そしてアスレー、お前のやっていることも間違っている! 目を覚ませ!」

 中年の研究員だった。銃を向けられている中で、それはとても勇気のいることだったはずだ。だけど彼は言葉を発した。

「ゼルブの大統領は・・・・・・」

「あーもういい! ゼルブが間違っている? 何をもって、そんなことを言っているんだ。もう黙っていろ!」

 アスレーは銃をその中年の男の人に向けた。言葉が通じる相手じゃない。常識が全く違う。同じ人間には思えなかった。言葉を話す別の生き物のように思えた。

「死んでもらう」

 まずい! このままでは彼の命がない! 僕は異常な緊張を感じた。

「ロケットをどうするつもりなんだ!」

 気が付いたら僕はそう怒鳴った。

「あ?」

 アスレーはロケットを見上げた。そして馬鹿にするように笑った。

「正直、折角作ったロケットを壊すのはもったいないが、この国を正しい方向に導くためには仕方がない。ロケットに貼り付けたあの爆弾で爆破するつもりだ」

 アスレーとは思えない理知的で流ちょうな口調だ。ハイテンションな様子はどこにも見えない。冷徹で目的のためだったら手段を選ばない非道な人間に思えた。

「だけど大船サンがセンサに乗ったノイズに気が付いてから、面倒くさくなった。爆弾のコントローラの通信を止めて、ノイズの影響をなくし、センサの値を安定化させたというのに、まだ原因を調べると言ってきたのには本当に驚いたよ」

 アスレーはニヤッと笑った。

「まったく余計な事をしなければ死なずに済んだのに。君らを殺さなくてはならなくなってしまった」

 彼は首を横に振った。そして僕と宇宙研究所のメンバーを見てから怒鳴った。

「縛り上げろ!」

 アスレーの仲間はその言葉に反応してすぐに動いた。そして、あっという間に僕は腕と足をロープで縛られ、発射台の床に転がされた。見ると、他の二人のメンバーも同じように全員縛り上げられて転がらされていた。

 五人のゼルブのスパイはアスレーから指示を受けていた。

 今の今まで気が付かなかったが、アスレーを含め、彼らは重そうな荷物をリュックに入れ、背負っていたようだ。アスレーはその自分のリュックを床に置き、他のゼルブのスパイはそれ背負ったまま、他の作業に入ったようだった。

「このリュックの中身が気になるのか?」

 アスレーは愉快そうに言った。

「爆弾だよ。これをロケットに仕掛けてロケットを爆破する。今、付けている小型爆弾はエンジンを破壊するくらいしかできない。宇宙研究所の占領成功の狼煙として、派手に爆破しろという変更の指示が出てね。そのためにはこれくらいの量が必要なんだよ」

 爆弾を仕掛ける? アスレーが? ロケットのエンジニアであるアスレーが?

おかしい。違和感しかない。

「派手に爆発をしたときを想像してみろ。エステリア国民が絶望する様子を考えてみろ。ワクワクするだろう? 興奮するだろう?」

 そうか・・・・・・前提が違うんだ。アスレーは初めから洗脳なんかされてない。

「お前、アスレーじゃないな?」

 僕は床に転がされた状態でそう呟いた。その言葉にアスレーの肩がぴくっと動いた。そしてゆっくりと振り返って僕を見た。

「はっ、何を言っているんだ? 大船サンは恐怖でとうとう頭がおかしくなったのか?」

 アスレーは呆れたようにそう言葉を返した。

「お前、一年前くらいにイギリスの大学から来たんだよな?」

「だから何なんだ」

 アスレーの声は少し苛立ったものに変わった。僕はその様子で確信した。

「当時のアスレーのことは誰も知らない。だから本当のアスレーとどこかで入れ替わっても誰も分からない!」

「・・・・・・」

 アスレーは何も言わず、床に転がっている僕を見下ろしていた。冷たい目だった。ハイテンションでKY発言が多かったアスレーの面影はどこにもない。恐ろしい人物像しか伺えなかった。

 僕は構わず言葉を続けた。

「宇宙研究所の研究員で爆弾を扱える人間なんていない。いる訳がない。そもそも扱う必要がないからな。じゃあ、誰だったら扱えるのか?」

 彼は僕の脇で屈んだ。

「誰だったら扱えるんだ?」

「ゼルブ軍の人間なら可能だ。ロケットの知識があるころから考えると、大方、ゼルブ軍のミサイル部隊か何かだろ!」

 そう言った直後、アスレーは立ち上がり、僕の腹を蹴り飛ばした。

「がっ」

 衝撃で僕は呼吸ができなくなった。

「いい感しているな。驚いたよ。大船サン」

 その声は低音で鋭く、威圧感のあるものだった。

 この声が本来の声だったんだ。

「一年も変な性格設定でこの宇宙研究所に潜りこんでいたのは正直疲れたよ。本当のアスレーはうざったくて、暑苦しい人間だったからね。できるだけオリジナルに近づけていたのさ。もちろん姿形もね」

「・・・・・・」

「元々はエステリアのロケット開発技術の監視と情報収集を行うのが目的だった。エステリアは小国のくせにロケット技術はそこそこあるからね。それにこの小型ロケットはミサイルに転用できる技術がある。ゼルブとしては国を守るためにスパイを送らざるを得なかったんだよ」

 全くの別人だ。本当に今までは暑苦しい人間を演じていただけだったのか・・・・・・。

 辺りは暗くなり、空は赤黒く変わっていた。

 発射台に少し冷たい風が流れた。

「本物のアスレーはどうなったんだ?」

「ああ、拘束したとき、ゼルブ共和国で宇宙開発の仕事をするように言ったのだけどね」

「・・・・・・」

「拒否したから、死んでもらった。エステリア人は変に愛国心があるから困る」

 彼は愉快そうに笑った。

「大船サンたちも同じ運命だぞ? まあ、アスレーは銃で死んだのだけど、君たちはロケットの爆発に巻き込まれて死ぬのだから、同じではないのだけどね」

「お前!」

 僕は怒鳴った。

「うるさい!」

 アスレーの偽物は僕の腹を蹴った。それは躊躇いも容赦もなかった。僕はその痛みで悶絶した。呼吸すら難しかった。

「爆弾はここにも置いておこう。日本語でなんて言うのかな。ああ、ブシノナサケだったっけ。違うな、ハラキリのカイシャクだっけ? まあいいや。確実に死ねるようにすぐ傍に置いておくぞ。中途半端に生き残っては可哀そうだからな」

 アスレーは大笑いをした。

「大尉、爆弾のセットが完了しました」

 帰ってきたゼルブのスパイが偽物のアスレーにそう報告した。

「ご苦労。それじゃあ、我々は行くとするか」

 彼は愉快そうだった。機嫌よく鼻歌まで歌っている。計画通りに行っているのが、余程ご満悦のようだった。

 くそっ、このままではロケットが爆破される。その爆発によって、確実に僕らは死んでしまう。手足を縛られ、発射台の上に転がらされている僕らに助かる見込みはない。

 本当に悔しい。それにこれは正義じゃない。本当に許せない。こんなところで理不尽に命を落としたくない。死にたくなかった。誰かに助けてほしかった・・・・・・。 

「・・・・・・」

 突然、周りから大声が聞こえた。

 怒鳴り声だった。

「エステリア軍だ! 銃を捨て、両手を上げて跪け!」

 その声は複数だった。その声の人間はすばやくアスレー達を取り囲んだ。二十人はいるはいると思う。

「銃を捨て、両手を上げて跪け!」

「銃を捨て、両手を上げて跪け!」

 次から次へと怒鳴り声が飛んできた。

 彼らの銃は偽のアスレーとその一派を狙っていた。

「なっ・・・・・・」

 アスレーたちは状況の変化に驚いた様子を見せた。だが、抵抗は不可能と判断したのだろう、何の抵抗をする意志を見せないまま、彼らは銃を捨て、両手を上げ、指示通りにその場に跪いた。

 エステリア軍兵士は銃を構えながら、注意深くアスレー達に近づいていった。

「拘束しろ!」

 僕らを取り囲んでいるエステリア軍の小柄で筋肉質の兵士がそう言った。

ディビットの声だ。来てくれたのだ!

「エステリア軍がどうしてここにいるんだ!」

 偽のアスレーの両手は背中にまわされ、その腕には手錠がはめられた。彼らは拘束され、一方で僕らは縄から解放された。自由になった。

「お前らは、ゼルブ軍に攻撃され、潰されるはずだった! なんでこんなに早くここに来ているんだよ!」

 偽物のアスレーが怒鳴った。

 そう言われたディビットは少し驚いた顔をしていた。いつもどんなときも冷静な表情を崩さない彼には珍しい表情だ。アスレーがいつもの暑苦しい感じではないことに驚いたのだと思う。だけどすぐに状況を理解したのか、いつもの冷静な表情に戻った。

「ゼルブ軍は来ない」

 ディビットはそう答えた。

「何!」

「もう来ない」

 アスレーの偽物とその仲間たちはその言葉に唖然としていた。

「何を言っているのか、分からない」

 ディビットの話はいつも最低限で、必要な部分も抜けているときがある。しかも抑揚がないから、雰囲気も伝わらない。

「お前らは本当に間抜けだ。スマホを使って連絡をつけていたから、作戦と称するものは全てエステリアに筒抜けだった。だからゼルブ軍の特殊作戦行動班はここに辿り着く前に全て始末された」

 ディビットはいつもの淡々とした落ち着いた口調で言っていたが、口元は少し緩んでいた。さっきの表情もそうだが、今日はディビットの表情が豊かだと思った。

「俺たちは自由に動けたぞ!」

 偽のアスレーの一味の一人は怒鳴った。

「宇宙研究所に潜り込んでいるスパイはアスレーだと分かっていた」

 また説明を端折っている。僕らも分からない。

「だから、なんなんだ!」

 ゼルブのスパイも分からなかったようだ。

「他の仲間がいると踏んでいたから、泳がしていたんだ。お陰でお前のお仲間を捕まえることができた」

 そうディビットが言った瞬間、アスレーとその仲間たちから凄まじい殺気を感じた。過去、こんなに恐ろしい人がいただろうかと思うほどだった。

「くそっ!」

 アスレー一味の一人が背後に手錠をされたまま立ち上がり、ディビットに向かって走りだした。ディビットはそれを難なく避け、男の背中を銃で叩いた。

「がっ」

 男は倒れた。そして床で咳き込みながら、もがいていた。さっきの僕の姿はこんな感じだったのだろう。痛さと苦しさは理解できるが、絶対に同情はしない。

「抵抗をやめろ!」

 ディビットは声を張り上げた。彼は何かに気付いたようだった。突然、ディビットは偽アスレーの胸倉を掴み、詰問するように言った。

「何をした?」

 奴はにやりとしたが、何も言わなかった。もはや、ただの悪役だ。

「何をした!」

 ディビット様子は尋常ではなかった。彼はアスレーの偽者を床にうつ伏せにし、手錠に拘束されている手を掴んだ。強く握られている。彼はそれを無理やり開いた。

「くそっ、起爆スイッチだ!」

 え?

「爆発する! 全員退避だ!」

「えっ、いや・・・・・・」

 僕は動揺してしまっていた。退避と言われてもっても、本当に逃げないといけなのか? 逃げてロケットはいったいどうなってしまうんだ? 

 ロケットは破壊されてしまう。エステリアの希望の光となりうるロケットが、奴らに破壊されてしまう! そんなことは絶対に受け入れられないし、アーニャに申し訳が立たない。ここにいない他のメンバーに申し訳が立たない。

 ロケットを守りたかった。

 僕はディビットを見た。彼の顔は焦っていた。本当に今日はいろいろな表情のディビットを見ることができる日だ。

「退避だ!」

「できない!」

 僕はディビットに怒鳴り返した。そして偽アスレーが置いたリュックサックを掴み、それを持って階段を走り降り始めた。

 爆発するなら、アスレーの持っていたこれしかない。おそらく時間はまだある。爆発するならもうとっくに爆発している。安全を見て、起爆装置オンに対し、爆発時間にディレイを入れているんだ。だけどそれもそんなに長くない。

「大船サン!」

 ディビットが何かを言っているのが聞こえたが、気にしている余裕はなかった。

爆発物を持っている自分が信じられなかった。何をやっているんだ、僕は。意識してやったことではなかった。恐怖でどうにかなりそうだった。気がおかしくなりそうだった。

 一階に着いた。僕は走った。

 ロケットが鎮座する発射台を抜けた。

 いつ爆発するか分からない。本当に怖い。怖くて仕方がない。

 走った。息が切れ始めた。

 そもそも僕は運動が得意でない。むしろ不得意な方だ。足が重くなってきた。今にも足がもつれそうだ。くそっ。

「もう、限界だ!」

 草むらが続くエリアに入った。僕はハンマー投げのボールを投げるようにリュクサックを僕の周りで一回転させ、あらん限りの力でそれを放り投げた。

「急いで戻ってこい!」

 ディビットの怒鳴り声が聞こえた。ここまで起爆スイッチが押されてから、おそらく一、二分くらいの出来事だったと思う。僕は来た方向に踵を返し、再び走った。足が重いのは変わらないが、今度は爆弾の入ったリュックサックがなくなっていることで、さっきよりスピードが出る。死に物狂いで走った。

 そして後ろからドンという大きな音が鳴った。耳がおかしくなると思うくらい大きな音だった。

 僕の体は爆風で飛ばされ、僕はコンクリートの上に転がっていった。爆弾の前では僕は質量を持たず、紙くずと同然だった。自分ではなんともならなかった。大量の砂や小石が爆発地点から勢いよく飛んできて、コンクリートに転がっている僕の体に容赦なく降り注いだ。

 中には小さい石も混じっていたが、幸いにして、大きな石はなかったと思う。だけど、もう何メートルか手前だったら、そうでもなかったかもしれない。実際、あとで爆発地点を見たら、直径十メートル弱のクレーターの周りにそれなりの大きな石がゴロゴロと散らばっていた。

「助かった・・・・・・」

「無事か!」

 ディビットの怒鳴り声が聞こえた。

 声は聞こえる。怒っているのかな。もっとも彼はいつも無表情だから、見方によってはいつも怒っているように見える。よくは分からないけど。

 リュックサックを持っているときに爆発していたら、僕は確実に死んでいたと思う。本当に数秒の差だった。今生きているのは運がよかっただけだと思う。偶然だと言ってもいいかもしれない。

 だけど助かった。

 ほっとしているのも無論あったが、生きていることに喜びを感じていた。なんだろう、今まで感じたことがなかった感情だった。

「大船サン、無事か!」

 彼にしては感情のある声だった。人を心配していてくれている声に僕には思えた。

「大船サン!」

「大船サン!」

 宇宙研究所の職員の心配した声も聞こえる。ありがたいことだ。

「無事です! 大船は無事です!」

 僕はあらん限りの声を出した。そしてゆっくりと立ち上がった。砂埃が収まってきた。服は砂まみれだった。多分服だけじゃない。顔も、髪の毛も砂まみれになっているだろう。

 だけど、ちゃんと歩けるし、眩暈もしない。

「大船は無事です!」

 僕はそう叫んで、声のした方角に歩いて行った。


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