第ニ章 ⑤
打ち上げは明後日となった。
時間がなかった。従来の三分の一の人数で、ロケットの打ち上げを対応するのはさすがに厳しいものがある。疲れもピークに達していた。
幸いにして、データベースにあるデータを確認していった結果、大半の必要確認項目に関して問題ないことが分かってきた。やはりと言うか、侵攻前に確認項目のほとんどは行われていたようだった。
「ん?」
僕は手を止めてモニタを見た。
「燃焼室の圧力センサの信号が変だな・・・・・・」
そう呟いた。
ロケットには無数のセンサが積まれており、そのステータスを管制室に送ってくるのだが、その中のダイアフラム圧力センサの値が時折、数値が微妙に上がったり下がったりしている。
ノイズが入っているのか・・・・・・?
僕はマウスを動かし、そのセンサのデータを確認した。
履歴からすると昨日の夜からか。
「・・・・・・」
急いで他のセンサも確認してみた。同じように値が揺らいでいるものがある。
「昨日の夜から何かのノイズが入っている・・・・・・」
ロケットの第一エンジン部付近のセンサにその傾向が多いように思った。
僕は席を立った。
「どうしたのだ? 大船サン。はっはっはー」
同じく管制室に居たアスレーの声だ。相変わらずハイテンションな声だが、昨日の夜起きたあの女性の自死から聞いていなかったような気がする。今は夕方の五時だからおおよそ一日ぶりだ。できればもっと長く聞きたくなかった。
あの若い女性はすぐに宇宙研究所の敷地内にある軍の診療所に運びこまれたが、手当ての甲斐なく、亡くなってしまったのだそうだ。
「・・・・・・」
思い出した・・・・・・。
あの凄まじい光景は衝撃がありすぎて、未だ心の内はリカバリできていない。だけど、打ち上げできる日程は限られているから、その後は、打ち上げの準備作業をせざるを得なかった。本音を言うと精神的に辛いものがあった。
カーデフ少佐曰く、宇宙研究所へ避難してきた人のメンタルの状態は良くないと言っていた。製造棟での生活環境が良くないのももちろんあるのだが、それ以前に彼らの戦争体験があまりにも悲惨で悲劇的なものだからだそうだ。あの女性が言っていたことは少なからずクルフ市街の戦闘地域で起きているらしい。
ゼルブ軍の狙うクルフ市街の占領はエステリア軍によって阻止されている。故にゼルブ軍に相当のフラストレーションが溜まり、そのはけ口が無差別な殺人、レイプの形となって市民に行っているようだ。
「アスレーさん、エンジン回りのセンサにノイズが乗っています。何かが干渉していて、値がふらついているように思えます。ちょっと今から現場で確認してきます」
「え?」
予想外の言葉だったのだろう。アスレーの声はハイテンションのものでなく、素に戻っていた。最近はよく素に戻る。
「このままセンサの値が不正確では、着火をすることができませんので」
「値がふらついている? どれくらいなんだ?」
彼は僕の机のモニタを覗き込んだ。
「確かにふらついているな。だけどシステムへのフィードバックはモニタデータの三回分を平均して行うから、実運用としては問題ないはずだ。はっはっはー」
また、はっはっはーとか言っている。キャラを戻している。しかも言っている内容はいつも通りの大雑把なものだ。よくロケットのエンジニアが務まるな。
「だけど僕は安牌を取りたいので、打ち上げ台まで行って確認してきます」
そう言って僕はノートパソコンを手に取って鞄に入れた。
「ちょっと待て。打ち上げ台まで行きたいと言うのならば、この私を倒して・・・・・・」
僕はそのまま無視して、アスレーの横を通り過ぎた。
「あっ、行く! 俺も一緒に行くから!」
彼の声が後ろから飛んできたが、構わず僕は打ち上げ台に向かった。
付いてこなくてもいいのにと思っていたが、アスレーは本当に打ち上げ台までついてきた。ロケット技術のあるべき姿を暑苦しく聞かせられながらの十五分間は辛かった。無視しても声は聞こえてくる。本当に辛かった。
「で、何が原因でセンサの値が揺れているんだ?」
やっと本題を聞いてきた。
「分かりませんが、全てのセンサの数値にふらつきが見られる訳ではないですから、ロケットとのシステム通信の問題ではないと思います」
僕はアスレーへそう答えた。ロケットの発射台の一階で作業を行っていた人間が何事かと集まってきて、気が付けば僕の周りには十人くらいの人の輪ができていた。
僕はノートパソコンを開いた。
「ふらつきのあるセンサ類は第一エンジン部分のものが多い感じがします。それにノイズは昨日の夜から一斉に乗っています。ロケットの下の部分から何かのノイズを拾っているのではないかと思っています」
「ロケットの下の部分からのノイズだって? 大変なことが起きているじゃないか! いったい、どういうことなんだ! はっはっはー」
ハイテンションの声の声が来た。相変わらずうるさい。何か分からないから困っているんだって。
僕は眉を細めたが、他の研究員の人は気になっていないようだ。反応もせず、何事もなかったかのように僕の次の言葉を待っていた。
うーん、僕がアスレーに対して過敏に反応しすぎなのか? もっと寛大な心を持たないといけないということだろうか? それとも他の人はアスレーのひどさに麻痺して、なんとも思わなくなっているということだろうか?
「あれっ」
僕はノートパソコンを見ながらそう呟いた。管理棟で見たときは振れていた各センサの数値が今は振れることなく、安定して一つの数値を示している。
僕は急いで履歴を追った。
僕が管理棟を出た時間辺りに振れが収まっていた。
「なんなんだ・・・・・・」
昨日の夜から続いていたノイズが突然止まっている。訳が分からない。
足場の隙間から見える白くそびえ立つロケットを見上げた。
困った状態になった。こういったノイズ探しはノイズが発生していないと原因を探しにくい。いや、しにくいどころじゃない。できないと言った方がいいだろう。
「どうしたんだ? はっはっはー」
「今は各センサの数値が安定していますね。何が起きているんだか」
「数値が安定し、今は問題がなくなったということか。いいことじゃないか! ではこの問題は解決したということだな!」
「え?」
「だってそうじゃないか。今は問題がないと言うことは、打ち上げに対して何かが縛っている状態ではなくなったということなんだからな」
この人は意味が分からない。
「何かの信号が乗っていた可能性があるんですよ? センサから入ってくる数字がそれによって現実と違うものになってしまったら、制御に支障が出ます。打ち上げに失敗することだってあり得ます。もう少し重く考えた方がよくありませんか?」
「大船サン」
アスレーではない声だ。静かで落ち着いた声だった。
「私もアスレーと同じ意見です」
制御を担当しているプロカレという研究員だ。今どき髪の毛をきっちり七三に分け、眼鏡を掛け、いかにも頭脳明晰という感じの人だ。自分は優秀だというオーラをいつも出していて、アスレーと違った意味で苦手だった。
「打ち上げできる日程は限られています。今、センサの数値に問題なければ、ノイズの原因を確かめようがありませんし、それに原因不明のノイズが乗って値が振れても、平均値で処理しますので、制御には問題はないと思います。この話は解決済と扱っても問題ないと考えられます」
「私もそう思います」
「俺もそう思いますよ」
他の研究員から同じ言葉が続いた。
「・・・・・・」
僕は閉口してしまった。問題があると考えているのは僕だけなのか? そんな馬鹿な。
「!」
突然、ドンという音が鳴った。
クルフ市街の方向からだ。ゼルブ軍のミサイルがまた着弾したのだ。プロカレが言った「打ち上げできる日程は限られている」という言葉は確かに正しいが・・・・・・。
ゼルブ軍・・・・・・。
僕ははっとした。
「どうした? 大船サン。はっはっはー」
「上に行きましょう。何かあるかもしれません」
発射台はビルの三階建てくらいの高さで、真ん中の巨大な穴を通して、ロケット下部が三方向からの可動式支持部によって固定されている。発射台の一番上に行けば、支持部の上を歩いてロケットに接触できる構造だ。発射台にはキャタピラが備え付けられおり、格納庫から発射台ごとロケットが発射場まで移動できる設計になっていた。
「え?」
アスレーの驚いた声が聞こえたが、僕はそれを無視して、鉄製の階段を駆け上っていった。発射台の屋上に着くとロケットの巨大な白い円柱が目に入った。ロケットを支持する三つの支持部の上部は、手すりもなく、幅は一メートルくらいしかない。ここを歩くときは注意が必要だ。
「・・・・・・」
僕はロケットの側面を見ながら、ロケットが収まっている大きな穴の周りを歩き出した。そして支持部の一つで立ち止まった。
僕を追って階段を上ってきたアスレー達の足音が、背後から聞こえてきた。
支持部と接触しているロケット部のすぐ脇に二十センチ四方の弁当箱のような鉄製の箱が貼り付けられた。こんな箱は本来この場所にないはずだ。
「あれか・・・・・・」
何かのコントローラかもしれない。エンジンの制御装置はすぐ近くにある。外部との信号のやり取りをしている中で、ノイズとしてセンサの数字の振れ起こしたんだ。
「おお、大船サン、何か見つかったのか?」
「あれを」
僕は箱を指差した。
「あれはゼルブ軍の小型爆弾とその制御装置だな!」
即座にアスレーから返事が返ってきた。
やっぱりそうか!
「?」
僕の携帯が鳴っている。スマホをポケットから取り出すと知らない番号が表示されていた。少し迷ったが僕は電話に出た。
「エステリア軍のディビット軍曹から大船サンに電話連絡。非常事態が起った。宇宙研究所にゼルブ軍が侵入した可能性がある。人為的に壊された柵が確認された」
「え?」
誰だ? 淡々とした声だった。この感情の起伏のない独特の声は聞き覚えがある。
ディビット・・・・・・ああ、クレイバの葬式の帰りに話した淡々としたエステリア軍の兵士だ。確かそういう名前だった。確かプロアーナの出身で、留学中に故郷がゼルブの傀儡政権が樹立され、母国に帰ることが出来なくなったと言っていた。
「カーデフ少佐からこの電話番号を聞いた」
彼は冷静な声でそれを伝えてきた。
「ゼルブ軍が侵入・・・・・・いったい、どういうことですか?」
僕は驚いてそう聞いた。ゼルブ軍はクルフ市街に留まっていて、宇宙研究所に到達するなんて、全く思ってもいなかったからだ。それに説明が不足で、イマイチ状況が分からない。何が起きているんだ。
「おそらくゼルブの特殊部隊だ。柵の見回りは一時間おきに行われているし、ドローンも宇宙研究所の周囲に飛んでいる。それらの隙をついて侵入しているところを考えると、ゼルブの訓練された兵士が宇宙研究所に侵入してきたのだと思う」
ディビットは淡々とした口調でそう答えた。
まだ状況が分からない。この人は説明が下手なのか? 肝心な情報を貰っていない。
「・・・・・・壊された柵はどこですか?」
「南西地区」
「!」
僕は驚きで何も言葉を発することができなかった。
だから僕にロケットの打ち上げ台近くにいる職員を避難させろと言ってきたのか。
宇宙研究所の門は一か所しかない。そこに研究棟、製造棟があり、エステリア軍が駐在している。敵が侵入したとされる場所は、その正反対の場所で、広大な宇宙研究所の土地を挟んで南西部に位置し、つまりはロケットのあるロケット発射台近くになる。そこからゼルブ軍の特殊部隊が侵入したということを言っているのか。
「奴らの狙いはロケットの破壊だと思う」
ディビットはそう言った。
僕は息が詰まった。
「今、我々はロケットの打ち上げ台にいます・・・・・」
僕の声は極度の緊張で震えてしまっていた。
この場所はいつ敵が現れてもおかしくない場所だ。そして、もうここは命の保証はされない場所になっている。殺されてしまうかもしれない。
「それはまずいな・・・・・・」
ディビットの落ち着いた声が返ってきた。淡々としている。
なんなんだ、この人は。こういうときは、電話を掛けた相手がゼルブ軍の特殊部隊の近くにいるんだから、驚いたりするものだろう。この人には感情の起伏というものはないのではないだろうか?
ふとそういった疑問が僕の中に沸いた。緊張した空気の中で、そう思った。おかしなことを考えたものだ。人間というのは本当に不自然だ。
「今、そちらに我々も向かっている。それまではどこかに隠れていてくれ」
「分かりました」
僕は電話を切った。そして振り返って、打ち上げ台の屋上にいるメンバーを見た。
「・・・・・・」
だけど動揺を抑えきれず、言葉が出なかった。
「どうしたんだ。大船サン! 何かあったのか!」
アスレーの大声が飛んできた。ハイテンションな声だ。聞くだけでも疲れる。
「何か起きたんですか?」
他のメンバーも不安げな様子だった。僕の動揺している様子を見て、不安になったのだろう。
夕暮れが近づいている。もう一時間もすれば辺りは真っ暗になり、何も見えなくなるだろう。そうなったらどうなるんだ。そう思うと不安が止むことはなかった。
「・・・・・・ディビットさんから緊急事態の連絡がありました」
「おお、彼はなんて言って来たんだ?」
声が大きい。しかもこっちがシリアスに言っているにお構いなしにハイテンションで言ってくる。空気読んでほしいな。
「ゼルブ軍が宇宙研究所の敷地に侵入してきたようです」
「何! ゼルブ軍! 大変だ!」
小さい声にならないのかな。ちょっとイラついた。敵が来たって言っているのにどうして大声出すかな。この人。
「アスレーさん、声を小さくしてください。少し前に彼らはこの南西地区の柵を破壊して侵入した模様です。もう近くまで来ているかもしれません」
「おお、そうだったな。すまなかった」
そう言うが、全然、反省している素振りはない。
「で、奴らの狙いは何なんだ? はっはっはー」
「奴らの狙いはこのロケットだと思います。電話をくれたエステリア軍のディビットさんもそう言っていました。ゼルブ軍は、打ち上げがエステリアの国威発揚に使われるより、破壊してゼルブ側の国威発揚に使った方がいいと思っているかもしれません」
何かおかしいな・・・・・・。
違和感がある。
そう思いながら僕は言葉を続けた。
「ゼルブのラーケンはこのロケットをミサイルだと言っていましたから、破壊すればゼルブ共和国を守ったということになるでしょう。ゼルブの工作員は、ロケットの爆破をしようと、この小型爆弾とその制御装置をロケットに設置した・・・・・・」
そこまで話して辻褄が合っていないことに気が付いた。
「その侵入してきたゼルブの連中が爆弾を仕掛けたのか!」
アスレーのハイテンションな声が聞こえた。相変わらず声が大きい。
センサのノイズは昨日の夜からだ。
少し前に侵入したゼルブの工作員には無理だ。
「・・・・・・」
ゼルブの工作員がそれにエンジン制御部の場所を知っているのも妙だ。
ゼルブのスパイが宇宙研究所にはいる・・・・・・。
「はっはっはー、何を黙り込んでいるんだ。大船サンは心配しているのか? ゼルブの連中が来ても追い払えばいいだけの話じゃないか!」
マイペースだ・・・・・・この人はなんでこんなに自信満々なんだろう。この場にゼルブのスパイがいるかもしれないのに。
「何を言っているんですか? 彼らは武器を持ったプロの軍人ですよ? そんな奴らに襲われたら、僕らはひとたまりもない!」
「大丈夫だ、何も武器を持っているのはゼルブ軍だけじゃない!」
ハイテンションの声はそう言い切った。
付き合うのも疲れる。
だけど一応聞いておこう。
「アスレーさんは銃を持っているんですか?」
「はっはっはー、持っているさ!」
彼はにこにこしながらそう言って、腰から銃を取り出した。なんで上機嫌に言ってくるかね。理解できない。そもそもなんで持っているんだ。エステリアでは個人が銃を持つのは違法だぞ。まあ、戦時下だから、いいのかもしれないが。
「一丁だけですよね?」
「ああ、そうさ! 一丁だけさ。でもそれで十分だ」
素人だ。馬鹿なのか? ゼルブ軍が自動小銃とか持っていたら一巻の終わりだぞ。
「敵はおそらく複数だと思うんですけど」
「問題ないさ、はっはっはー」
もう会話になっていない。
彼は銃を握り、僕にその銃口を向けた。
「えっ?」
「問題はないんだよ! なぜなら、我々もゼルブ側なのだからさ!」




