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9.父の戦い

右腕と右翼を失った銀の竜は、しかし瞳を怒りの色に爛々と輝かせ、口を裂けんばかりに大きく開いた。

次の瞬間、一直線に飛来したグルングルドを真正面から迎え撃つ形で、彼の口から魔力の塊が放たれた。

一瞬の詠唱、そこに全てを乗せた攻撃だった。

空気の渦が突風のように周囲を抉り取り、頭を貫こうと光のように飛んだ魔具を、眼前で受け止める。

しかしグルングルドの勢いは止まらず、空気の衝撃波とぶつかり合い、まるで金属が衝突したかのように、魔力の渦と、その摩擦で凄まじい勢いの火花を散らし始めた。


「ナメるなァ!」


ギュスタフが地面を揺るがさんばかりの声を上げて、絶叫する。

今にも突き刺さらんという勢いで火花を上げていた突撃槍に、次の瞬間、ヒビが走った。


「ッぐ……!」


右手を伸ばしていたクロッカスが呻く。

その右腕が震え、鎧の端から噴水のように赤い血が噴き出し始めた。

グルングルドの全体にヒビが走り始める。

目を爛々と赤く輝かせたギュスタフが、もう一度咆哮を上げた。

魔力の衝撃が周囲に広がる。

グルングルドが弾かれ、ぐるぐると回転しながら宙を舞った。

衝撃で刃の部分が一部砕け散る。

クロッカスの背中の肉が裂け、血液が弾けた。

地面に膝をついた穢れたゴブリンに視界の焦点を合わせ、ギュスタフは三度目の咆哮を発した。

彼の前方の空間がビリビリと振動し、放射状に地面が抉れた。


「グルングルド、戻れ!」


クロッカスが叫ぶ。

ヒビの入った魔具は、まるで意思を持っているかのように空中で向きを変えると、クロッカスに向けて突撃した。

彼は向かってきたグルングルドを、無事な左手で受け止めると、殺到した空気の波に向けてそれを振った。

また猛烈な火花が巻き起こった。

両断された魔力の渦が、クロッカスの両脇に広がる夜の森を、水平線の彼方まで轟音を立てて吹き飛ばす。

倒れ転がる大木と、砕けた地面がまるで雨のように、バラバラと周囲に散った。

クロッカスは兜の奥の瞳を、不気味な血の色に光らせながらグルングルドを構え直した。


「ハハァ! 楽しくなってきたぞ!」


傷を負わされたというのに、彼は心底嬉しそうにガラガラ声で喚いた。


「いざ! 尋常に勝負!」

「ほざくかァ!」


ギュスタフが怒声を上げ、地面を蹴った。

巨大な銀竜が地面を砕きながら、クロッカスに向かって突進をしようとし……。

その体が、ガクンと揺れて止まった。

彼の体に、何か黒いものがグルグルと巻き付いていた。

それは夜の闇から生えていた。

人間の腕……それも、とても長いものが、数十本も空中から伸びて、銀の竜の全身に絡みついていたのだ。


「これは……!」


ギュスタフの目が見開かれる。


「黄泉の亡者の腕は、もがけばもがくほど絡みつくよォ」


しわがれた声が響いた。

杖をギュスタフに向け、黒いローブを羽織って顔に笑顔の不気味な木面をつけた老婆が笑った。


「ユルドスルド!」


クロッカスが怒声を上げ、左手で突撃槍を振る。

それを老婆の眼前に突きつけ、彼は吠えた。


「俺の勝負を邪魔するか!」

「のう、鮮血のクロッカス?」


喉の奥を揺らして笑い、彼女はひしゃげた声で続けた。


「もうじき夜が明ける。もうすぐだ。ここでグルングルドを壊されれば、お主死ぬぞ?」

「俺の戦いに口を出すな……屍人風情が!」

「バルダン様が求めているのは確実な勝利……お主の欲求を満たす勝負ではない」


ユルドスルドはそう言って、木面の奥のしわがれた目で彼を見上げた。


「……ではなかったか?」


問いかけられ、クロッカスが黙る。

彼は、暗闇から幾重にも伸びた不気味な腕で動きを封じられた銀の竜を見た。


「チィ」


面白くなさそうに舌打ちをし、穢れたゴブリンは足を踏み出した。

そしてもがくギュスタフの前に立つ。


「悪く思うなよ、鉄のギュスタフ。戦いに身を置く同士として、もっと楽しみたかったが」


竜の胸に向けてグルングルドを構え、クロッカスは無造作にそれを突き刺した。

竜の鱗をあっさりと貫き、突撃槍が背中に抜ける。

次いで、ドッと赤い血液が噴出した。

それがグルングルドと、クロッカスの鎧を赤く染める。


「シュ……ナク……」


呻くギュスタフの目から光が消えていく。

崩れ落ちた巨大な銀竜を、つまらなそうに見下ろしてからクロッカスは足を踏み出した。

そして倒れているシュナクに近づこうとし……ガクンとその巨体を揺らして止まる。

倒れたギュスタフが、残った左腕を伸ばしてクロッカスの足を掴んでいたのだ。

ギュスタフは口から滝のように血液を垂れ流しながら、絶叫した。


「シュナク、今だ……!」


胸を貫かれて転がっていたシュナクが、カッと目を見開いた。

そして血液を吐き散らしながら一気に起き上がり、地面に手を伸ばして息子を手で掴む。

一瞬の隙をついて、シュナクは翼をはためかせて空中に飛び上がった。


「へえ……?」


クロッカスは銀竜に足を掴まれながら、空を見上げた。

そしてギュスタフの頭に、無造作にグルングルドを突き立てた。

頭骨を破壊され、巨大な銀の竜がうめき声を上げて動かなくなる。

次いで、彼はグルングルドを構えて、空を飛ぶシュナクに向けて投げつけた。


10 に続く

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