8.魔具グルングルド
「エントル、魔力を感知できるか?」
ギュスタフに問いかけられたエントルが、目を細めて森の向こうに目をやる。
「十……二十……三十、一個中隊だな。その中でも強力な魔力が、三」
「三……?」
銀の竜は視線を赤い大蛇に向けた。
「淀み、腐った気配だ。屍人が来ている」
「屍人だと……?」
青くなり、ギュスタフは押し殺した声を発した。
「……確かに、思っていたよりも状況は良くなさそうだ」
「ギュスタフ殿、何故早くにここを離れなかった?」
エントルに咎めるように言われ、竜の父は少し押し黙った後に続けた。
「……我らに、子が産まれた」
「何?」
赤い大蛇が目を見開く。
その視線が、ギュスタフの背中でシュナクに抱えられている赤子に向く。
「……成る程」
「無駄話はここを切り抜けてからだ。エントル、薙ぎ払うのだ!」
「御意」
エントルの瞳孔が収縮し、彼は大きく鎌首をもたげて、耳元まで裂けた口を大きく開いた。
その喉奥の空気がうずまき始め、赤い炎が噴き出し始める。
「シュナク、飛べ!」
ギュスタフが叫び、後ろに飛び退ったのと同時に、エントルが渦巻く巨大な火球を吐き出した。
火球が、周囲の空気が歪むほどの熱量を発しながら空中を回転して、数秒間滞留する。
そして、淡く光った次の瞬間、森の向こうへと吹き飛んだ。
周囲の木々や地面を抉り、燃やし尽くしながら、巨大な火球が飛んでいく。
それが、彼らから離れた場所で膨れ上がり、まるで爆弾のように炸裂した。
一瞬空気が向こう側に流れ、そして破裂した熱気が、炎を帯びて撒き散らされる。
熱風が吹き荒れ、その強風に煽られて妖精の里の花々が散り、舞い上がった。
「シュナク様!」
赤子にしがみついたメルトが悲鳴を上げる。
シュナクは片手でメルトと赤子を抱きしめ、ギュスタフの背中から飛び降りた。
地面に着地する前に、その体が膨れあがって、白い竜の体を形成し……。
彼女が翼を広げて、夜の闇に飛び上がろうとした時だった。
光が走った。
先ほどエントルが火球を吹き飛ばした着地点が、真っ赤な炎を噴き上げてこうこうと燃えている。
そこから、飛び上がったシュナク達に向かって一直線に白い光が突き刺さった。
「シュナク!」
ギュスタフが叫ぶ。
白い竜は、自分の胸を貫いた光にカチあげられ、空中を弧を描いて舞ってから、地響きを立てて花畑に落下した。
受け身も取れず、無造作に墜落したシュナクが半開きになった口から赤い血を吐き出す。
凄まじい衝撃だった。
竜の鱗を貫いて、簡単に向こう側に抜けた、飛翔した何かが、ぐるぐると回転しながら森の向こうに飛んで戻って来る。
墜落した赤子は、地面に投げ出されていた。
攻撃を受ける寸前に、シュナクが庇っていたのだ。
否。
赤子がいなければ避けられた。
その光は、紛れもなく赤子を狙ったものであり。
シュナクは、身を挺して庇う以外の選択肢がなかったのだ。
地面に墜落した衝撃で気を失ったのか、メルトが赤子に覆いかぶさるように目を閉じている。
「ふむ……」
森の向こうから落ち着いた、ざらついているしわがれた声がした。
「当たったのは白麗のシュナクかぇ……」
ヒッヒ、と笑う老婆の声。
その脇で、回転しながら戻ってきた、巨大な突撃槍を片手で受け止め、地面に突き立てた、赤い鎧の男が、胸を張って足を踏みしめた。
エントルが発した炎が、男の眼前で、海を割るように綺麗に両断されていた。
「女子供を狙うかァ!」
ギュスタフが怒声を張り上げる。
穢れたゴブリン、クロッカスは喉を鳴らして、嘲るように笑ってみせた。
「どうせ殺す標的だ。順番などどうでも良いだろう? なぁ、鉄のギュスタフ」
「エントル! 炎を……」
ギュスタフがそう言って、弾かれたように隣のエントルに視線を移した。
赤い大蛇の腹部に、いつの間にか巨大な穴が空いていた。
そこから血のように溶岩が噴出している。
「ギュスタフ殿……不覚を取った……」
大蛇が首を揺らし、溶岩の中に崩れ落ちた。
「お前、儂を庇って……」
「その召喚魔獣が庇ってくれなかったら、夫婦仲良くグルングルドの一撃に喰われていたな? どうした、ギュスタフ。しばらく見ない間に随分なまったじゃあないか?」
馬鹿にするようにそう言って、クロッカスは鎧の足を踏みしめた。
「さぁ、俺と戦え、鉄の竜。召喚魔獣などという無粋を使うな……貴様自らの力で、死に物狂いを見せてくれ」
押し殺した声でそう言い、ゴブリンが兜の奥の目を、不気味に赤く光らせる。
彼は片手で突撃槍を構えた。
ギュスタフは溶岩に溶けて消えたエントルを横目で見て、そして地面に投げ出された赤子に視線を移した。
森の向こう、破られた結界を乗り越えるように、鎧を着たゴブリン達が、花畑に侵入してくるのが見える。
クロッカスは突撃槍……魔具グルングルドを投擲の体勢で構えると、軽々とギュスタフに向けて投げつけた。
巨大な槍が一筋の光となって、倒れているシュナクに向かって殺到する。
「グッ!」
ギュスタフは歯を強く噛みしめると、妻と槍の間に飛び込んだ。
鈍い音がした。
銀の竜、その右肩の部分が、右翼の根本もろとも、光に弾き飛ばされた。
絶叫したギュスタフの声が響き、次いで地面に、彼の右腕と右翼が地響きを立てて無造作に転がる。
また戻ってきたグルングルドを片手で掴み、クロッカスは赤い血を傷口から、滝のように垂れ流しているギュスタフを見た。
そして引きつった笑い声を上げる。
「どうしたァ鉄のギュスタフ? 護ってばかりじゃなく、少しは吟次を示してみたらどうだ? 生き残りのエンバードラゴンの吟次とやらをなぁ!」
傷ついた夫婦にトドメを刺すかのように、クロッカスはまたグルングルドを投擲した。
9 へ続く
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