6.鮮血のクロッカス
ギュスタフが目を細めて小さく笑う。
夫を見上げ、しかしシュナクはすぐに目を伏せて息をついた。
彼女の様子を見て、ギュスタフは手を伸ばしてその肩を抱いた。
「シュナク、お前のことは儂が必ず守る。子のこともだ。バルダンにも、クロッカスにも手は出させん」
「そう……ですね」
何かを言い淀んで、しかしシュナクはそれを飲み込んで夫の顔を見た。
「しかし、無茶はしないでください。魔具グルングルドは……」
「判っている」
押し殺した声でそう言い、ギュスタフは黙り込んだ。
シュナクも言葉を飲み込んで俯く。
彼らの様子を見て、メルトは眠っている赤子の脇にとまり、不思議そうに首を傾げた。
◇
「竜の魔力痕跡が途切れたのは、確かにそこで間違いないんだな?」
どこか歪んだ、粗雑でしわがれたガラガラ声が響いた。
夜の深い森。
松明を持った人影が複数いた。
それらは、月の光にギラつく銀色の鎧を纏っている兵士だった。
顔全体を覆う兜の奥で、赤い瞳が不気味に光っている。
骸骨のように細い体をしている。
全員背中を丸めて、せむしのように異様な風体をしていた。
ゴブリン、と呼ばれている存在だった。
その中でも、ひときわ体の大きい、先程言葉を発した男が押し殺した声で続けた。
「よし、探せ。結界を構成している依代が近くにある筈だ」
その男は、血のように真っ赤に光る鎧を纏っていた。
牛の角に似た棘が兜から四本伸びている。
格子状になっている目の部分の奥では、鎧に負けて劣らずの真紅の瞳が、邪悪に鈍い色を発している。
ゴブリンの兵士達が静かに頷いて、バラバラと森の中に散っていく。
赤い鎧を纏った男は、手に持っていた、自分の体よりも大きな突撃槍を振って地面に突き立てた。
「ヒヒ……珍しく苛立っているようではないか? 鮮血のクロッカスともあろう者がな……怖いか?」
赤い鎧の男の脇に、小さな人影があった。
背中をぐんと折り曲げた、小柄な老婆だった。
顔に不気味に口元を歪めて笑う、笑い顔の木の面をはめている。
黒いローブを纏っているが、木の面の端からは、水分が感じられない、パサパサとした白髪が飛び出している。
枯れ枝のような手で杖を握りしめて、老婆はクロッカスと呼んだゴブリンを横目で見上げた。
「何せ、狙っている獲物は、あの鉄のギュスタフだ……こちらの戦力も無事では済まないだろうなぁ」
ヒッヒ、と楽しそうに笑い、老婆は腰に下げている革袋を手に取り、中身の液体を口にあけた。
酒の気持ちの悪い臭いがした。
クロッカスは突撃槍を握った手に少し力を込め、表情の読めない兜のまま、老婆を見下ろした。
「無駄口を叩くな。俺は無駄が嫌いなんだ……分かっているだろう? ユルドスルドよ」
「ケケ……そうだったな。口をつぐむ、つぐむよ……こんなところで締め殺されちゃたまったもんじゃない……」
からかうように喉を鳴らして、ユルドスルドと呼ばれた不気味な老婆は笑った。
そして革袋の中の酒をあおる。
「鉄のギュスタフは、エンバードラゴンの中でも有数の猛志だ。油断をしていると、轢き殺されるぞ」
「ご忠告ありがとうよ」
軽くそれに返し、ユルドスルドは杖を持ち上げた。
そして顔の前でくるくると先端を回す。
「ドラゴン共は、上手く気配を隠しているようだが……ケケケ、バカだねえ。子供かねえ、その魔力が全然隠れてないねェ、丸見えだよ」
「可能なら、子供は生け捕りにしたい」
クロッカスが押し殺した声でそう言う。
老婆が不思議そうに彼を見上げた。
「ほう? いつものように殺して、骨と皮と魔力にしてしまえば良いのではないかぇ?」
「預言術師の言うところによると、鉄のギュスタフの子供は、神の子らしい」
赤鎧のゴブリンの言葉を聞いて、ユルドスルドは少し笑い声を止めた。
「へェ……?」
「魔具に改造する前に、いろいろな利用法はある。何より産まれたばかりの子供の魔力は純度が高い」
「なるほどねェ」
ケケケ、と耳障りに笑い、小さな老婆は体を揺すった。
「ならば、尚更他の軍勢に先を越される前に、鉄のギュスタフを仕留めないとねェ」
「…………」
押し黙ったクロッカスの目に、駆け寄ってくる兵士の一人が映る。
「クロッカス公」
鎧を着た、駆け寄ってきた兵士が背筋を伸ばして敬礼をする。
「どうした?」
「花妖精の里への道と思われる、痕跡を発見したとの報告がありました」
「……成る程」
クロッカスは兜の奥で、わずかに口元を歪めて笑った。
「奴ら、花妖精の里に避難していたか」
「どうしますか? 火を放つこともできますが……」
「待て」
赤鎧のゴブリンはそう言って、地面に突き立てていた突撃槍を持ち上げた。
そして巨大なそれを片手で振り回し、眼前に固定する。
「我が魔具、グルングルドが血を欲している。武人らしく、鉄のギュスタフとは正々堂々と戦おう」
「御意」
「引き続き、花妖精の里の入口を探せ」
兵士に短く命じ、クロッカスは面白そうに喉を鳴らした。
「さて……少しは愉しませてくれるといいのだが」
「…………」
ユルドスルドは、傍らの巨大なゴブリンを横目で見てから、また革袋の酒を口にあけた。
7 に続く
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