5.メルト
大精霊がそう言うと、花精霊達が口元を抑えて俯いた。
「やはり……!」
シュナクは強く歯を噛んで、押し殺した声で続けた。
「クロッカス・フルーエント……! 穢れたゴブリン族め!」
吐き捨てた声には、確かにか激しい憎しみが込められていた。
その震える妻の手を、そっと腕を伸ばして、ギュスタフが掴む。
「シュナク」
静かにそう言われ、シュナクの憎しみに染まった目の色が、ハッとしたように落ち着いた色に戻る。
「いまの儂らには、子がいる。感情に任せて行動するのは、得策ではない」
「そう……ですね。申し訳ありません」
小さくシュナクが呟く。
大精霊は夫婦の様子を見ていたが、息をついて静かに言った。
「この里も、いつ侵攻を受けるか分かりません。聞くところによると、クロッカスは魔具グルングルドを操っているそうですね。相対したら、私の魔力でも攻撃を防ぎきれるかどうか分かりません」
「避難をすることはできないのですか?」
ギュスタフが口を開く。
大精霊はそれを聞いて、ゆっくりと首を振った。
「勇敢なドラゴンの戦士よ、それは出来ないことは、あなたが一番よく知っているでしょう。我らはこの土地で産まれ、この里と共に生きています。ここを捨てるというのは、私達が生きるのを放棄するということに同義なのですよ」
「…………」
押し黙ったギュスタフの手を、心細げにシュナクが握り返す。
「我らに出来るのは、神の子に加護と、術式を授けることです。それから先の未来は、あなた方で切り拓かねばなりませんよ、ギュスタフ、シュナク」
優しく呼びかけられ、夫婦は深く頭を下げた。
「早速加護を与えましょう。ああ……その前に。私はここを動けませんが、代わりに、今日花から産まれたばかりの子を、連れて行くと良いでしょう。何かの力になるかもしれません」
大精霊に言われ、シュナクが顔を上げて目を丸くする。
「よろしいのですか?」
「ええ。我ら一族の希望も、未来に繋がねばなりません。私からもお願いしましょう。どうか、我が子を頼みます」
彼女はそう言うと、傍らの大きな花の蕾に手を当てた。
その花が淡い桃色に輝き、ゆっくりと花弁が開いた。
中には、花の中央に横たわるように、金色の長い髪を揺らした妖精が目を閉じていた。
花妖精達が、産まれた新しい仲間に群がって、髪をとかしたり、服を着せたりし始める。
「メルトと言います。メルト、お前の主人様達です。付き従い、お守りしなさい」
草で編まれたワンピースを着た妖精、メルトは、小さな目をキラキラとさせながら、背中の羽根を動かした。
空中に浮かびあがり、彼女はシュナクの前に移動して頭を下げた。
「こんにちはです、御主人様方!」
鈴の鳴るような綺麗な声が響いた。
シュナクは小さく笑って、手を伸ばした。
そこにメルトが乗る。
「こんにちは、メルト。わたくしはシュナク。こちらは夫のギュスタフです」
「よろしく、妖精族のお嬢さん」
ギュスタフが短く言って、少しだけ笑った。
◇
加護を与える儀式は、意外なほどすぐ終わった。
大木の真下に連れて行かれ、地面に描かれた光の円陣の中で赤子を抱いたシュナクが、膝まづいて頭を下げている。
大精霊は口元で何かを唱え終わり、息をついた。
「……これで良いでしょう。その子には、花精霊の祝福を授けました。その加護が全ての
災厄から、身を守ってくれる筈です」
「ありがとうございます、大精霊様」
「時間も遅くなりましたね。今日はこの里に滞在すると良いでしょう。外れに、あなた方のような、大きな人用の宿があります。使ってください」
彼女に促され、シュナクは立ち上がった。
「お言葉に甘えさせていただきます。あなた、よろしいですか?」
「ああ。夜の森は危険だ。滞在させてもらうとしよう」
メルトが空中を飛んで、赤子の脇にとまる。
彼女は眠気に負けて目を閉じ、寝息を立てている赤子をしげしげと見つめた。
「この子のお名前は?」
そう問いかけられ、シュナクは小さく笑って答えた。
「私達エンバードラゴンは、大長老様に名前を授けていただくのよ。素敵な名前をいただけるといいわねえ」
「そうなんですね。どんなお名前になるんだろう!」
胸に手を当てて、メルトが花のように笑う。
彼女に微笑みかけてから、シュナクは夫と連れ立って歩き始めた。
「まだ言葉は話せないのですか?」
メルトがシュナクの脇を飛びながら、また問いかける。
シュナクは少し考え込んで、それに答えた。
「そうね……今日の夜に、言語の術式をこの子に継承しましょう。少しすれば慣れてきて、話せるようになるはずだわ」
「それは素敵! 私、沢山お話したいです」
「君は、産まれたばかりだというのに、いろいろ知っているようだな?」
不思議そうにギュスタフに言われ、メルトは腰に手を当てて、自慢するように胸をそらしてみせた。
「私達花妖精は、大精霊様の記憶をそのまま継承して産まれるんです! なので、魔法だってちゃんと使うことができるんですよ」
「はは、そうなのか。それは頼もしい」
6 に続く
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