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3.花精霊の里

「バルダンの軍は、まだ森には入ってきていないとはいえ油断はできぬ。それに、嫌な噂を聞いた」


ギュスタフがそう言うと、シュナクが赤子に傾けていた匙から、夫に視線を移した。


「嫌な噂……?」

「クロッカス・フルーエントが、今回のバルダン軍侵攻に助力しているという噂だ」

「クロッカス……!」


シュナクは、その名前を聞いた途端に体を硬直させた。

手に持った匙が床に転がり、乾いた音を発する。

ギュスタフは少し押し黙ると、椀を床において手を伸ばし、匙を拾い上げた。

彼は立ち上がって、壁にかかっていた籠から別の匙を取り出すと妻に差し出した。


「大丈夫か?」


シュナクの手が、微かに震えていた。

夫に問いかけられて、彼女は顔を上げて息をついた。


「申し訳ありません……」

「良い。動揺するのも無理はない」


夫から匙を受け取り、シュナクは静かに彼に問いかけた。


「南方のゴブリンが、ドワーフ族に協力するとは思えませんが……」

「儂もそう考えていた。しかし、現在のドワーフ族は、内部の勢力が二分されている。バルダンはその中でも、保守派を抑えて政界を牛耳る、侵略派の勢力だ。たとえ呪われたゴブリンだとしても、使えるものは使うのだろう」

「邪悪すぎる」


シュナクはそう吐き捨てて、歯を噛んだ。


「……戦争とはそういうものだ」


ギュスタフはそう言って椀の中身を飲み干し、立ち上がった。


「ちと、周囲を見回ってくる。森の木々がざわついている気がする」

「わたくしも……」

「子が腹を空かせていてはいかぬ。十分に食わせてやってくれ」


そう言い残し、彼は椀を流しに置いてから、鎧を鳴らし巣を出ていった。

それを見送ってから、シュナクは表情を落とした。

憂いをたたえた目が、真っすぐと赤子に注がれる。


「こんな戦乱の世でなければ、もっとゆっくりできるのにね……」


寂しそうにそう呟いた母を見上げる。

その目に、深い悲しみの色がうつっているのが分かる。

戦乱……?

どういうことか分からなかったが、この人が悲しそうな顔をしているのは、何だか嫌だった。


「ケ……エ……」


何か言葉を発しようとしたが、代わりに鳥の鳴き声のような音が、喉から出てきただけだった。

しかしシュナクは目を丸くして赤子を見た。


「この子、もう言葉を……?」


驚愕の呟きをして、彼女は少し考え込んでから微笑んだ。


「花妖精から加護をもらったら、言語習得の魔法を伝授します。そうしたら、少しずつ喋れるようになるからね」


焦ることはないわ、と続けてまた匙を差し出す母。

赤子は、小さく喉を鳴らして甘い粥を飲み込んだ。



ギュスタフが戻ってきたのは、太陽が中天に差し掛かった頃だった。

シュナクと少し話し込んでいたが、彼は赤子の様子を見て息をついた。

赤子をシュナクが抱き、彼女を支えるようにギュスタフが歩き出す。

深い森だった。

何の植物か分からないが、知識にある南国の木々のように、妙な形をしているものが多い。

あまり動物も通らないのか、ツタが幾重にも絡まっていて、ギュスタフがそれを手で千切りながら進む。

たまに人間大の、トンボのような虫が脇を通過してぎょっとする。

手を伸ばして、自分を抱いているシュナクの服を掴む。

母はそれを察したのか、優しく赤子の頭を撫でた。

少し進むと、巨大な滝が目に入った。

滝壺に降り注ぐ水が飛び散り、キラキラと光を反射している。

空気が澄んでいて、気持ちが良かった。

シュナクが息をついて、滝に向かって頭を下げる。

ギュスタフも軽く会釈をし、滝に手を伸ばした。

彼が小さく口の中で何事かを呟くと、手の周りが水色の光を発した。

次の瞬間、円形の光の帯が滝を包んだ。

小さな地鳴りとともに、滝がひとりでに中心から二つに割れていく。

次いで、滝壺の下から岩がせり上がり、まるで道のようなものを形作った。

夫婦はそこを渡り、割れた滝の奥にある、小さな木造りの扉に近づいた。

ギュスタフが手を伸ばして扉を開く。

そして彼は、シュナクが背を屈めてそこに入ったのを確認し、自分も体を滑り込ませた。


滝の向こう。

そこは、一面が花に包まれた草原だった。

現実のものとは思えない程の、おびただしい数の花……甘い匂いと柔らかい風が吹く空間が広がっている。

目を丸くしている赤子を見て、シュナクは小さく笑った。


「花妖精の里よ。綺麗でしょう?」


彼女がそう言うと、周囲の空気が微かに揺れた。


「シュナクだ」

「シュナク、シュナクだよ」

「ギュスタフもいるね」


小さな、鈴が鳴るような声が複数響く。

夫婦が顔を上げると、彼らの周りに、小鳥のような影がふわっ、と現れた。

しかし、現れた複数の影は、小鳥ではなかった。

背中に鳥の羽根を持った、小さな小さな人間……人形のようなそれらが、空中を舞っていたのだ。

それらは全員、一様に草を編んだワンピースを着ており、金色の髪をそれぞれ綺麗に頭の上にまとめている。


「やあ、皆様。大精霊様に用がある」


ギュスタフがそう言うと、彼女達はコロコロと笑って夫婦の周りを飛んだ。

そして赤子を見て、小さな声をあげてわらわらと群がる。


「赤ちゃん!」

「赤ちゃんだよ!」

「産まれたんだ、おめでとう!」


嬉しそうな声を発した彼女達に、シュナクは笑いかけた。


「ありがとう。喜んでくれて嬉しいわ」


4 に続く

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