12.デュプケ その1
竜の子の声を聞いて、少女は首を傾げて息をついた。
そして、それには答えずに空気を深く吸い込んで、細く吐き出す。
彼女の口から白い光の線が、ゆらゆらと揺らめきながら出てきて、繭に絡みついた。
しばらくそれを続けてから、デュプケと名乗った少女は深く息を吐いた。
「この歌は、お母さんに教えてもらったんだ」
「お母さん……?」
混乱して口をつぐむ。
言葉を発しあぐねている彼の方を向いて、デュプケは岩に座り直した。
「あなたは魔族?」
問いかけられて、竜の子は少し迷ってから答えた。
「魔族……って何だ?」
「そんな感じがするけど。隠すことはないよ」
デュプケは寒そうに自分の両肩を抱いて、体を丸めた。
「あたしは別に、他の人にあなた達のことを言ったりはしないし。数時間すればその繭は、傷を吸って消えるから、動けるようになると思うよ。あたしはもう、戻らなきゃ」
やけに細い手だ。
よく見ると、ものすごく痩せている。
手で押さえている肩は、押したら壊れてしまいそうだ。
それに、首や、腕にミミズ腫れのような、何かで殴られた痕が大きく見え隠れしている。
「夜になったら、何か食べるものを持ってきてあげる」
「待って。君は……」
問いかけようとして身動ぎしたが、傷の痛みで動くことが出来なかった。
どうやら、足の骨が砕けているらしい。
よく覚えていない。
母さん……白竜がやられて、空中に投げ出されてからの記憶がない。
あの時の自分は、深い、どうしようもない怒りと……やるせない無力感に震えていた。
それから……。
思い出そうとして、抉りこむような頭痛がした。
デュプケは黙り込んだ竜の子から、眼帯をつけた顔を洞窟の出口の方に向けた。
そして脇に転がっていた木の杖を手に取る。
彼女はコツコツ、とそれで洞窟の壁面を叩くと、器用に歩いて嵐の中に消えていった。
◇
「これは魔法ですよ!」
少し前に目を覚ましたメルトが、キラキラと目を輝かせながら竜の子の前の繭に腰を下ろす。
妖精の子は、嬉しそうに光の繭を手で触った。
「魔女でしょうか? その子に助けてもらって、幸運でした」
「ええと……メルト、でいいんだよね?」
問いかけると、花妖精は頷いた。
「はい、メルトです。坊っちゃん!」
「覚えてないんだけど、どうして僕らはここに?」
「覚えてないって……どこからですか?」
「母さん……とはぐれてから。父さんと母さんは無事なのかな……?」
声が、自信がなさそうに尻すぼみになる。
メルトは、少しの間悲しそうな顔をして竜の子を見ていたが、息をついて首を振った。
「そんな……」
「お言葉を話せるようになったばかりの坊ちゃまに、こんなことを告げるのは苦しいですが……ギュスタフ様と、シュナク様は穢れたゴブリン族に殺されました。私達は、嵐に煽られて、高いところからここまで落下したのです」
「…………」
父さんと母さんは。
死んだ。
その事実を受け入れることがどうしても出来なくて、胸の奥に湧き上がった吐き気を、苛立ちの咳と共に吐き出す。
「分からないよ。まだ生きているかも……」
「坊ちゃま」
メルトは静かに竜の子に呼びかけると、ためらいがちな声で続けた。
「穢れたゴブリン族のクロッカスは、ドラゴンライダーとして有名な蛮族の頭です」
「ドラゴンライダー……?」
「はい。魔族の持つ圧倒的な魔力を、魔具という武器に転用するのが、ドワーフ族の技術です。クロッカスが持っていたのは、そうして作られたものの一つです。そしてヤツは、斃したドラゴンの骨を集めている、ドラゴンを狩る専門の傭兵と聞きます。仮にあの戦いの末、奥様と旦那様が生きていらっしゃったとしても、もう……」
ドラゴンライダーという単語の意味は分からなかったが、竜の子はメルトが小さい目からぽろぽろと涙をこぼしているのを見て、口をつぐんだ。
そして少し考えて口を開く。
「できるだけ早くここを離れよう」
「坊ちゃま、しかし、そのお体では……」
「クロッカスとかいう傭兵は、僕のことを狙っているように感じた。探しに来ると思う。だから……」
身動ぎをして、また足に激痛が走る。
先程よりも動きやすくはなっていたが、回復まではまだしばらくかかりそうだった。
メルトは、産まれたばかりだというのに思慮深い行動をとっている竜の子を、感心したように見上げた。
「坊ちゃまは聡いお方です。しかし、外はまだ嵐がやみません。クロッカス達の追撃も、まだしばらくは大丈夫でしょう。今は、魔法を幸いと考えて傷を治すことに集中しましょう」
「メルトは、怪我は治ったの?」
心配されて、花妖精は小さく笑った。
「はい! 折れていた羽根や腕の骨もこの通り!」
ブンブンと手を振ってみせたメルトを見て、竜の子は軽く口の端を歪めて笑った。
デュプケという少女が出ていって、もう数時間経っていた。
あたりには白いもやが立ち込めている。
今は魔法の影響で寒くなかったが、よく見ると洞窟の中にはつららが何本も垂れ下がっていた。
少し離れると、かなり寒いはずだ。
「あの子……」
デュプケのことを口に出そうとして、言い淀む。
どう説明したらいいのか、全く分からない。
第一、今自分がこの世界にいるということも、上手く解釈できていないのだ。
でも、あの時に聞いた歌は。
確かにかつての恋人。
自殺した最愛の人。
ハルカが作った、歌だった。
13 に続く
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