11.歌
いつか、届くと思っていた。
僕の歌は、いつか誰かの心に響いて、忘れられないものとなり、そして永遠に遺っていけるんだ。
そんな理想を、何の疑いもなく抱いていた。
ただガムシャラに歌っていけば。
ただ盲目的に、その時の感情を曲にしていけば。
きっと誰かが認めてくれる。
きっと誰かが涙してくれる。
そう、信じていた。
「…………」
ただ呆然と、目の前の光景を見つめていた。
線香の匂い。
ドライアイスの冷気。
活けられた花の花粉が鼻腔をくすぐる。
「え……」
声が出なかった。
地方でのライブ活動を終えた頃だった。
一緒に暮らしていた人が、自殺した。
死因は、風呂場で腕の血管を傷つけたことによる大量失血。
発見された時には、冷たい水の中で固くなっていたらしい。
その人の親族は、葬式に参列しなかった。
元々家族関係などないに等しい存在だった彼女を弔い、唖然として声が出ないまま、骨になったその人を見下ろす。
乾いた死臭がした。
そこにはもう、想像していた温かさも、声も、視線も、何もなく。
空っぽの眼窟がただぼんやりと空を見つめているばかりだった。
骨を箸で拾って、骨壺に落とす。
驚くほど軽く、脆く、細いそれがカラカラと音を立てる。
まるで楽器のようだ。
そう感じてしまい、次いで彼は込み上げてきた猛烈な吐き気に抗うことが出来ず、箸を取り落として床に膝をついた。
後から後から、涙が、嗚咽が、絶叫が溢れてきた。
こんな時でも音楽にたとえ、音楽にすがってしまう自分がたまらなく浅ましく、ドス汚いものに思えたのだ。
どうして自殺をしたのか。
どうして僕を遺して、一人で逝くことを選んだのか。
その理由さえも推し量ることの出来ない、浅はかで愚かな自分が嫌だった。
嫌で、嫌で、嫌でたまらなかった。
人を救うと自惚れていた。
人の心を動かせると奢っていた。
蓋を開けてみれば自分は。
大切な人を。
身近な唯一の存在のことさえ。
救うことが、できなかったじゃないか。
理解ってやることさえも、できなかったじゃないか。
この薄汚い自分がとても汚れて、穢れている気がした。
もう、ここにいてはいけないんだ。
もう、僕は歌う資格なんてないんだ。
そう思った。
命を断てば、この苦しみから解放されるのではと思った。
だから、僕は……。
◇
歌が聞こえた。
掠れた意識の端で、どこか懐かしいフレーズが頭の奥を優しく叩く。
鼻歌だった。
微かな、鈴が鳴るような声。
それが周囲の空間に、まるで上質な御香が煙をたなびかせるように、ゆっくりゆっくりと広がっていく。
温かい。
そう、感じた。
気持ちが良い。
次に、そう感じる。
何かに包まれているような、圧倒的な安心感が身体全体を覆っていた。
それは、母に包まれている感覚に、とても良く似ていた。
「母……さん……?」
途切れ途切れの意識で必死に目を開く。
そして口に出した言葉に、自分で驚愕する。
声が出たのだ。
歌が、それを聞いて止まった。
視界の焦点が定まらない。
体中が痛かった。
身動ぎをしようとしたら、肩口に激痛が走った。
「うあ……!」
悲鳴を上げると、鈴の鳴るような小さな声が、慌てたように呼びかけてきた。
「動かないで……酷い怪我をしてる。そのままでは、じきにあなたは死んでしまうわ」
母さんでは……シュナクではない。
明らかにもっと小さい、子供の声だ。
メルトの声とも違う。
横目を動かすと、自分の脇で、メルトは横になって寝息を立てていた。
そこでやっと視界が定まる。
竜の赤子は、ぎょっとして目を見開いた。
自分達は、光の帯に包まれるように、空中に固定されていた。
いや、正確には空中に、光の糸で織り込まれた輝く小さな繭の中に包みこまれていたのだ。
「あたしの術は、そんなに長くは保たないけど、傷を塞ぐことはできるはず。だから、まだ動かないで」
もう一度呼びかけられ、声がした方に目をやる。
小さな人影があった。
ボロの上下を纏った、腰まで金色の、汚れた髪をたばねておさげにしている女の子だった。
歳の頃は、十四、五程だろうか。
異様だったのは、彼女は目に真っ黒い布を巻き付けていたことだった。
それでは視界がとれないのではないか、と頭の隅で疑問に思う。
案の定、少女は周りが見えていないのか、また空中に手を上げてゆらゆらと揺らしてから、、小さく歌い出した。
歌詞があるでもない、小さな鼻歌。
その歌のメロディに合わせて、白い光が空中をたゆたい、繭に向かって吸い込まれていく。
彼女達は、山の中腹に空いた横穴……小さな洞窟の少し奥にいた。
離れたところから、尋常ではない雨が豪雨となって吹き荒れている音がする。
とても寒いはずなのに、少女が歌っている周囲は暖かかった。
いや。
何よりも竜の赤子を驚かせたのは。
光の繭でも、少女の眼帯でも、温かさでもなかった。
(これは……)
聞いたことのある歌。
忘れるわけもない。
心に刻み込まれているメロディ。
(この歌は……)
「ハルカ……?」
掠れた声を発する。
少女はまた歌を止めて、軽く首を傾げた。
そして竜の赤子と、眠っている花妖精に向けて手を伸ばす。
「あたしはデュプケ。大丈夫、あなた達は絶対に助ける」
「どうして……?」
竜の目に涙が盛り上がる。
彼は溢れる涙を隠そうともせずに、声を絞り出した。
「どうして、その歌を知っているんだ……?」
12 に続く
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