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1.子守唄

思えば、何も遺せなかった人生だった。

誰かの心を動かすこともなく。

誰かの心に残るわけでもなく。

ただ漫然と人生を生きて、消化して、欲求に苛まれながら一人で苦しんで。

そして僕は、現実に押し潰された。

現実は僕を許容してくれず。

何一つとして僕を認めてくれず。

ただ、目の前に広がる絶望を理解した。


カンカンカンカンカン


踏切が鳴っていた。

まるで音楽のようだ。

そう、無機質に危険を告げるだけの警鐘に対して思う。

そして次に、まだ音楽の事を考えているのか、と僕は自嘲気味に笑った。

口の端を歪めて発した笑みは、乾いた空気に溶け、夜の闇に消えていく。

そういえば、ギターを家に置いてきてしまった。

あれも持ってくれば良かったな。

そんなことを思う。

今から電車に身を投げようとしているというのに、そんなくだらない未練が心の中を駆け回っているのを感じて、僕はまた嘲笑った。

そんな自分がちゃんちゃら可笑しくて。

馬鹿らしくて。

涙が溢れた。


出来ることなら、何かを遺したかった。

出来ることなら、歌で誰かの心に残りたかった。

でもそれを現実は許してくれなかった。

神様は許してはくださらなかった。

僕の歌は世界に対してあまりにも無力で、あまりにも脆弱で、あまりにも無意味だった。

誰も救えない。

自分さえも救われない。

もう駄目だ。

もう駄目なんだよ。

僕はもう耐えられない。

目の前に広がる絶望に、暗黒に、足を踏み出す力はもうないんだ。

開放してくれ、この地獄から。


踏切をそっと持ち上げる。

命を守るはずのその棒は、信じられない程軽く。

信じられない程あっさりと持ち上がった。

持ち上がってしまった。


カンカンカンカンカン


音がする。

ああ、音楽のようだ。

迫り来るライトの白い、突き刺すような光。

そしてクラクションのけたたましい警笛。

一瞬、そうさ。

一瞬さ。

痛みも、苦しみも。

僕が好きだった何もかも。

僕が憎んだ何もかも。

すべては一瞬で、そう、一瞬で終わる。


今際の際に脳裏を走ったのは。

ああ……馬鹿みたいだ。

頬を涙が伝う。

やっぱり、諦めきれないんじゃないか。

僕は何て愚かなんだ。

何て滑稽で、阿呆らしいこの人生。

それでもまだ、手を伸ばしたいと心が叫んでいる。


死にたくないな。


最後の最期に思ったのは、ただ一つ。

その単純な、矛盾した一つの想いだった。



竜の唄が響く(とき)、天から降り注ぐ花はまるで福音(ゴスペル)のように


1.子守唄


光が見えた。

暗闇がどこまでも続くその先に、あたたかい、ほのかに輝く白い光が見えた。

頭がぼんやりする。

思考が上手くまとまらない。

体がとてもだるい。


僕は。

僕は死んだのだろうか。

無事に、死ねたのだろうか。


頭を振る。

コツン、と額が固い何かに当たった。

何だ……?

その感触は、あまりにも現実的だった。

鈍い痛みが頭に広がり、それは否応がなく、彼を現実へ引きずり戻すものだった。

目を開けようとするが、上手く開かない。

腕も、足も、まるで水の中にいるかのように動かない。

もったりとした何かに包みこまれているようだ。


僕は、確か……電車の前に飛び出して。

迫ってくるライトの光に目を閉じて。

でも、予想していた衝撃は、いつまで経っても体を襲わなくて。


コツン、コツン、コツン。

硬い何かの向こうで、それを叩くような音がした。

まるで岩をハンマーで殴るような音なのに、衝撃はない。

何かが聞こえる。

懐かしい音だ。

音……いや、違う。

これは、歌だ。

子守唄のようなかすかな声が、向こう側から聞こえてくる。

しばらくして、軽い破裂音とともに、目の前に光が散った。

閉じている瞼ごしに網膜を焼かんばかりの量の光が目を襲う。

たまらず小さな悲鳴を上げる。

体を覆っていたもったりとした何かが、どろりと周囲に垂れた。

それにまとわりついていた、卵の殻のような割れたものが、地面に糸を引いて溢れる。


自分の喉から出た音に、まず驚愕した。

それは到底、人間の声と言えるものでは無く。

言語の体も為していない、鳥のさえずりに似たか細い声。

動物の産声だった。

必死に目を開けようとする。

未発達の耳に、静かな、穏やかで心からほっとする声が聞こえた。


「あなた、産まれたわよ!」


女性の声だった。

重く、空気の圧がのしかかる頭をもたげて、口の奥から掠れた産声をまた発する。


「おお……もう駄目かと思っていたぞ!」


次いで、雷が落ちたかのような、奥に深く、脳の奥にズシリと響く男性の声がした。

……寒い。

冬の雪の中に投げ出されたかのような寒さだ。

体が意図せず震え出す。

男性の声が戸惑ったように続けた。


「震えているぞ……病気か?」

「産まれたばかりですもの。羽毛も鱗もありませんから、寒いのでしょう」


女性の声が穏やかに言う。

彼女は震えている目の前の赤子をそっと抱き上げると、やさしく、綿菓子を持つように両腕に包んだ。

暖かく柔らかい感触が体を包み、安堵の息をつく。

何だろう、この女の人の声と、体温はとても安心する。

ずっと忘れていたような。

思い出せないずっと前に、確かに感じたことのあるあたたかさだ。


「こうしてはいられぬ。朝になり次第、里に急ぎ鳥を飛ばそう。追って我らもここを離れたほうが良かろう」

「あなた、急ぎすぎですよ。確かにユリアンの情勢は良くありませんが……この子は、まだ何も受け継いでいないですし、目も空いておりません。それに、わたくしもまだ……」

「す、すまぬ。喜びで失念しておった」


女性が静かに、しかし花のように朗らかに笑った。


「鉄のギュスタフも、喜びで舞い上がる時があるんですね」

「これ、儂を困らせるな」

「うふふ。しかし、急いだほうが良いのは、そうですね……この隠れ里の結界も弱まっています。この子に継承の儀を施したら出立した方が良いでしょう」

「どのくらいかかるだろうか?」

「最低限、この子が飛べるようになるまでは。七夜は必要かと」

「…………」


ギュスタフと呼ばれた男性が押し黙った。

考え込んでいる風の彼に、女性は穏やかに言った。


「この里の上流の、花精霊は我らに対して協力的です。明日にでも、この子に加護をもらいに連れていきましょう」

「それは良い案だ。花精霊の加護は強いからな」


大きな手が伸ばされ、赤子の頭をそっと撫でる。


「我ら、エンバードラゴンの希望だ。是が非にでも未来へ繋がねばならぬ」


2 へ続く

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― 新着の感想 ―
漫然と生きてきたので、踏切のシーンはまるで自分を見ているようだなと思いながら読み始めました。 『綿菓子を持つように両腕に包んだ』という描写で、大切そうに抱き上げる様子がイメージできたし「あ、意外と大…
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