六幕 密謀
曹操の字が誤字っております。
後でネタにしているので穏やかに見ていてください。
「暴れ馬だー!」「暴れ牛だー!」「暴れ豚だー!」「暴れ夏侯だー!」「「「「逃げろ、兄ちゃん!!」」」」
「なんだよまたかよこっち来んなよ追尾すんなよどうしろってんだぶらぶろああぁぁぁぁぁ!?」
洛陽潜伏が二週間目になっても、馬元義は絶賛不幸街道爆走中だった。
「ゲンギ様。いい加減にしてくださいよ、ほんと。私を残して死ぬとか、そんなんスゴい嫌なんですからね。あなたも気をつけてください」
「む。すまん」
「あはは。元譲さんもこの人引いたの? ならわたしと同じだー。お揃いだね!!」
「………」
「なにかな、元譲さん?」
「………千代と、お揃い、だと」
「なにかな、元譲さん!?」
騒がしい二人組から解放されると、馬元義は溜め息を吐いて、辺りを見渡した。
町の通りのど真ん中。
その一角に居を構える大衆食堂。
そこが、大胆にも馬元義が密謀を巡らすために選んだ場所だった。
木を隠すなら森の中。
人口の多い洛陽が、さらに活気づく昼時。
そんな時間に、馬元義は封諸との会談の場を設けたのだった。
「先方は既に」
唐周が馬元義に耳打ちする。
それに頷いて、馬元義も食事処へと足を踏み入れた。
「どわっはうはうはうはう」「相変わらず変な笑い方だな」「そいやー、孟徳。最近、子廉の奴を見なくないか」「ねーねー顔ちゃーん。最近故郷からなんか便りとかない?」「おろおろ? 妙才く~ん? なんか最近青い春の香りが君からするよ~?」
飯店の中は昼時で賑わっていた。というより、一部の客が非常にうるさい。
そんな中を馬元義が首を巡らすと、旅装に身を包んだ二人組がいた。馬元義に向かって、一人が片手を挙げる。
「やぁ。馬元義殿」
安物の布を体に纏っているのは封諸だ。
「お待たせしましたか?」
馬元義と唐周が二人の向かいに座る。
「馬元義殿。こちら、今回の協力者で、徐奉といいます」
封諸の紹介に、徐奉は会釈する。
「有能なお二人と知り合えて、嬉しく思います」
馬元義も小さく拱手を返した。
「馬元義殿、と言ったか」
徐奉がそんな馬元義を見て、初めて口を開く。
「私はまだ、参意を示したわけではない」
次いで、徐奉から発せられた言葉に、封諸は目を剥いた。
「じょ、徐奉殿―――!?」
そんな封諸を無視して、徐奉は馬元義を値踏みするように見る。
「貴殿はなぜ、我らに声をかけたのか。組しやすしと見たのか、それを聞きたい」
十常侍ではない、自分たちになぜ声をかけたのか。
徐奉は封諸から話を持ちかけられた時からの疑問をぶつけた。
「あなた方は、聡明だ」
それに対して、馬元義は用意しておいた言葉を返した。
「先代桓帝より国家に仕え、現在の皇帝に至るまで位を保つことができております。さらに、二度にわたる党錮の禁においても不動という容易ならざる立場を貫いたお二人を、我が主・張角は今世並ぶ者無しと申しておりました。そのお二人が、日の目を見れない現状は、あまりにも間違っている、というのが我らの共通認識でございます」
馬元義は心を凍らせる。そして同時に、表情は熱く燃やした。
「仮にあの戦いが長引いていたら、あなた方のような不動の存在は無傷の第三勢力へと形を変えていたでしょう。あの激動の政変の中で不動を保つことこそが、あの時最も難しく、そして最も英傑となりうる選択でした」
(………そんなわけ、ねーけど)
無傷の第三勢力となるためには、それ相応の働きが必要だ。
にも拘らず、党固の禁においてこの二人は全くと言っていいほどに動いていない。それは動かなかったのではなく、動けなかったのだ。
激流に翻弄され、なすすべなく渦の中心から逃れられなかったに過ぎない。
「なるほど。よく見ている」
しかし、ただただ流されるがままだったならば、今なお中常侍ではいられまい。自分の立場を守るための方策は練ったはずだ。
自分で選んで不動でいたのではなく、気づけば不動の立場をとるか歴史の闇に消えるかの選択肢しか残されなかったので、必死になって生き延びたのだ。
政争とは、発言ひとつ、所作ひとつを失敗すればその先にあるのはトカゲの尻尾としての役割だ。責任を捏造されて処刑される。
それをやり抜いた自負が、この二人の付け入る隙だった。
「しかし、そちらの工作班は二人だけですか?」
徐奉の言葉に、馬元義は笑う。
「あなたの後ろに、私の仲間が来ていますよ」
徐奉と封諸がギョッとして振り返る。
そこには、フードを目深に被った男と、ニヤニヤと笑う女が座っていた。
「二人とも、いつの間に」
目の前で繰り広げられていた言葉の戦に集中していた唐周は驚いてその二人を見た。
「あれあれー? 姐さん、気づいてなかったんスかー? アタシら、ずっといましたよー?」
「さすがに早いな、梁宇。君らに情報がいったのは二、三日前のはずなのに。どこにいたんだ?」
「青州ですよー。問題児三人衆を引率してきたんス」
馬元義の言葉にニヤニヤ笑いの女が驚くべき返事をした。
「青州から司州まで三日………それはさぞお疲れでしょう」
青州から三日では馬を走らせてもギリギリだ。休む間もなかっただろう。しかし、そんな封諸の労いに対して、
「え? まー、疲れたっスね。でも、洛陽着いたのは昨日だったんで、1日休めましたよ?」
と、何でもないことのように女は返した。
「青州から司州まで二日で来たんですか!?」
「そっす、そっす。走って。馬は遅いですからね」
「馬が遅いから走った!? ごめんなさい。私、貴女が何を言ってるのかわかりません!!」
梁宇のトンデモ発言の連続に、封諸が音を上げる。
その様を見て、馬元義は声を上げて笑った。
「この女は梁宇。聞いての通り、足がめちゃくちゃ速いんですよ。こういった謀には迅速さが必須ですからね。コイツのような高い機動力をもった奴は重宝するんです」
その言葉を受けて自然、封諸と徐奉の視線はもう一人のフードを目深に被った男に向けられる。
「あー、と。コイツは………」
「と、馬元義さん。ちょいトーン落としてください。店の反対側に曹一派がいます」
その男は馬元義の言葉を遮って、そんなことを言う。
俄かに場が緊張する。
「あ、あんまし意識しないでください。向こうはこっちに気付いていません。さっき確認した感じでは、曹孟徳、曹子孝、曹子和、曹子義、袁本初、夏侯妙才、顔美麗がいますね。揃い踏みです」
と言った。
「彼は馬芳。歩く人材図鑑です」
声のトーンを落とした馬元義の紹介に、封諸、徐奉の二人は圧倒されながら頷くしかなかった。
「とまぁ、この三人と、それぞれが有する一万の兵。それが、私の戦力です」
そう、笑顔で締めくくる馬元義を前にして、二人の脳裏に後漢の転覆する未来がありありと浮かんだ。
二人の宦官と別れた馬元義たちは間借りしている長屋に戻った。
「ほっほ~う。ここがバゲン兄さんと唐周姐さんの愛の巣ッスか~」
「………あいのす」
「梁宇。おまえ、そういう際どい発言すんなや」
「………あいのす」
「ほらぁ! 唐周がトリップしちゃってるでしょうが!」
「ふーんだ! バゲン兄さんの甲斐性がないのがワリーんス!」
「すみません、馬元義さん。梁宇の奴、ヤキモチ焼いてるんですよ」
「な、何を言ってるかなバホちゃんは!? まったくこの子は訳わからんことを」
「新婚さん、やりたかったらしいですよ。相手は馬元義さんか僕のどっちでもよかったらしいですが」
「いーうーなー! なんだよバカなの死ぬの!? 何でぺらぺら人の秘密喋っちゃうの!? アタシ、バカみたいじゃないッスか!! ちょっとくらい憧れたっていーじゃないッスか!!」
「えーと、うん、わかった。梁宇、次の潜入任務ではお前に新婚さんやらせてやるからな」
「ほらぁ! 気使わせた! いらないよ、別に! アタシ、外回りの方が向いてるもん!!」
「拗ねんなよ。よしよし」
馬元義が頭を撫でると、梁宇は膨れ面をしながらもされるがままになった。その光景を見て、唐周の胸は暖かくなり、自然、笑みが零れた。
梁宇も馬芳も、唐周同様、馬元義が窮地を救った孤児たちだ。梁宇は盗みを働きながら生きていたし、馬芳はある領主の荷だった。
馬元義にとって、知り合いでもなんでもない。しかし、目についた者を助けていたら、こうして周りに慕われるようになったのだ。彼ら二人は、唐周と同じように馬元義が率いる『子』中方小方長として動いていた。
張角と昔馴染みの馬元義の元には、先だっての十二志が集まった軍議よりも先に中方長の依頼がきていたため、こうして身内で潜入班を構成することができていた。
「さて、馬芳。どうだった? 宦官排斥に使えそうな人材は、どのくらいいる?」
漢において、政権は二つの勢力に支配されている。
皇帝の住まう居室に侍り、寵愛を受ける、宦官。
そして、皇后を通して皇帝の一族となった外部の人間、外戚。
この、二つの勢力は、長い大陸の歴史においても衝突を続けていた。
そもそも、宦官とは、罪を犯し、宮刑という去勢の罰を受けた男を皇帝の傍に置いたことから始まっている。
皇帝に侍るということは、皇后とも繋がりをもつことになる。その際に、男女の間違いを犯さぬようにするには、男根を取り除いた宦官は、この上なく信頼できる存在だった。
しかし、人の欲には限りがない。
男根を失い、三大欲求の一つが減退した宦官には、代わりに果てしない権威欲が生まれたのだ。
そんな欲の化身を止めようとしたのが、外戚一派だった。
外戚とは、皇帝の正室の家族を指す。当然、皇后からの信頼は厚く、皇帝も軽視はできない。
自然、皇后の父や兄弟は要職に就きやすくなる。この重要職に入ることで、宦官の動きを牽制することも可能だった。
しかし、こちらも欲に限りはない。外戚が宦官から実権を奪ってしばらくすると、今度は外戚が悪逆の限りを尽くした。
そうなると、自然、皇帝はもう一派である宦官勢力を頼むしかなくなる。
それを受けて、宦官は正義のために立ち上がり、外戚を打ち倒すのだ。宦官に助けられた皇帝は彼らを優遇し、要職に就けた。
正義は、長い間正義でい続けるのは途方もなく清らかな心根が必要なのだろう。
皇帝を不憫に思い、皇帝のために義憤を燃やし、皇帝を助けるべく立った宦官ですら、時が過ぎれば堕落した。
そしてそれを見かねた外戚が起つ。
この国では、面白いようにこの流れが繰り返されている。
その流れは王朝が変わろうとも、揺るがぬものとして君臨し続けた。
その流れを断つ。
それも、張角の隠された思いであった。
その思いを、馬元義も聞かされている。
真の密議は、宦官の預かり知らぬ処で進められた。
続々と馬元義一派が揃っています。
馬芳と梁宇はオリキャラです。
誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月11日)。