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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第二集
57/181

五十三幕 龍騎団の歩み~保護者編



 (ゆう)(しゅう)涿(たく)(ぐん)涿(たく)(けん)(ろう)(そう)(そん)

 常は閑静であったこの村が、現在は騒然となっていた。

 この村を代表する三人の悪ガキトリオ。

 (りゅう)()(かん)(よう)(かん)(えい)

 この三人は旅に出ていた。

 もう、八ヶ月になる。

 その間、居場所と無事を知らせる便りが何回か届いた程度だった。

 そんな三人が、二十一人という大所帯を引き連れて、突如、帰ってきたのだ。

 村中が大騒ぎとなった。



 劉備の母、(とう)(けい)は、劉備が引き連れている一団を見て、めまいに襲われた。

 実はこの董恵、事の次第は把握していた。

 というのも、劉備の古い友人である(こう)(そん)(さん)から書簡が届いていたのだ。

 『ご母堂殿。ご無沙汰しております。公孫(はく)(けい)です。なかなかご挨拶に伺えない無礼をお許しください』

 そんな書き出しから始まった書簡には、劉備が自分を訪ねて来たこと、そして、今劉備がやろうとしていることが細やかに書かれていた。

 しばらく劉備は忙しなくしており、ろくに母親に報告もできないだろうから、と気を利かせたのだ。

 その報告を受けて、董恵は簡雍の父、(かん)(たく)のもとへ駆け込んだ。



 簡雍の父、簡沢は、(あざな)(けい)(りゅう)といった。

 董恵が劉備の父・(りゅう)(こう)に嫁いでこの村にやってきたとき、いろいろと面倒を見てくれた男だった。

 劉弘と簡沢は年が近く、以前から交流があったらしい。仕事で家を空けがちだった劉弘に代わって、世間知らずの董恵をよく助けた。

 それもあって、董恵は簡沢を深く信頼していた。

 簡沢も、劉備に対して、親戚の叔父のように接していた。

 簡沢は、剛毅な人柄で、彼の言葉には安心感があり、村内でも発言力の強い男だ。

 そんな男が、董恵から渡された書簡を見て、にっかと笑った。

 「ほっほう。ガキだガキだと思っていたが、なかなかどうして、面白そうなことをしてるじゃないか。うちのヨウがビー坊の足を引っ張らなきゃいいがね」

 そう楽しげに笑った簡沢に、董恵は顔をしかめる。

 「そうは言いますけど、渓流さん。エイちゃんも一緒なんですよ? こんなことにエイちゃんも巻き込んでしまって………甘さんのところにもなんといってお詫びをしていいか」

 「まったく」

 慌てふためく董恵の頭を、簡沢は丸めた書簡でパコリと叩いた。

 「ビー坊の前では澄ましてるくせに、いざとなったらテンパっちまうのは昔と変わらねえな、オヒメサマ」

 「規範となれるよう、必死に繕ってるだけですよ」

 ニヤニヤと笑う簡沢に、董恵は口を尖らせた。

 「ま、しかし息子と娘じゃ、親の心配が段違いなのも事実だ。甘さんところには、俺もついてってやるさ。とりあえず、状況説明して、頭を下げるところからだな。その後のことは、その後考えよう」

 「そう、ですよね。………ああ、でも」

 「だぁ、じれってぇ!」

 尚もぐずる董恵に、簡沢は痺れを切らし、董恵の着物の襟首をむんずと掴むと、強引に引きずり始めた。

 「ままま、待って! 渓流さん、待って!! 着崩れる! 着崩れちゃいます!!」

 「はっはー。そりゃいいサービスだ。色仕掛けで許してもらおうぜ」

 「や、やめてーーー」

 びえぇぇ、と泣きながら引きずられる董恵と、ガッハッハと笑いながら引きずる簡沢。

 劉備や簡雍が産まれる前は、人見知りの激しかった董恵を、同じように簡沢が連れ回していたのを、二人を見た村人たちは思い返してほっこりしていた。

 十分後。

 デロデロに着崩れた着物を必死におさえ、顔を真っ赤にしながら泣いている董恵を引きずって甘家を訪ねた簡沢は、いの一番に女性の扱い方について、甘英の両親に小一時間にわたって説教を受けた。



 「娘は、劉くん、簡くんと一緒にいるときが一番良い顔をしています。親としてはその顔が曇らなければよいとは思いますが、それを実現するには、万難を排せばよいというわけでもないでしょう。確かに、劉くんは物事を勢いで決めるところがありますが、彼は人を惹きつける才能があります。現に、書簡にも書かれているように、周りが劉くんを支えて計画の穴を塞いでくれています。この計画が進んでも、大過は無いのではないでしょうか」

 「よーするに、エイはいつでも劉くんにあげますよーってことです」

 甘英の父、(かん)()が長々と話したのを、甘英の母、(がく)(よう)がまとめた。

 もっとも、「い、いや、それはまだ早いのでは」と甘毅がモゴモゴと言ってはいたが。

 ともかく、劉備たちが帰ってきたら、笑顔で迎えてやろう、ということになった。



 なったのだが、話には聞いていても、実際に幽州を騒がせている九鬼が、劉備たちと共に帰ってきたことに、董恵は改めて、事の大きさを再認識した。

 めまいを覚えてよろけた董恵を簡雍の母、(ほう)()が支える。

 実際に笑顔で劉備たちを出迎えたのは、簡沢だった。

 「おう。(げん)(とく)、ヨウ。随分とまあ、デカいことをやってるじゃねえの。詳しい話は公孫殿から聞いてるぜ」

 簡沢はそう言って、劉備と簡雍の肩を抱いた。

 「伯珪の兄貴から? そ、そっか」

 安心したように息を吐く劉備に、簡沢はニヤリと笑う。

 「おめーさんのことだ。俺たちにどう説明するか悩んでる内に、今更言い出せなくなったんだろ」

 「ぐぅ」

 簡沢は、劉備のことを産まれた頃から知っている、いわば第二の父親のような存在だ。

 劉備の旅中での葛藤など、わかりきっている。

 「しっかし。(きゅう)()の併合たぁな。実現するたぁ思わなかったぜ」

 そう言ってガハハと笑う簡沢を示しながら、劉備は恥ずかしげに笑って紹介する。

 「(けん)()の親父さんだ。簡渓流。渓流さん。こっちは、えーと」

 劉備は二十一人を順に紹介しようとするが、いかんせん、数が多い。

 誰から紹介しようかと考えを巡らせているのを見た簡沢は、「よし!」と叫んだ。

 「宴だ! おいみんな、聞け。玄徳は、ここにいるお歴々と一緒に義勇軍を結成し、(こう)(きん)にあたるらしい。ここは、村総出で、無事の帰還とこれからの躍進、それから玄徳を支えてくれる方々への感謝を表そうじゃねえか。どう思う!?」

 そんな簡沢の説明に、村人たちは一様に驚き、そして歓声を上げた。

 「そいつぁすげえ!」「おい、村中から肉を集めるぞ!」「ありったけの酒を持って来い!」「火を起こせ!」「机と椅子だ!」「劉坊はいつかやると思ったぜ!」

 村中が蜂の巣をつついたような騒ぎになった。



 宴は三日三晩続いた。

 中には、我も我もと義勇軍に参加する旨を表明する者もいた。

 九鬼の面々も、普段はめったに味わえない歓迎の空気をこれでもかと満喫していた。

 「俺は(らい)(ばん)の頭領をやっていた! 今の名乗りは義勇軍雷万隊、(せき)様だ!」

 ピッシャーーン!!

 斥が名乗りを上げると、背後に雷が落ちる。

 その様を見て、村人たちが興奮したようにどよめいた。

 「わっちは(とん)(ろう)で副頭領をやっていたんです」

 「アタシは(れっ)()の副頭領をやってたんだ!」

 (でん)(けい)は村の娘たちに囲まれている。

 「えーー、そうなんだ! 田ちゃんも副頭領なの!?」

 「ちょっと待ってください。どうしてわっちだけ、副頭領なのを驚かれるんですか? あと、田ちゃんって呼ばないでください」

 半眼で娘たちを睨む田に、景が肩を叩きながら笑いかける。

 「もー、ヨーったら。そんなのわかりきってるでしょ。アタシと比べると、どうしてもあんたの発育はねー」

 「発育でいったらそんなに変わらないでしょう!?」

 「あー、そうよねー」

 景はにやにやと笑う。

 「あんた最近、憲和さんといい感じだもんね。大人の階段上っちゃったかなー?」

 「は!? あんた、何言って」

 「「「その話詳しく」」」

 「ひぃう!?」

 村娘たちに囲まれた田が涙目になった。

 「よっと。こんなもんかな」

 少し離れたところでは、(ちょう)()(かん)()が腕試しと称した試合を行っていた。

 村の若者数人を相手取っても、二人には息の切れすらもない。相手に怪我をさせないように配慮しながらの試合は見事としか言いようがなかった。

 「っ、か、かっこい、っ、くはっ」

 その近くでは、(たん)(しゅん)が関羽の試合を見てときめきすぎて悶絶している。

 そんな中、劉備、簡雍、甘英は、保護者の前に正座していた。



 「ビ。少し世間を見て回りなさいと言ったことが、まさかこのような大ごとになってしまうとは、母は思いもよりませんでした」

 「え、はい。いや、オレもまったく想定外でして」

 「それどころか、憲和くんにエイちゃんまで巻き込むとは。百歩譲って立身出世を夢見るのは構いません。ですが、それはあなた個人で見るべき夢。二人を巻き込んでいい道理はありませんよね」

 「それは、はい。そうです」

 「お、おば様! 私は進んで玄徳についていったんだよ!?」

 「そうです! 徳っちを止め切れなかった責任だって、俺っちたちにもあるんですから!」

 甘英と簡雍がたまらず口を挟む。

 董恵は二人を見て嬉しそうな顔をした。

 「ビ。彼らはあなたをあそこまで思ってくれています。では、あなたはどうですか? 彼らをあそこまで思えていましたか? あなたは、彼らに途中でやめる選択肢を与えましたか? ただの旅行のはずがここまで大きくなって、しかも、彼らに途中で抜ける機会も与えず、彼らの人の良さに付け込んだのではありませんか?」

 その言葉に、劉備は何も返せない。

 たしかに、自分は甘えていた。二人が何も言いださないことをいいことに、考えないでいた。

 二人は劉備に、ただ、巻き込まれているだけである、ということを。

 膝の上に置かれた手を握り締める。

 そんな劉備の手を、横からふわりと温かいものが包んだ。

 甘英の手だ。

 「あの、私たち、確かに、玄徳に巻き込まれてここにいます。こんなのやだ、って何回も思いました。わざわざ命の危険を冒すなんて、怖い、って思いました。でも、それを言っちゃうと、玄徳は多分一人でも行っちゃうと思うんです」

 力強い腕が、劉備の肩を抱いた。

 簡雍の腕だ。

 「徳っちが、俺っちたちの知らない所で戦って、傷ついて、死ぬかもしれない。それはダメだ。徳っちは俺っちたちを振り回す。俺っちたちは徳っちが一人で死なないように見張る。そうすりゃ、徳っちは俺っちたちに遠慮して、動き方も慎重になる。その関係性でいい。その関係性が、いい」

 下を向くしかできない劉備の目に涙が浮かぶ。

 「はっ。ふかすじゃねえか、ヨウ。そこまで言うなら、やりきる覚悟はできてるんだろうな?」

 「エイ。もし君が劉君と一緒に行くというのなら、ここから先は、お父さんもお母さんも君を守ってあげることができなくなる。周りの人と仲良くして、周りの人を助けてあげなさい。そうして周りの人を助けた分だけ、君は周りから助けてもらえるだろう。そのことをよく心に刻み込みなさい」

 簡択が簡雍の宣言に口の端を吊り上げて言い、甘毅が甘英に優しい目で言葉を送った。

 それを受けた二人は強い表情で頷く。

 (オレは幸せ者だ)

 劉備はあとからあとからあふれてくる涙を拭うと、甘英の手を握り返し、簡雍の肩を抱き返した。

 「憲和のお父さん、お母さん。甘英のお父さん、お母さん。二人をオレにください。これからのことを考えると、必ず守るとは口が裂けても言えません。けれど、最期まで、共にありたいと思います。いつもいつも、わがままを言ってしまい、すみません。ですが、許してください」

 頭を下げた、劉備に、簡択と甘毅も頭を下げた。

 「「こちらこそ、子どもをよろしく頼む」」

 声を揃えて述べられた言葉に、一同は皆、笑った。



 「さて!」

 劉備は外で宴会騒ぎをしている仲間たちのもとに向かうと、大きな声で注目を集めた。

 「人が揃った。武器が揃った。次は戦う訓練をして、実戦だ。いよいよ、本番だ。軍勢は三百。対する敵は百万の大軍勢。オレたちにできることなんて、たかが知れてるだろう。それでも、目標がある。名の知れた敵将の首三つ。それが達成できれば、オレたちの勝利だ。だからここに誓おう」

 劉備の手に持たれていた盃が、ぐっと、天に突き上げられた。

 「我ら、生まれた日は違えど、同年同月同日に死なん。死ぬときはみんな一緒だ。そんで、こんなところでオレたちは死なない。生きて、生き抜いて、条件を満たしてやろうぜ!!」

 その言葉に、

 簡雍が、

 甘英が、

 関羽が、

 張飛が、

 (げん)が、

 (ちん)が、

 (りょ)が、

 田が、

 (かん)が、

 (ばく)が、

 ()が、

 (おう)が、

 (かく)が、

 斥が、

 (じん)が、

 (とう)が、

 景が、

 ()が、

 (こう)が、

 (ゆう)が、

 (さい)が、

 鍛春が、

 そして隅の方でひっそりと男が、

 皆一斉に、盃を天に掲げた。


佐久彦版桃園決議!


章番号修正(2024年9月27日)。

誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年11月18日)。

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