四十七幕 龍騎団の歩み~虻蛇編
漁陽城の最後の宝が何者かに盗まれた後、遅ればせながら、劉備たちは雷万を捕らえ、太守に面会をした。
取り調べの結果、雷万は既に宝を売りさばき、それによって得た金を、県の内外にばらまいてしまっていることがわかった。
そもそもこの宝というのは、太守の雛介と県令の法純が不正に溜め込んだ財貨で手に入れたものだ。
県外にまでばらまかれている以上、法純は動くことができず、雛介ですら大きく動けば失脚の恐れがあった。
それ故に燃え尽きて真っ白になった二人に、劉備はにこやかに雷万の確保を報告したのであった。
二人はせめて捕らえた雷万だけでも処刑しようと殺気立ったが、言質をとっていた劉備は、張飛を立ち上がらせると笑顔で抜刀許可を出した。
「私は州内を監督する陶刺史殿から九鬼の併合を任じられています。それを不当に妨害するというのであれば、こちらも実力行使を辞しませんが」
そう笑顔で言う劉備に、兵たちが竦み上がった。
彼らは城壁で張飛が雷万の頭領(に扮した審)を圧倒するのを見ていたのだ。
弱小とはいえ、兵練をしてきた者たちにしてみれば、張飛が自分たちなど及びもつかないような猛者であることなどわかりきっている。
そして、兵たちが動けないでいるのを見て、劉備は笑った。
「では、わかってもらえたようなので雷万の身柄はこちらで預かります。少なくとも、今後漁陽では雷万による被害は起こらないのですから、それで勘弁してください」
そう言って、劉備たち義勇軍は漁陽城を後にした。
ことの顛末を聞いた公孫瓚は頭を抱えた。
(この男は………相変わらず人を怒らせる天才かっ!!)
公孫瓚は今回、雷万に捕まってしまっていた。そのため、劉備の無茶には殆ど付き合えず、後からこうして話を聞いた頃には全てが終わっていた。
雷万を出し抜き、五つ目の宝を奪取しただけでは飽きたらず、雷万が負けを認めたのを確認すると斥に宝を譲渡し、売りさばいた後に改めて合流し、満面の笑顔で報告したのだ。
『宝は奪われたけれど、賊はなんとか捕らえました』
と。
どこにも所属していない劉備たちは好き勝手できるが、漢に所属している公孫瓚は、いってみれば雛介や法純とは別部署の上司や同僚にあたる存在だ。
そういった連中に正面から喧嘩を売ったというのだ。
頭を抱えたくもなる。
九鬼を併合するのに成功して属国に戻ったとしても、漁陽にはしばらく近寄らないようにしよう、と公孫瓚は心に誓った。
現在、劉備たちは雷万砦にいた。
漁陽にほど近い、公孫瓚が捕まっていた民家である。
今回は一気に人数が倍近くまで増えてしまったのだ。
今後の動き方や自己紹介など、やることは山盛りなので、ここで公孫瓚を救出がてら小休止をとることになった。
力のバランスを考えて、雷万も斥と仁以外の人員は他の砦に移っている。
雷万もみな、劉備の活躍を認め、傘下に入ることを良しとしていた。
一段落した空気が流れ、夕食を囲みながら、それぞれの自己紹介を行うことになった。
さて。
ここで。
「大将はなぜ、情状酌量の余地のない悪党である、虻蛇、沌狼と同じ室内にいるのだ? こんな悪賊と同じ空間にいるのは耐えられない」
正義の賊、皓龍頭の湧が、そんな爆弾を投下し、場を緊張が支配した。
「っ!! 悪賊とは言ってくれますね! わっちらを虻蛇と一緒にしないんでほしいんですが!!」
「あぁ!?」
すかさず反論した田に、黄が反応する。
(あぁ!? って言ったぜ)
(ああ、女はキレると怖いよな)
「言ってる場合か」
黄の反応を見た劉備と簡雍がボソボソと囁き合い、甘英が二人の頭を叩いた。
「ふん。どちらにせよ、無辜の民を殺す外道の癖に。同じ穴の狢よ」
「所長ー!? その辺は納得したって言いましたよね!?」
「大将がしっかりと線引きしていると思ったからだ。しかし、大将。あなたはそれをしていない」
湧に見つめられた劉備は頷く。
「うん。してないねぇ」
その、風が草木を揺らしているかのような手応えのなさに、湧は歯を食いしばった。
「彼らがどのような非道を働いてきたか、ご存知ないのか! 村を略奪し、そこに住まう者は幼子にいたるまで殺し尽くす悪賊ですぞ!!」
「っ」
その湧の言葉に反論しようとした田は、しかし湧の言葉に間違いがないのに気づき、顔を伏せた。
「うん。そうだねぇ」
しかし、劉備はその言葉を受けても少しも動じない。
それどころか。
「非道を働くのもこれまた才能、ってね。沌狼も虻蛇も、この義勇軍に必要な人材だと思うよ」
ヘラヘラと、肩を竦めながら湧を小馬鹿にした態度をとった。
ッダァン。
湧の拳が机を叩く。
「訂正してもらいたい」
そして、震える声で、湧が劉備を睨みつけながら言った。
「正義を為す義勇軍をまとめるあなたが、そのような戯れ言を言っては困る」
そう憤る湧に、劉備は挑戦的な笑みを向けて、
「正義を為す? なにそれ初耳。オレ、そんなこと言った覚えないよ?」
肩を竦めて見せた。
劉備の話し方を一度体験していた田は、周囲を見渡す余裕があった。
簡雍、甘英、公孫瓚の三人は、さすがに付き合いが長いためか(また始まった)とでも言いたげな呆れた表情を浮かべている。
他の人間でいえば、郭が劉備を測るように視線を向けている。
それ以外の人間は、突如豹変したように見える劉備に動揺を隠しきれていない。
特に皓龍副頭領の崔は、普段の冷静さを失っていた。まぁ、自分の上司が新参の癖に軍団の大将に噛みついたのだ。
降ってわいた修羅場に責任を感じているらしく、見ていて可哀想なくらい、取り乱していた。
そこまで考えて田は気づく。
いつの間にか、話題の矛先が劉備に向かっていることを。
劉備に視線をやると、目が合った劉備がふ、と少し笑った。
(この人は本当にずるい人ですね!!)
悪賊と罵られたことに反論できないでいた自分を恥じていたのを見透かされていたと知って、赤くなる顔を誤魔化すように、田は八つ当たり気味に劉備を睨んだ。
(フォロー入れたつもりがなぜか睨まれたでござる)
田に睨まれた劉備は、少し肩を落としながら、意識を湧に戻した。
先ほどの挑発は、田を庇う意味合いももちろんあるが、それはきっかけにすぎない。
湧の価値観について、どうしても一言言いたかったのだ。
だから、田に睨まれても気にしてない。劉備はそう自分に言い聞かせ、
(さーて、湧。それに、みんな。いっちょ、喧嘩、しましょうか!!)
視線に力を入れた。
「バカな。正義を為さないのならば、何のための義勇軍か! 民を守るために立ち上がったのではないのか!?」
「その言い方には少し語弊がある。『民を守るため』ではなく、『幽州から黄巾を追い出すため』に義勇軍を結成した。その副次効果で民を守れるかもしれないけど、そこを曖昧にすると後々拗れるかもしれないからね」
と、劉備は指を一本立てて言う。
そして、二本目も立てた。
「そもそも、義勇軍っていうのは正義を為す軍じゃない。義心と勇気で集まった軍のことだ」
(正確には義勇の字は忠義と勇気からきてるらしいですけどね)
余裕のある田は心中でそう呟くが、わざわざちゃちゃを入れたりはしない。
今、劉備は軍団の方向付けをしようとしているのだ。
なんとなくで集まった集団が、なんとなくで行動するのは危険が伴う。
なぜなら、それでも結構、行動はできてしまうからだ。
そして、そのなんとなくの集団は後になって、致命的なまでの意識の違いが生まれてしまい、結果、集団は綻んでしまう。
人は調和を大切にするので、目立った問題が起こるまで、意識の違い程度は黙認してしまうのだ。
その解決法は簡単である。
衝突をすればいいのだ。
そこまで思い至り、田は顔をひきつらせる。
思いつく人がまず少なく、それを実行するような人間は目の前の男以外ではまずいないだろう、と思うが故だった。
劉備がやりたいのはただの衝突ではない。衝突の後に訪れる相互理解こそが劉備の目指す形だ。
しかし、それを読みとれる者が、この場にどれだけいるというのか。
「ちょっといいか?」
黙って成り行きを見守っていた張飛が挙手をして身を乗り出す。
湧はそれを視線で黙殺しようとするが、劉備が楽しそうに口を開いた。
「はい、ヒー。なんですかね?」
機先を制された形になった湧は張飛を睨みつけながらも、発言に口を挟みはしなかった。
「いやさ。ビ兄はなんだか『正義』ってのが嫌いみたいだけど、なんでだ? 正義の義勇軍じゃダメなのか?」
「うーんとね」
話す内容を整理しながら、劉備は周囲を見渡した。
張飛が湧の肩をもつような発言をしたのがよほど意外だったのか、湧の威勢が削がれていた。厳、韓、魯は戸惑いながらも最初から話を聞く体勢はできている。崔はもう少し落ち着かせる必要がありそうだ。関羽は聞いているのかいないのか、よくわからない。
(さーて、舌戦の開始といきましょうか!!)
「『正義の義勇軍』。まあ、周りからそう呼ばれるのは構わないし、百歩譲って、わかりやすくオレたちのことを説明するときに冗談めかしてそう自称するのは別に構わないと思うよ」
「冗談めかして自称、だと?」
そんな劉備の歯に衣着せぬ物言いに、湧が苛立ちを再燃させる。
「いやいや、だって考えてもみてよ。じゃあ、今度はこっちから聞くけどさ。『正義』ってなに?」
そんな子どものような質問に、皆が鼻白む。
「えーと、弱者を守り、強者を倒す的な?」
張飛が照れくさそうにそう答える。
「なるほど。じゃあ、次は弱者って誰のことで強者って誰のこと?」
「………弱者とは傷つけられる者で、強者とは傷つける者だ」
「なるほど。実際に被害が出てから動くのが正義の味方、と。確かに。言い得て妙だな」
「何が言いたいんだ、あんたは!?」
のらりくらりと議論を楽しむように曖昧な態度をとる劉備に痺れを切らした湧は怒鳴る。そんな湧を、劉備は小さな溜め息と共に見た。
「正義ってのは一つの最適な絶対解じゃないってことを言いたいんだよ、湧。民の血税を着服する官僚は悪か?」
「当然だ」
「そうやって着服しないと、家族を食わせてやれなくてもか? その官僚を成敗して、金を奪い返し、その家族が飢えて死んでもか? それが正義か? 分別のつかない子どもを殺す可能性のある行いが、自信をもって正義と言えるか!?」
「それは、詭弁だ………」
湧の弱々しい反論に、劉備は頷く。
「そうだな。詭弁だし極論だ。けど、起こり得る事態だ。誰かを助けるっていうのは、誰かを助けないってことで、それは個人のわがままなんだ。それを『正義』なんて聞こえのいい言葉で飾るなよ。オレは、助けたい人を助ける。助けたい相手が善人だろうが悪人だろうが、助けたいっていう義理人情で人を助ける。そうすれば、その結果で責められても、後悔は少ないだろうからな」
「………」
「もちろん、オレのやることに不満があるときもあると思う。だから、何かやるときは毎回みんなに意見を聞くよ。参加したくない奴はその時は参加しなくて良いし。ただ、今回の九鬼併合に関しては、条件の一つに『九鬼をまとめあげて一軍にすること』ってのがある。それを達成するまでは、我慢して一緒にいてくれ」
「………大将のやることに強制力はない、ということか」
「そこが義勇軍と正規軍の違いだとオレは思うよ。それこそ一時的にでも敵に回るってんならそれもオーケー。その代わり、終わったら最低でも一回は戻ってくることな」
「意にそぐわない場合は、敵対しても構わない、と?」
「うん。敵対するなら容赦しないけどな」
「敵対する気がなくなったら戻るのも自由、と?」
「集まって動くことに利点を感じるならぜひ、戻ってきてほしいな。そういう前提で動けば、お互いに加減するかもしれないし」
「そんな緩さで、軍事行動が可能なのか?」
そんなもっともな湧の意見にも、劉備は笑って頷く。
「できると思うよ。大丈夫」
そんな劉備に、湧は気圧されたように、喉を鳴らし頷くしかなかった。
「さて、湧も我慢してくれるってことで、自己紹介も概ね終わったね。じゃ、次にやることだけど、最後の九鬼、烈把を迎えに行こう。目指す先は、お隣、上谷郡だ!!」
劉備の義勇軍を作る旅もいよいよ大詰めとなった。
九鬼を揃え、乱世の直中に劉備が飛び込んでいく日は、すぐそこに迫っていた。
章番号修正(2024年9月27日)。
誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年11月6日)。




