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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第一集
5/181

四幕 洛陽の水底



 「暴れ馬だー!!」「暴れ牛だー!!」「暴れ()()だー!!」「「「危ねぇ、兄ちゃん!!」」」

 「っどっぶるあぁぁぁぁぁぁ!?」

 今日も今日とて、()(げん)()の不幸は絶好調だった。



 ()(しゅう)()(なん)(いん)()(しょ)(らく)(よう)

 八の関に守られ、更に十二の外門によって守られる帝都。門壁は高く、外界とは隔絶された都は、今日も世間とは隔絶されたように活気に溢れていた。



 「いやー、ごめんね、兄ちゃん」

 十代半ばの少女に謝られながら、馬元義はヨロヨロと立ち上がる。

 「おぉ。馬と牛だけならまだしも、アタシにまで引かれて立ち上がれるとは、見事な功夫(クンフー)

 「牛や馬よりも脅威と自認できるその化け物みたいな力は何事なんだマジで!!」

 馬元義の叫びに、彼を跳ね飛ばした少女がなはは、と笑う。

 「少し目を離した隙に何事ですか、ゲンギ様」

 そこに鼠面を付けた(とう)(しゅう)が声をかけた。両手には飯店で購入したであろう戦利品を抱えている。

 「いやまぁ。ちょっと」

 「………。怪我がないようで何よりです。お願いですからゲンギ様、私の知らないところで勝手に死なないでくださいね」

 「何でそんなの付けてんの?」

 うっすらと、デレモードに移行しかけた唐周に、少女が尋ねる。

 みんなが思っても口に出さない疑問を投げかけた少女に、馬元義だけでなく、通りを歩く人等も表情を強ばらせた。

 「あー。えーとな。それは」

 馬元義がどう誤魔化そうかと口を開くが、

 「この下は、能面なんですよ」

 唐周が躊躇う馬元義に割って入った。

 面を外す。

 その下には、馬元義には見慣れたものである、唐周の無表情があった。

 「私は昔、目の前で賊に父母を殺されまして。それ以来、表情を変えられなくなっていたんです」

 そして、面を付ける。

 「その時にゲンギ様に助けていただいて、それ以来、彼の仕事の手伝いをしてるんです」

 「それは、あの、ごめんなさい」

 少女が頭を下げるが、それを唐周が撫でた。

 「十年も前の話です。それに、今はゲンギ様のおかげで少しずつ、表情も戻ってきてます。気にしないで下さい」

 そこに、飯店の女主人が出て来る。

 「今は幸せ一杯の新婚さんだもんね」

 サービスだよ、と渡された蝮ドリンクを見て、少女が顔を赤くした。

 「あ、ども」

 馬元義も気恥ずかしくなりながらそれを受け取る。

 その場はそれでお開きとなった。



 二人は今、新婚という設定で洛陽に潜伏していた。

 長屋の空いている部屋に入り、一週間が経った。

 新婚という設定は、疑われにくい。新しい場所での新生活を行うのに、納得されやすいからだ。

 そして、唐周の機嫌がすこぶる良い。

 理由を察している馬元義は居心地の悪いような、良いような、奇妙な気分で、唐周が料理を作る音を聞いていた。

 不意に、扉を叩く音がする。

 (―――)

 一瞬、馬元義の顔が強張った。何事かと調理を中断して目線をこちらに向けた唐周にも、その緊張が伝わる。

 潜入任務の最中だ。

 気を張って、張りすぎることはない。

 唐周が武装済みなのを目の端で確認し、馬元義自身も獲物を隠してある場所までの最短経路をシミュレートする。

 そして、戸を横に滑らせた。



 (………勘弁してくれよ)

 馬元義は頭を抱えたくなるのを堪えながら、杯につがれた湯を啜った。

 客人をもてなしている唐周からも、どこかピリピリとした空気を感じる。

 しかし、目の前の人物はそんな事には欠片も気づかず、ニコニコと笑っていた。

 客人の名は(ほう)(しょ)

 (ちゅう)(じょう)()として皇帝に侍る男の一人だった。

 十常侍と呼ばれる(かん)(がん)がいる。

 十といいながら、その実十一人で構成されているその者等は、全員が中常侍に所属していた。

 しかし、中常侍がその十一人しかいないわけではない。

 馬元義を訪ねた封諸はその十一人に連なれなかった中常侍だ。

 「なにぶん、こちらに来たばかりですので、湯しか出せず申し訳ありません」

 唐周の言葉に、封諸は眉をしかめる。

 「馬元義どの、それは?」

 封諸が指差すのは唐周だ。

 そのあまりにも唐周を軽視した所作に、馬元義の瞳が剣呑に光った。

 「彼女は私の部下です。右腕のようなものですよ」

 そう言うと、封諸は破顔して両手を広げた。

 「おぉ。おぉ。なるほど。どおりで」

 何がどおりで、なのかはわからない。

 宦官に限らないが、上流階級の人間であればあるほど、物事をはっきりということを避ける。

 話術だ。

 曖昧に、ぼかした発言をすれば、友好的な相手は、都合のいいように解釈してくれる。

 交渉の場などでは、時には有効だ。

 しかし、馬元義はあまりこの手の手法は好きではない。

 特に、目の前で有り得ないほどの愚行を披露されては、いくら相手が賢しい小細工を弄してきても、バカにされているようにしか思えない。

 「密議は食事でもしながらにしよう」

 暗に唐周が『帰れ』と言っていることにも気づかず、封諸はあろうことかそんな事まで言い出した。

 「封諸様、それは困ります」

 仕方なく、馬元義は言う。

 「私どもはこの地に潜入しているのです。事が露見しては不味い。話し合いの場は作りますので、今日はお引き取りを」

 その言に、しかし封諸は首を振った。

 「いや、それがどうにもそうはいかぬ。何やら十常侍が動いている気配があるのだ。悠長に構えてはいられない」

 封諸とて、この訪問の危険は重々承知していた。

 しかし、敢えて動いた。

 洛陽の水面下で何事かが画策されているのを、どうにかして盟友に伝えねばと感じたからだ。

 「なるほど。早くも動き出しましたか」

 馬元義は頷く。

 しかし、それは予想の範疇だった。

 主、張角からは、河南尹に密謀が洩れていることを聞いている。彼女が音に聞こえるとおりの優秀さならこの動きも理解できる。

 そして、張角の密謀は更にそれを上回っている。

 「わかりました、封諸様。こちらで対策は打ちます。貴方は、予定通り、賛同者を集めて下さい」

 その言葉を聞いて、封諸は安心したように笑った。

初期の主人公、馬元義。

某ツンツン頭の不幸な少年から主人公補正を除いたレベルで運が悪い。

可哀そう。


ルビ、誤字、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月8日)。

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