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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第二集
40/181

三十六幕 龍騎団の歩み~暗躍編



 (ゆう)(しゅう)(こう)(よう)(ぐん)のとある場所に、珍しい面々が集結していた。

 そして、最後の男がその場所に到着した。

 「主役は遅れてやってくる! 目立っているだろ、俺はぁっっ!!」

 そんな大声を合図に、席に座った男の一人が、ん、と頷いた。

 「あー、最後の一人も来たみたいだし、とりあえず、話を始める」

 ()(がく)の頭領である男は、室内に集まった(きゅう)()の頭領たちを見渡した。



 「シシシシシ。全員集まったと言ったか、臥顎の。四人ほど、足らないのではないかな?」

 歯の隙間から笑い声を漏らしながら、目の細い、面長の男が嫌らしく言う。

 (ぼう)(じゃ)の頭領だ。

 「いねーのは、(とん)(ろう)()(ちょう)(せい)(しゅう)()()だ。もう、お前らにも情報が入ってるだろ?」

 無精髭の目立つ男が虻蛇の頭領に応える。

 片目に眼帯を巻いた男は(れっ)()の頭領だ。

 「ふむ。入ってないぞ!」

 それに元気良く答えるのは髪を丁髷に結わえた男―――(こう)(りゅう)の頭領だ。

 「ああ。皓龍のはそうだろうな」

 それに諦めたように返すのは最初に発言した臥顎の頭領。前髪が長く、目まで覆っている男だ。

 「改めて伝えさせてもらう。去年の夏に武術大会で九鬼を見事に指揮して、戯雁を討ち取った男―――(りゅう)さんが、九鬼を統一しようと動いている。ここに来てない面々は、既に彼に降ったよ」

 臥顎の頭領の言葉に他の頭領たちがどよめく。

 それも当然だ。

 ここに来ていない残りのメンツは蘇張、沌狼、青衆、愚馬の四つ。

 蘇張は構成員百名を超える大規模な賊だし、沌狼も五十名をギリギリ越えないか、という中規模の賊だ。

 対して、残っているメンツの中で、最大勢力となるのは、虻蛇の五十名。他は構成員二十名程の小規模な賊たちだった。

 力ずくで攻めかかられたなら、太刀打ちのしようがない。

 「………愚馬と青衆が手を組んだってのもおっそろしい話だな」

 烈把の頭領が頭を掻きながら言う。

 伊達に武力で格付けを行っているわけではない愚馬は、九鬼の中でも随一の攻撃力を誇る集団だ。

 そして、青衆も若い集団だけあって爆発的な行動力をもっている。

 「まあ? 沌狼とかいうお荷物集団がいるわけだし、そんなに問題でもないかもな!」

 烈把の頭領はそう最後に吐き捨てた。

 烈把と沌狼は頭領を始めとした中核を担う連中が弓を得意とすることや、頭領同士、副頭領同士の年齢が近いこと、拠点とする場所がお互いに森であることなど、類似性が多くあるにもかかわらず、いやむしろ、あるからこそ、両者は互いにそりが合わなかった。

 しかし、沌狼がお荷物というのは烈把の頭領の言いがかりみたいなもので、実際は九鬼の中で一、二を争う弓の腕前である頭領と、冷静に、冷徹に状況判断を続ける副頭領の組み合わせは脅威だった。

 「劉さんはそんな目立つことをやろうってのか!? これはうちも負けてられないな!!」

 そんな大声と共に立ち上がったのは、金髪に金の着物、銀の帯という派手でキラキラとした男―――(らい)(ばん)の頭領だった。

 「うちもいっそのこと、(らく)(よう)(じょう)にでも盗みに入ってみるか!?」

 「雷万の。それは勘弁してくれるか? 今このタイミングでそんな事をされたら、収拾がつかなくなる」

 「でも、目立つだろ!?」

 「シシシシシ。雷万が(りょう)(よう)から消えるなら、俺らが遼陽を取ろうかな」

 「虻蛇の。冗談でもやめてくれ。ここで混乱が起これば、得をするのは劉さんだ」

 臥顎の頭領が暴走を始めようとする雷万と虻蛇の頭領たちを諫める。

 「おい」

 そこで話を黙って聞いていた皓龍の頭領が口を開いた。

 「状況は何となくだが飲み込んだ。で、臥顎の。あんたは何をしようとしている? 俺たちを集めて、情報を流して、何がしたい?」

 皓龍の頭領のもっともな言に、場の全員が臥顎の頭領に目を向ける。

 それを臥顎の頭領は肩を竦めて受け流した。

 「いやなに。俺らの立ち位置を明確にしようと思ってな。そもそも、九鬼が幽州に生まれて歴史は長い。その歴史を潰えさせるのは、惜しい」

 「まず、劉さんはどうして九鬼を併合しようと? 討伐ではないのだろ?」

 「黄布の連中にあたるためさ」

 烈把の頭領の疑問に、臥顎の頭領はこともなげに答えた。

 その答えが、場に浸透する。

 「それは、正しいことではないのか」

 最初に口火を切ったのは、皓龍の頭領だった。

 「………ああ。そうだ。そうなんだ。正しいことなんだ。劉さんは九鬼を討伐するのではなく、併呑しようとしている。俺たち、いわゆる悪の力を使って、民の命を救おうとしている。そして、俺たちのことをすらも、同じように救おうとしている。劉さんのもとで戦い、一つの軍団として手柄を上げれば、恩赦がある。うまくいけば、土地も与えられる。そんな破格の条件を、劉さんは何の関係もない俺たちのために、(とう)(きょう)()と結んだそうだ」

 全員が絶句する。

 夢見ない者がいるはずがない。

 守るために、罪を犯した。

 九鬼それぞれが現在の形はどうあれ、始まりはそこだった。

 守る対象は己の命か、他者の命か。その差はあれど、奪いたいから奪った者はいない。

 開き直って現状を楽しむ者たちも、手には入らない光を羨むように目を細めて眺めたことは、両の手の指の数では足りない。

 そんな男たちの心に、この条件は確かに魅力的だった。

 しかしだからこそ、安易に乗ることはできなかった。

 魅力的な条件だからこそ、何か裏があるのではないか、偽りがあるのではないかと構えてしまう。

 その膠着を、

 「俺らはもちろん、劉さんに味方するぞ!」

 何も考えない正義バカが打ち破った。

 「皓龍の。お前んとこはいつもそうやって独断で決めるから、副頭領くんに怒られてんだろが。臥顎の。これはすぐに決めることか?」

 皓龍の頭領の暴走を、烈把の頭領がたしなめつつ臥顎の頭領に確認をとる。

 「いや、今回は共有するべきだと思った情報をみんなに分けることが目的だったから、そこから先は各自の裁量に任せる。もし、連合を組むというのなら、臥顎もそれに参加するつもりはある、とだけ言っておくよ」

 「だとよ、皓龍の。臥顎の。俺は一度持ち帰らせてもらうぜ。どうするかは、追って連絡させてもらう」

 烈把の頭領がそう言うと、他の面々も追随するかのように、それに倣った。

 唯一、皓龍の頭領だけが、「相談など必要ない。俺は正義を為すだけだ」と言って譲らず、それを聞いた頭領たちは呆れたように説得を諦めた。



 雷万の隠れ家、『(らい)(ばん)(とりで)』にて。

 「やってくれるぜ、劉さんはよー!」

 「頭。何の話だったんですか?」

 「劉さんがでかいことやるらしい。こりゃ、負けてられんぞ?!」

 「劉さん? ………ああ、あの武術大会の」

 「(ぎょ)(よう)(じょう)に入るか」

 「郡治に!? 正気ですか、頭!?」

 「このままじゃ、俺たちは前座のモブだ。目立てないなら生きてる意味なんざ無いだろがよ! (じん)。早急に計画をたてろ。決行は二週間後だ!!」



 皓龍の拠点、『(こう)(りゅう)(つめ)(しょ)』にて。

 「(さい)! 正義を執行するぞ!!」

 「所長。臥顎さんの話はなんだったのさ?」

 「劉さんが九鬼を併合して黄巾に当たろうとしているらしい」

 「はぁ!?」

 「民を憂い、力を集め、悪に立ち向かう。これを正義と言わずしてなんという!?」

 「そりゃまぁ、確かに。………って、いやいやいやいや、違う違う違う! 所長の言いたいことはわかった。わかったけど、劉さんに着いていくとなると、涿(たく)(ぐん)の治安維持ができなくなるよ!?」

 「………」

 「そんな風に突っ込んでいかなくてもさ。他のところがやってくれるでしょ。こっちは治安維持を優先、して………」

 「戯言は終わったか、崔」

 「戯言って」

 「狭い範囲に固執して、広い視野をもてていないぞ。お前から広い視野を取ったら何も残らないぞ。しっかりしろ」

 「いや、残るだろ! 言いすぎだろ!!」

 「現状、皓龍だけで治安維持が満足に行われているとは言えない。どうにかしなければと言ってたではないか」

 「確かに、もとを絶てば治安の回復は見込める。けど、それまでの間、涿郡の、うちの縄張りの民はほっとくのか!?」

 「だから、小さくまとまりすぎだ、バカ者。どちらかを犠牲にするのではない。どちらをも救うのだ」

 「どちらをも、救う………?」

 「そうだ。そしてその方策を考えるのは、副所長であるお前の役目だ」

 「方策………って、はぁ!?」

 「正義がこれ以上遅れるわけにはいかないだろう。急ぎ、劉さんに合流する。早くうまい手を考えろ、崔」

 「………丸投げすぎでしょーーーー!?」



 虻蛇の隠れ家、『(ぼう)(じゃ)(たに)』にて。

 「シシシシシ」

 (皓龍は、受けるだろうなぁ。臥顎も、ありゃあ、受けると言ってるようなもんだ。もしかしたら既に手が伸びてるかもしれない。雷万は馬鹿をしそうだな。目立てないことを徹底的に嫌がるバカだし。烈把はどうだろうなぁ。難しい立場かね。偶然とはいえ、劉さんが烈把よりも沌狼を先に取ったのは事実だし)

 「………さて」

 (そこで、うちだ。犯し、殺し、奪う。気の向くままに。それがうちだ。虻蛇だ。平穏な生活なんざまっぴらだ。秩序なんざ糞食らえだ。友好なぞ。友愛なぞ。親愛なぞ。全て無価値として打ち捨ててきた。それがうちだ)

 「そう、だよな」

 (そんなうちが、今さらどの面を下げるっていう?)

 「どうしたんです、頭?」

 「(こう)か。そうだ、おまえ、平穏な、殺しの無い暮らし、それが叶うとしたらどうだ?」

 「………………なんです、それ? そんなの当然じゃないですかぁ。殺さないでいいのなら、犯さないでいいのなら、それに越したことはありませんよぉ。ちょっと、惜しい気もしますけどねぇ」

 「………………そうか」

 「本当に、どうしたんですか、頭? 臥顎の根暗に何か言われました?」

 「いや。そうだな。他の奴らにも聞いてみるか。招集をかけてくれ」

 「は~~い」



 烈把の隠れ家、『(れっ)()(もり)』にて。

 「(けい)。報告をしろ」

 「はいは~い。率直に言って沌狼の頭、やっぱり弓手をなくしたみたいよ。弓使いには致命的よね~。こ・れ・で~。烈把が幽州一の弓取り集団になったってわけよ~。おめでと~、か・し・ら」

 「おちょくるのは時と場合を考えろよ、小娘」

 「はいはいよ~っと。しっかし、理解できないわね。自分の腕を奪った連中と仲良しこよしでいられるなんて。あたしだったら絶対にごめんだわ」

 「仲は、良さそうだったのか?」

 「ええ。関係は良好、部隊は円満。だから、頭はとりあえずその武器を下ろしちゃいなさいよ。敵討ちに走る必要はなくなったわよ」

 「………………………誰があいつの敵討ちなんざするか」

 「わー、男ってめんどくさーい」

 「黙れ。ならば、純粋に俺たちがどうするか、か」

 「うーん、あたしは参加に一票かな~。田もいるんなら、絶対にそっちの方が楽しいわ」

 「楽しい楽しくないで決める気かよ」

 「でも実際、それ以外に何を考慮しろっていうのよ。あたし、(でん)みたいに頭回るわけじゃないわよ~」

 「よく言うぜ。お前は十分頭がいいよ。ま、しかし、そのお前が参加に傾いてるってのは事実か。………まあ、奴も弓が使えないってなりゃ、劉さんの足をさらに引っ張るに違いねえやな。そうならないためにも、参加した方が、いいかも、しれねえな。まあ、劉さんがどうしてもって言うならだけどな! わはははは」

 「うーーん、おっさんのツンデレかぁ。需要あるのかな、これ」



 臥顎の拠点、『()(がく)()』にて。

 「さて。あとがどうなるかは、連中次第です」

 「いやー、助かりました、助かりました。これでなんとかなるでしょう」

 情報屋『臥顎屋』。

 先ほど九鬼が集まっていた場所ではないが、同じ広陽郡の薊県である。

 刺史、陶謙の御膝元で、臥顎屋は活動を行っていた。

 そこに訪れた客人が、今回の九鬼召集の発端となった人物だった。

 ()(じく)。字は()(ちゅう)。弟に麋芳をもち、兄弟二人で陶謙に仕えている。

 そんな麋竺が、臥顎屋に持ってきた依頼は『(りゅう)(げん)(とく)が九鬼を併合しようとしていること、その目標、そして報酬について、九鬼が共有すること』だった。

 麋竺が人のよさそうな顔で笑う。

 「いやいや、あのまま劉殿が各賊団に説得から入り続けるのも冗長でしょう。それに、臥顎屋さんは遅かれ早かれ情報を手にするでしょうし。それならいっそのこと、正確な情報を流しておいてあげて、余計な誤解を生じさせないほうが、よっぽどいい手かと思いまして」

 臥顎の頭領の視線を受けて、聞いてもいないのに麋竺が自身の行動を解説する。

 「誤解は嫌ですよね。本来敵味方に分かれる必要のない者たちが、ただの誤解で相争うなんて、バカらしいじゃないですか」

 そうやってにこにこと笑う麋竺に、臥顎の頭領は溜息を吐く。

 「それで、また単独行動ですか、子仲さん。()()殿にまた怒られますよ?」

 「ま~、怒られるかもですね~。だから、臥顎屋さん。内緒でお願いしますね」

 「ま、お代をもらった以上、仕事ですからね。仕事の依頼人を他所に漏らすような真似はしませんよ」

 「ですよね~。そこは信用してますよ~」

 ニコニコと笑顔で話す麋竺は、その表情と裏腹に、底の見えなさを孕んでいる。それがどうにも気味が悪く、臥顎の頭領は少し突っ込んで会話をした。

 「それにしても、どうして正確な情報を流すに留めたんですか? どうせなら、裏工作でも何でもして劉さんの配下にならざるを得なくするとかでもよかったでしょうに」

 「あはは。それじゃ、意味ないじゃないですか~」

 そこで麋竺は、初めてその顔から笑みを消した。

 「臥顎屋さん。真に恐ろしいのは何だと思います? 僕はね、一騎当千の武士よりも、一心一塊の一軍だと思ってるんですよ。一人一人の能力なんてどうでもよくて、全員が心を通わせて、同じ方向を見ることができなければ、精強さには及びません。そして、(こう)(きん)はまさにその、一心一塊の軍勢に近いように見えるんです。ま、規模が大きくなりすぎて、綻び始めてますけどね。そんな連中にあたるのに、中途半端はダメですよ。うちの刺史殿も関わるって決めたんなら尚更です」

 「心を一つにするために、情報を流して覚悟を促した、と?」

 「いぐざくとりぃ~。そういうこと~。だから、臥顎屋さん。あなたもばっちし、覚悟決めちゃってくださいね~。ま、普段ならこういうのは進めないんですけどね。今回は刺史殿も劉殿を気に入ったみたいだし、悪いようにはならないと思うんで。まあ、保証はできないですけど」

 その言葉に、臥顎は表情を険しくする。

 (保証はできない、か。いつでも使い捨てする気満々ってところかね)

 その険しくなった顔を、麋竺は頷きながら見る。

 この乱れた世で、簡単に人を信用してはいけない。信頼してはいけない。それでも人は誰かを信用し、信頼したくて仕方がない。だから騙される人が後を絶たない。だから麋竺はわざと臥顎の頭領に疑惑を植え付けた。

 そうでもしないと、疑わずに他人を信用してしまうのではないか。信頼してしまうのではないか。そう思うと麋竺は気が気ではなくなるのだ。

 それを、薄っぺらな笑顔に押し隠して、麋竺は礼をする。

 臥顎の頭領に睨まれながら臥顎屋を後にすると、空を見上げた。

 雲一つない青空が広がっており、冬の空気の冷たさが甚割とした日光の温かさで溶かされていくように感じた。

 (この青空のように先行きが晴れ渡ってるといいんだけどね~)

 「がんばれがんばれ皆の衆~」

 麋竺は鼻歌を歌いながら、のんびりと薊城に向かって歩き始めた。

残りの賊団の紹介と、麋竺の暗躍編。


章番号修正(2024年9月25日)。

誤字、ルビ、表記ゆれの修正を行いました(2024年10月23日)。

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