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新説三国志演義 シーズン1 黄巾の乱編  作者: 青端佐久彦
第一集
4/181

三幕 軍議



 天幕の中には十五名の男女が集まっていた。

 「さて、おはよう。みんな夕べはよく寝られたかな?」

 そう苦笑しながら言う(ちょう)(かく)に、

 『いいえ、全く』

 その場にいた全員が同時に答えた。

 「いやぁ。凄まじかった。避雷針の名に恥じぬ活躍だったね。けど、もう二度と、僕の近くで野営しないでくれる?」

 ()(さい)が笑顔をひきつらせながら言う。

 「そいやぁ、お前さん、『椿(しゅん)(ろう)』の幕の隣に幕を張ったんだったか。そりゃあ、災難だったなぁ」

 (とう)()が波才を気の毒そうに見た。

 (てい)(えん)()が溜め息を吐く。

 「ちなみに、私は馬と修羅場と火事は知ってるけど、他には何があったの?」

 「確か、地震で幕が潰れてたよな」

 「デブの食事に出くわして飯食えなかったって聞いたぜ」

 (りゅう)(へき)(こう)(しょう)が続く。

 「おらは沼に沈みかけてた()(げん)()さんを助けただ」

 「おでは誘拐されかけてる馬元義を助けたなぁ」

 (ちょう)(こう)()()が報告する。

 「若いの。良く生きておったの」

 (かん)(がい)が遠い目をして呟いた。

 「オレが何したってんだ。呪いのせいか」

 馬元義が半泣きでそう零した。

 一夜のうちに、馬元義が巻き込まれた事件を皆が話していると、(ちょう)(ほう)があきれた目を馬元義に向けた。

 「バゲン。不幸の度合いが増してない? もうすぐ死ぬの?」

 「もしそうなら、オレをこんな反乱に巻き込んだお前らのせいだ!!」

 馬元義の叫びに、他の面々が白い目をした。



 「さてさて。気を取り直そうか」

 張角が穏やかな口調でそう言うと、皆は溜め息を吐きながらも意識を切り替える。

 顔合わせから一晩が明け、(こう)()(じゅう)()()は、今後の指示を受けるため、大きな幕に集まっていた。

 「今日は、この軍の大戦略とそれに伴う中戦略、そして各方が行う小戦略の発表を行う」

 張角は言葉を切り、周囲を見渡した。張角の言葉を理解しているのは馬元義、波才、管亥、そして意外なことに、鄧茂の四人であった。

 馬元義は張角の旧知だけあって、二人の間に思考のずれは少ない。波才は名門の出、管亥も長いこと戦場に身を置いていたので、戦略が何たるかを知っていてもおかしくはないが、ただの賊団の頭だったにすぎない鄧茂が戦略の話についてこれるのは驚きだった。

 「ちなみに」

 理解の及んでいない面々のために、張角が補足をする。

 「大戦略とはこの軍が最後に勝ち取るべきものだ。我が軍でいうと、(かん)(おう)(ちょう)の打倒だね」

 漢王朝を潰す。

 誰かがそう呟き、誰かが身震いした。

 四百年続いた王朝を、潰す。

 自分たちが生まれ、育った国を、壊す。

 目の前の、風に吹かれれば飛んでいってしまいそうな男がその事実を口に出すことで、どこか実体のなかった反乱軍という組織が、明確に形作られた。

 「次いで、中戦略だ。リョウお願い」

 「ああ」

 一同の視線が(ちょう)(りょう)に集まる。

 「戦いにおいて、着目すべしは『攻』、『守』、『給』の三点だ。攻撃、守備、補給だな。攻撃目標は皇帝のいる(らく)(よう)ではない。この大陸全土だ。洛陽のある()(しゅう)を中心に十三州を支配下に治める。それが成らなければ打倒漢は為せない」

 それが、可能なのか。

 その戸惑いを感じた張梁はしかし、

 「その可否は小戦略にて話そう」

 とだけ言った。

 「次に守備だ。我らが守るのは、もちろん、『(てん)(こう)(しょう)(ぐん)』張角だ。ひいてはその本陣となる。本陣の場所についても、小戦略にて話すが、一つ、覚えていてほしい」

 張梁は指を立てる。

 「我らが相手取るのは大陸だ。故に、この場にいる(ちゅう)(ほう)(ちょう)たちも大陸に散って戦うことになり、本拠の地は手薄になる。そのため、情報の漏洩は厳禁だ」

 その目は波才を見る。

 「わかってる。僕も君たちを見届けたい。その時がきても、本拠地は漏らさないよ」

 波才が諸手をあげるが、

 「波才が敵方についたら、その時点で本拠を移す。そうなったら、諸君は本拠地がわからず戦うことになるが、その覚悟でいてくれ」

 張梁は取り合わなかった。

 「それで、いいだか?」

 趙弘が戸惑いの声を上げる。

 「その期間は長くは続けない。間違いなく、君たちには本拠の場所を伝える。その知らせがくるまで、信じて耐え抜いてほしい」

 その言葉に、趙弘は頷いた。

 「最後に補給だが、これに関しては問題ない。(ゆう)(しゅう)()()と共謀して、(せい)(しゅう)に拠点を築いている。他にも幾つかのルートを構築しているので、幾つか潰されたとしても問題ない」

 簡潔に、張梁も説明を終えた。

 波才は舌を巻く。

 (この人たち、本気で広域戦を仕掛けるつもりか。こりゃあ、官軍は初手を誤ったらきっついな)

 しかし、波才もこれを密告する気はさらさらない。

 この程度でダメになる国に尽くす気はない。この熱い反乱軍に、漢の臣たちがどこまで熱さを取り戻せるか、見ものだった。

 「小戦略については私から」

 張宝が無い胸を張った。

 「まず、攻撃。さっき、リョウくんやお兄様が言ったように、確かに、打倒すべきはこの大陸全て。けれど、そのためには、この国の中枢を押さえることをまず第一に考えなくてはならないわ」

 「お姉様、かっこいー」

 「洛陽を崩す。内と外から、ね」

 程遠志がやんやと声援を送るのに片手と流し目で応じながら、張宝が言った。

 「内? ってーと、何か? 調略でもすんのか?」

 鄧茂が首を傾げる。

 こちらは反乱軍。

 対する相手は国軍だ。

 臣下の立場も安定しているだろうし、乱が激化するのは誰だって嫌がるだろう。

 かといって、洛陽に住まう市民を調略したとしても、意味がないとまではいわないが効果は薄い。

 調略を持ちかける相手が、鄧茂には見えなかった。

 しかし、その相手が誰なのかを悟り、顔を引き攣らせた男がいた。

 「(かん)………(がん)か」

 波才だ。

 「あ? 何でだ? あいつらはこの王朝で、皇帝の庇護の下、恩恵を受けてるだろ?」

 「そうとも限らないよ。宦官は確かに絶大な権力をもってはいるけど、それも一部の者たち―――(じゅう)(じょう)()だけだ。その十常侍の中にも序列は存在する」

 「その下の奴らが、受けた恩も忘れて、こっちに寄ってくるってか。なんとも、世知辛いねぇ」

 鄧茂の疑問に答えた波才に、劉辟も肩を竦める。

 「その通り。そして、内に楔を打ち込み、官軍の兵力を別働隊が外に誘き出し、手薄になった洛陽を三方面からの攻撃で一気呵成に攻め込むのよ」

 「誘き出す? どうやってですか?」

 「それについては、お兄様が説明なさるわ!!」

 二十八の瞳が集まった張角は照れくさそうに頭をかいた。

 「実はね。政権に突きつける切り札があるんだ。ここ何年か、この辺りで病が流行っているのを知ってるかな?」

 その奇病を知らぬ者はいなかった。

 突然の高熱。激しい嘔吐と下痢。

 食べ物どころか、飲み物すらも体が受け付けず、脱水も相まって体力を消耗し、やがて、大人すら死ぬ。

 その際、汚物の処理を誤ると、簡単に人に伝染した。

 現代では腸チフスと呼ばれるその病は、この時代、(しょう)(かん)と呼ばれることになる。しかし、その名が普及するのはもう少し先の話だ。今は原因不明の奇病であった。

 下水設備が発達していないこの時代、この奇病は簡単に村を滅ぼす力をもっている。

 「僕はこの病の特効薬を開発した」

 張角は静かに続ける。

 「そして、この病を調べ、原因を突き止めた」

 その静かな声音に、十二志は聴き入るしかない。

 「そして更に、僕はこの病の原因の、飼育培養施設を、青州にて作り上げた」

 その言葉を正確に理解し、立ち上がれたのは、一人だけだった。



 「あんたは! いかれてる!!」

 波才だ。

 曹氏に生まれ、曹操や袁紹の破天荒な生き方を間近で見続けた青年は、正邪定かなる事象にも柔軟に接する土壌を培った。

 (そう)()の黄金世代ともいえる、その感性が、波才ではなく(そう)(こう)に叫ばせた。

 「そんなことをしでかして! 万が一蔓延したらどうするんだ!? 救うべき民が何十万、何百万も死ぬんだぞ!?」

 その言葉にギョッとしたのは民のために、声を張るために起ち上がった趙弘だ。

 「た、(たい)(けん)―――(りょう)()様?」

 そんな波才の激昂も、趙弘の戸惑いも受けて、しかし、張角は笑う。

 「波才。君のその義憤は、この乱にとって、そしてこの大陸にとっては慶事だね」

 「む、ぐ」

 (義憤!? 僕が!? 僕から義憤!?)

 波才は顔を赤くして張角を睨む。

 (この僕を量るか、張角!!)

 「安心してくれ、趙弘。僕もこの、そうだな、疫病拠点、とでも言おうか。僕もこの疫病拠点を使うつもりはない。仮に、この戦いにおいて、官軍が敗れたとしても、この拠点は破壊する。付近一帯を焦土とする仕掛けも備え付けられてるから安心して」

 張角は趙弘に微笑みかけた。

 そして睨みつけてくる波才に向く。

 「凡そ傑物とされる人間は悪しきも良きも、人が二の足を踏む物事に踏み込むからこそ、傑物たり得るんだよ」

 そう、言った。



 「話を戻すわね」

 波才の中の怒りが、張角の一言によって、雲散したのを見てとった張宝が話を進める。

 「この方策によって、官軍は主力を青州に割かざるを得ない。そこに、(えい)(せん)(なん)(よう)の東南二方面より洛陽を攻撃。洛陽守備隊を外に誘き出して北方の()(だい)よりトドメを浴びせるわ」

 全員が卓上に置かれた地図を見ながら話を聞いていた。

 「漢帝国で注意すべき武官は三人。(とう)将軍、(しゅ)将軍、(おう)将軍ね。要するに、四つの戦場を作ってあげれば、一つは経験の浅い軍が担当せざるを得ず、勝利も近づくという寸法よ」

 張宝は『攻』についての説明を終えた。

 「次に拠点の在所だけど、疫病拠点は青州の(とう)(らい)(ぐん)に、本陣は()(しゅう)(たい)(ざん)(ぐん)に置くわ。この拠点に関しては、既に構築済みよ。散発していた乱はこの陣構築のための隠れ蓑でもあったの」

 (―――これは)

 波才は冷や汗を流す。

 (この国、ヤバいかも)

 その事実を、未だ、国軍は知らない。



 「各方の小戦略だけど、まずは『()』。宦官の調略を任せるわ。っていっても、すでに始めてるわよね?」

 「おー。まぁな。(ほう)(しょ)って人に楔を打ち込んでる。この軍議が終わったら洛陽にとんぼ返りだ」

 「封諸!? (ちゅう)(じょう)()じゃないか!?」

 波才が愕然とした。

 中常侍とは()(ちゅう)()とよばれる皇帝直属の十四の役職の一つで、皇帝の身の回りの世話を行ったり、上書や謁見などの取次を行う役職である。

 王朝が後漢になってからは宦官のみで構成されており、宦官の台頭を許した役職でもある。

 宦官にとって都合の悪い上書や謁見は握りつぶされてしまうからだ。

 その役職にある者が、黄巾に呼応した。

 その事実が、波才に叫ばせた。

 「バゲンには先月から洛陽に入ってもらってるわ。成果は上がってるようね」

 「ん。もう一人、当てはある。これで内に入り込めるよ」

 「いいわ。次に『(うし)』と『(ひつじ)』は私の張宝隊として兵の扇動を行うわ」

 「お任せくださいお姉様! 誠心誠意、励ませていただきます!! この身も心も命もお姉様のために使います!!」

 「決定か? それってもう決定なのか?」

 「うるっさいわね、この牛! 家畜! アンタみたいな愚鈍な生き物がいなくても、お姉様は私一人でお守りするわ!!」

 「涙目呪術師」

 「な・ん・で・す・っ・て~!?」

 「………仲、いーね、二人とも」

 頬をひきつらせながら言う張宝に、

 「「誰が!!」」

 と、お約束のように、程遠志と鄧茂が返した。

 「………えー、次に東から攻め込む方と南から攻め込む方についてだけど、この二軍はこの戦の要だから、心してね。まず東は『(たつ)』が率いなさい」

 言われた波才は頷きで返す。

 「次に南は『(とら)』、『(とり)』、『(いぬ)』の三方で攻めて」

 「僕はまさかのぼっちか」

 「当たり前でしょ。裏切り宣言してるんだから」

 波才がぼやくが、それを言われては言い返せない。

 「次にトドメを刺すのが『()』よ。東と南に官軍が出撃したら手薄な洛陽に攻め込んで」

 「大役じゃな。承知した」

 管亥が拝礼でもって張宝に応える。

 「『(うま)』は予備軍兼本営守備の任よ」

 「わかったわ」

 「そして残りの『()』、『()』、『(さる)』の三方は疫病拠点の防衛に当たってもらうわ」

 「(ちゅう)(ほう)にはそれぞれ三つの(しょう)(ほう)がつく。数は、えーと、リョウ」

 「小方一つに約一万。中方は小方が三つ合わさるから、三万の兵で構成されるな」

 「―――っ」

 今回の絶句は波才だけのものではない。その場にいた全員が息を飲んだ。

 「マジかよ。中方一つで官軍の異民族討伐軍と同規模じゃねえか」

 「無理だー。無理だー」

 鄧茂の呟きに(かん)(ちゅう)が怯えた。

 「全軍で三十六万………」

 劉辟も頬をひきつらせるが、

 「全兵投入してるわけないでしょ。全部合わせたら現状四十万。緒戦を勝つことで勢いに乗れれば五十はいくとふんでるわ」

 張宝の言葉に幕内はざわめいた。

 「とまぁ。軍の大まかな構成はこんなもんだ。次に旗を配る。大将旗って奴だ」

 馬元義には『馬』と『子』。

 鄧茂には『鄧』と『牛』。

 張曼成には『張』と『寅』。

 黄邵には『黄』と『卯』。

 波才には『波』と『辰』。

 劉辟には『劉』と『巳』。

 卜己には『卜』と『午』。

 程遠志には『程』と『未』。

 何儀には『何』と『申』。

 趙弘には『趙』と『酉』。

 韓忠には『韓』と『戌』。

 管亥には『管』と『亥』。

 それぞれの文字が書かれた布を渡された。

 「で、僕が『張』と『天』。ホーが『張』と『地』、リョウが『張』と『人』の旗を持って、と」

 張角の言葉に、全員が頷いた。



 「さて。これより、本格的に軍備に入る。馬元義は洛陽に。その他の面々は自軍の構成や連携の確認を行ってくれ」

 張角が立ち上がり、言う。

 その顔には先までの緩みきった表情も、逆に激しく強い激情も乗っていない。

 ただ穏やかに、微笑をすら湛えた表情だ。

 「四百の年月をつくりあげ、僕らを育んだ時代の打倒。もし、この乱が成れば新たな世が切り開かれる。この乱が失敗に終われば漢はまだまだ人を育むだろう。僕らが勝っても負けても、後の世の人は生きていける。僕らが潰えたとしても、漢はこれまでを反省する機会を得る」

 静かな語りに十四人は耳を傾ける。

 「僕からの絶対の命令は、『勝て』じゃない」

 張角はそんな面々を見渡す。

 一人一人を、その眼で。

 「『死ぬな。生き残れ』。そして、後の世で、民衆を支えるんだ」

 全員が立ち上がり、拝礼した。



 賊徒でありながら、民衆からの圧倒的な支持を得、蔑まれながらも、後の世を形作る人間に確かなものを残した大反乱軍は、その規模にしては静かに、始動した。

誤字、ルビ、設定ミス、表記ゆれの修正を行いました(2024年9月5日)。

設定ミス1 張宝を人公将軍、張梁を地公将軍としていたミスを張角が指摘される。

設定ミス2 趙弘を張弘としていた。

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